このブログはやっぱりぼあちゃんがメインなので、まず、
5年前の今日のぼあちゃん。
と、今日は記事の順番を変えてみた。
今朝も雨。ここのところ、雨と言っても降ってるのか降ってないのかわからないようなことが多かったけど、今朝は久しぶりに本降り。外も暗くて、公園の外灯だけでなく、道路や建物の明かりも結構点いてた。そして何より寒いw。
昨日は午前中からママと一緒に車でコオロギを買いにお出かけ。足の痛みはさらに軽くなったし靴も履けるようになった。ただ、まだ普通には歩けないので、駐車場まで行くのはちょっとだけ大変だった。でも、車に乗ってしまえば痛い方の足は使わないので無問題w。
もみじの分のコオロギをムスメの家に届け、家に帰って来たのは2時過ぎ。
そして3時半頃だったか、ふとベランダの方を見たら、なんとガラス戸が真っ白け。「え?ガラスが曇ってる!?」と思って部屋の温度計を見たら27.5℃で湿度は65%。これは外の気温が低いなと思って温度計を出して測ってみたら18.1℃だった。
いやー、久しぶりの結露だったけどちょっとビックリした。
で、今朝、カーテンを開けてみたら完全に結露しててさらにビックリ。もう冬なの?
部屋の温度は26.5℃で湿度が56%。湿度はそこまででもないなと思ったので、ベランダに温度計を出して測ってみたら16.1℃だった。外と内が10℃以上の気温差で、しかも雨も降ってるから、やっぱりこうなるのかな。
久しぶりに ↓ の出番。
これは今年の1月25日の写真なんだけど、この日と同じ位水が溜まったw。
やっと歩けるようになったので、10時半頃、かかりつけのクリニックに行ってきた。歩けると言ってもまだちょっと厳しいので、普段だったら歩く距離なんだけどバスで往復。
痛風の発作はだいぶ収まってきてるんだけど、「まだ腫れてるねえ。でも熱はないか。」と先生。先週の木曜日の患部の写真を見せたら「あ~、これはひどいね。」
尿酸値は、去年の健康診断の時から上限値をちょっとだけ超えていたし、まだ発作は完全には収まってない。なので今日は検査せず、「2ヵ月ほど薬飲んでみて、それから検査しましょうか。」ということでこれ。
この薬が発売された時に「40年ぶりに新薬として承認された日本発の尿酸降下薬」とか騒がれたのをよく覚えてる。だって、儂、この時はすでに高尿酸血症だったからw。
でも、その後、製造販売後調査(使用成績調査)とかで結構副作用が認められ、こんなこともあった。 肝機能異常とかもあるし、むしろ日本では心血管イベントよりはそっちの方が問題になってるんじゃないのかな。でも、こういうリスクよりベネフィットの方が圧倒的に高いんですわ。
ね、だから、これが「医薬品」なんですよ~w。
きょろちゃん。
昨日は5時頃にシェルターから降りてきた。
スロープを入れたらわりとすぐに登って来て別荘へ。
6時過ぎ頃、塩ビシートの窓の所にいたので開けた。しばらく外を見てたんだけど結局出て来ず。
7時半頃にもまた窓のところにいたので開けてみた。今度は出て来てテーブルの下に入るか入らない位のところまでは行ったんだけど、そこでしばらく固まって別荘に戻っちゃった。
しおちゃん。
この子もきょろちゃんと同じ位の時間にシェルターonシェルターから出て来てた。スロープを入れたらすぐに登ってきて別荘へ。
別荘にいる時の写真がほとんどないので、ちょっとかわいそうだったけど、ほんのわずかの間少しだけ明るくしみてらシェルターから顔を出してた。
今朝、9時頃にケージから「カタン」という音が聞こえてきた。見たら温度計に掴まって立ち上がり「出して~」。手に乗せて別荘に下ろしたんだけど、白くなってたので脱皮みたい。「こんなところじゃ脱げないわって思ったんじゃない?」(byママ)。
4年前の今日のぼあちゃん。
昨日、ちょっと気になった記事。
もともと儂は「人間そんなに長く生きてもしょうがないんじゃね?」という考え。だから、人生100年時代は来ないという研究結果には大変満足。人生100年時代なんて冗談じゃないと思ってたのでw、是非この通りになってほしい。
長寿ってそんなにめでたいですか? 儂はどうしてもそう思えない。
儂はあと5年位で彼岸に渡れるのが理想。5年と言わずすぐでもいいんだけど、まだ母親がいる。逆縁の不幸は避けたいからねえ。
確かに、やりたいことを全部やったって言うわけでもないけど、もうこれで十分満足、お腹いっぱいで思い残すことはない。これ以上は欲張り過ぎ。
儂が亡くなって困る人もいない。ママやムスメは悲しむと思うけど(だといいなあw)、その時期が多少早くなるかならないかだけのこと。
ま、これこそ人それぞれの価値観や人生観によるところが大きいと思うので、いろいろな考えがあっていい。
3年前の今日のぼあちゃん。
そうなんですよね…タバコはやめて欲しくて何度もお願いして、何度も禁煙チャレンジしたんですが駄目でした💦機嫌が悪くなって喧嘩ばかりになってしまい…お恥ずかしい話ですが離婚問題に発展しそうになったこともあったりで💧
仕事の付き合いで飲みに行ったりも多いので、お酒もなかなか…ま、お酒に関しては私も飲むので、あまり言えないですが最近は桃のおかげで量はだいぶ減ってます😅あと、桃のおかげでたくさん歩くようになりました😅
ご心配頂き、本当にありがとうございます😊パパさんも、お薬が効いて発作が起こりませんように…🙏
余計なお世話なので書こうか書くまいかちょっと考えてたんですが、やっぱり書きますね。
華父さん、タバコはやめられた方がいいですよー。
今からじゃあ遅いと思われるかもしれませんが、それでもやめた方がいいです。
あと、お酒も、今は世界中で研究が進んで、ちょっとでも体に悪いということがわかってきていますから、できれば少しでも量を減らされた方がいいと思います。
すみません、本当に余計なお世話です。
がちゃにもそう言っておくからw。
でも、しけた話じゃないんだよ~。
仏教では死は不幸でもなんでもないんだよ。
なぜなら生者必滅だからね。
当たり前の話なの。
日本人は死について話さなさすぎなんだよねえ。
特に近代社会はそうで、現代人はもっと死について話さないとダメなんだよ。
ある意味、だから平気で人を殺したりするんだと思うよ。
>本当にジジイになっちゃう前に、どっかアウェイ遠征行って旨いもん食って来ようぜぇ~
もう本当にジジイだけど行くべぇ~。
でも、明後あたりからまた暑くなるらしいですね。
もういい加減にしてっていう感じです。
そうなんです、温度管理が大変なんですー。
この薬は痛風の発作を治すものではないんですよお。
この薬は血中の尿酸値を下げて、この先できるだけ発作が起こらないようにする薬なんです。
痛風は一度発作が起きたら、もうロキソニンみたいな薬でひたすら痛みを止めて治まるのを待つしかないんですよねえ。
今はロキソニンも処方箋なしで買えるので、発作が起きてる間は病院に行っても実は意味がないんです(^^;
ぼあちゃんのこの顔を見ると、おそらくかなり緊張してたんだと思います。
そして「早くやめて早くやめて」って思ってたかもw。
自分のことが自分でできなくなったらそこでおしまいと思っています。
それが生物として自然ですから。
>子供に迷惑かけたくないし
これ、思いますよねえ。
私も父親や今の母親を見ていてそう思いますし、これは決して親不孝ではないと思っています。
でも、華ママさんはまだお若いですから、桃ちゃんは大丈夫ですよ~(^_-)-☆
さんざん世話になったからね。
いや、こんなシケタ話しはこれくらいにして。
本当にジジイになっちゃう前に、どっかアウェイ遠征行って旨いもん食って来ようぜぇ~😄
今朝は寒かったですねホントに💦一気に寒くなったので、きょろちゃんやしおちゃんの温度管理が大変ですね😓
パパさん、病院へ行かれたんですね。痛みは少し良くなってるようで良かったです。お薬飲んで完全に痛みがなくなるといいですが…
ぼあちゃんのお風呂の写真は、やっぱり気持ち良さそうに見えますが、そうではないんですね😅
人生100年時代…私も、そんなに長く生きなくても良いかなって思ってます。認知症の父を見て来ましたし、華父さんはお酒もタバコも吸うので、きっと私より先に逝ってしまうと思います😅そうなった時に子供に迷惑かけたくないし…とか色々考えると😓桃がおばあちゃんになるまでは元気でいないと!ですが😊
しばらくこの路線でいくかもw。
体調は年相応なのかなと思います。
今は痛風で足が痛いですけど、それも治りつつあります。
ありがとうございます。
死ぬまでは一生懸命に生きる所存です(^_-)-☆
なので、最初は本当に痛風なの?って思ってました。
って、今でもちょっとだけ思ってますけどw。
まあそれでも痛いですよ( ̄▽ ̄;)
自分の親と同じ位は生きたいっていうのはよくわかります。
私もそういう気持ちもありますが、やっぱり周りに迷惑をかけたくないという気持ちが一番強いんですよね。
どうしても生物学的に考えてしまうので、自力で食べること飲むことと出すことができなくなったら、多分本当はそこまでじゃなくちゃいけないのかと思っています。
記事にも書きましたけど、これは人ぞれぞれですし、そうでなくちゃいけないと思います。
「人生100年時代」っていうのは、確かイギリス人の学者(?)が言い出したことだと思います。
それを、日本では足りない労働力を補う目的で使ったっていう印象があって、それもちょっと嫌なんですよねえ。
いきなりぼあちゃん、
かわいくてカッコいい😄
体調は今はどうですか?
きょろちゃんの為にも、
元気でいて下さいね(*´∀`*)
お互いステキな夜を☆★☆
テル
痛風の痛みは相当って聞くけど
そんな風ですか?
母は96歳、自分の父であるお爺さんが生きた
歳までは生きたいと言っていました
そして96歳を超え8ヶ月で逝ったけど
96歳になってからは97歳を超えたいとは
言っていなかったので気持ちの限界だったのかも
長生きにすごい執念が感じましたが・・・!