どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう・・・・
宮澤賢治の『風の又三郎』の冒頭です。寒くなると、必ず思い出します。
この詩に節がついているのを聴いたことがあるのですが、とても寂しげ。
でも、たまに口ずさみたくなります。
中学・高校の時の記憶はあいまいなのに、小学生のときの記憶は割合あります。
電車の中で思い出しました。小学生の時、私は『又三郎』に出会いました。そんな話を書き留めておきます。ちょっと真面目に。
小学生の時、町内のはずれに、平屋の薄暗い一軒家がありました。低学年の時にそこに引っ越してきた子がいました。
いまどき、青鼻垂らした子っていないけど、その男の子は確実に垂らしていた記憶があります。
登校班もクラスも同じだったので、いつしか一緒に遊ぶようになりました。
小学校低学年の頃なんて、まだ人間のていをなしてなくて精霊のような私たち、男の子も女の子も関係ありません。
登校班の子たちで、学校から帰ってくると急いでランドセルを置いて、公園に集まって鬼ごっこやSケンをしました。
それぞれの家によく遊びに行ったのですが、その子の家にだけは遊びに行った記憶がありません。
家の中がいつも薄暗く、玄関から見える家の内側はなんだか不気味でした。今だからわかるのですが、この子の家は貧しかったようでした。
ある日、みんなでいつものように公園で遊んでいたら、空に虹がかかっていることに誰かが気付きました。
「虹!きれい~!!」
なんとなく描きとめておきたくなって、私は家まで走ってクレヨンとノートを持ってきて、急いで虹を描きました。
その男の子は私のノートを覗き込むと、「色の順番違うで。でもきれいじゃなー。」と言いました。
確かその日が、その子を見た最後だったと思います。突然、その子とその家族はいなくなってしまいました。家はそのまま。いわゆる夜逃げ。
安普請のその家が、北風の中で人気なく、より薄暗く、より一層不気味に見えました。
今生きていれば、その子は私と同い年。でもなんとなくですが、生きている気がしないのです。
あの子は『風の又三郎』だったんだ、と思うことにしました。
私の出会った『風の又三郎』の記憶です。寒い日に、ふと思い出します。