この日記、
で、「いずれ書こう」と書いてから半年以上も経っちゃった。その間に、ぼあちゃんは虹の橋のたもとまで行っちゃったけど、せっかくこの時書こうと思ったことなので、やっぱりこの飼育日誌からの続きとして書こうと思う。
あの時、儂としては、例えゴキブリと言えども、できれば命を奪いたくなかった。
本当は捕まえることなく、そのまま放っておきたかったんだけど、我が家の場合、それは無理。
まず、ママが絶対に許さない。ママ、コオロギの世話してたけど、実は虫が大の苦手。特にゴキブリは論外。コオロギの世話も、ぼあちゃんのためだからって、ガマンしてやってた。ぼあちゃんはいなくなったけど、今もレオパ達のためにやってる。
それに、少なくともあの時点では、万が一我が家の中でうろつかれるとぼあちゃんの絶好の獲物。ゴキブリが被捕食者として命を落とすことは自然の摂理だから仕方がないと思う。でも、さすがにこの辺りで生活してる虫は、怖くて食べさせられなかった。(一番怖いのは殺虫剤がかかってる可能性があること。)
捕まえた後、どこかに放すことも考えた。でも、ほとんどの人にとってゴキブリは超嫌われ者だから、それも大迷惑。
飼うという方法もあったけど、もちろんこれもママが許さないし、やっぱりちょっと、、、w
とまあ、この時は実に身勝手な事情も多々あったわけだ。
「ゴキブリは不衛生、不潔だから殺して当然」という意見もあると思う。
でも、こんなことも言われてる。
特にここに書かれてる、
「病原菌の運び屋といっても“洗わない手”だって似たものです。病原菌の“質”となれば、ハエやノミやカの方がはるかに大物です。しかも、 ゴキブリは本来清潔な昆虫で、皮膚からは殺菌作用のあるフェノールやクレゾールを分泌しているという最近の報告もあります。上記の食中毒の事例も、 それが稀なケースだったからこそ記録されたのでしょう。人間の食物をかすめるといっても、農業害虫に比べればタカが知れています。」
ということについては、儂、かなり同意できる。
つまり、やっぱりゴキブリの場合は、ほとんど見た目の気持ち悪さだけで、反射的に殺しちゃってるんじゃないのかな。実際、儂もそうしてきてるんだろうなと思うんだけど、これってどうなんだろうなって、マジに思ってしまうわけ。
お釈迦様は「殺生はいかん」と言っているけど、儂、仏さまの勉強を始めるかなり前から虫を殺すのを躊躇してて、少なくとも故意には殺してない。大して影響がないと思えるものは捕まえて放してる。そのまま飼っちゃうこともあるんだけど、そもそも飼い方がよくわからなくてなかなかうまく育てられなかったりするので、これはこれで難しい。ちょっと前にも、たまたま出て来たシミを捕まえて飼ってけど、1週間位で死んじゃった。
でも、やっぱりゴキブリの場合はなかなかそうもいかない。じゃあどうすればいいのか、それがわかればこんなに悩まないし考えないんだけどねえ。一番良いのはゴキブリと出会わないことなんだけど、これはこちらの都合だけではどうにもならないことだからなあ。。。
殺生ってなんだろう
「殺生はいかん」とは言っても、どうしようもない場合が、少なくとも2つはあると思う。
- 動物の場合、他の生物の命をいただかないと自分が生きていけない。野菜しか食べないって言っても、植物も命。ちなみに、仏教でいう衆生には植物は含まれないらしいんだけど、「これはちょっとどうなの?」、と、儂は思う。
- 相手を殺さないとこっちの命が危ないという場合は、殺しても仕方がないように思う。どちらにも生きる権利はある。もっとも捨身なんていう考え方もあるけどねえ。
お釈迦様の言ってる「殺生はいかん」というのも、これまで多くの解釈がされているよね。例えばこんなのとか。
でも、ということは、この問題はそれだけ多くの矛盾をはらんでるということなんじゃないんだろうか。儂のような凡夫が言うのは実に恐れ多いけどw。
ただ、お釈迦様のこの言葉は、やっぱり心に迫る。
「すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」
「すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」
法句経(ダンマパダ)
(岩波文庫『ブッダの真理のことば・感興のことば』P.28)
お釈迦様は、本当はどのようにお考えだったのか、マジに知りたいわ。
と、つらつら考えすぎてまとまりがなくなってきちゃったけど、やっぱりゴキブリと言えども、やたらめったら命を奪うのはよろしくないことなんじゃないかと思ってしまう。
少なくとも、見た目が気持ち悪いとか不気味なんていうことだけで、殺していいわけがないよなあ。
じゃあどうしたらいいんだろう、って、またここに戻ってしまうわけだけど。。。
そしてまったく話が変わるけど、
これまであまり聞かなったこの曲、ここのところ、よく聞いてる。
やっぱり心に迫る。
>命を頂く時は、心から感謝をする。って事をお釈迦さまは言っているのではないかなと思うのです。
やっぱりこれなんですよね。
それと、むやみに殺してはいけないということなんだと思うんです。
でも、その「むやみ」の範疇がとっても難しいです。
なるほど~、托鉢ですね~。
断っちゃいけないんですよね?
そう考えると確かにスゴイですねえ。
やっぱりずっと考え続けなくちゃいけないことなのでしょうか。。。
でも、アコさん、ダメ坊主なんていうことはないですよ(;^_^A
お坊様のコメントをいただけてよかったです。
ありがとうございました。
殺生はいけないというのは、むやみやたらに殺してはいけないと言う…と言うか、人間はどうしても他の命を頂き生きなくてはならないのは、これはどうしても仕方のない事で、動物だけでは無く、植物、穀物だって命だから、これを有難く頂く。そして、無駄にしない。
命を頂く時は、心から感謝をする。って事をお釈迦さまは言っているのではないかなと思うのです。
お釈迦さまの食べいたものは、自ら殺したり作ったりという事ではなく、常に信者や、村の人から布施されて生きてるので、托鉢に入った色んな食材を食べていたんだと思います。
その中には、もちろん肉もあるのですよね。しかも、どんなにぐちゃぐちゃに入っていても有り難く食べていたのかと思うとすごいなぁ〜と思います。
私なんか、パスタはアルデンテ!茹で加減っなんて言ってるし^^;駄目坊主ですね^^;
私もなるべく、殺生したく無いのですが、蚊とゴキだけは駄目だー
見つけたらつい…
やっぱり駄目坊主ですわ〜(=ω=.)
でも、どうしても聞いてしまいます。
まあ歌詞は訳を見ないとわからないですからね(;^ω^)
ゴキブリとミラーリングはしたくないですw。
でも、ああいう経験は普通の家ではできないと思うのでの、貴重でした。
パパさんはゴキブリとミラーリングして仲良しですね😃
蚊はねえ、これもまた面倒な存在ですよねえ。
爬虫類は蚊にさされないんじゃないかと思っているのですが。
恒温動物しか狙わない、狙えないんじゃないかと思うんですよね。
それに、トカゲの外皮には歯が立たないんじゃないでしょうかね。
でも、うりちゃんは刺されますよね。
ゴキブリストなんているんですか!?
どんなものでも売買されてるんですねー(◎_◎;)
普通出てくるゴキブリはクロゴキブリかヤマトゴキブリじゃないでしょうか。
実は、あの子達もよーく見るとかわいいところがあるんですよね。
昔、仕事で某大学の実験動物施設という所にいたことがあるのですが、オーバーナイトの実験とかで、夜中に廊下に出ると、廊下の向こうにゴキブリがいることがあったんです。
私に気がつくと、パッと止まって、私が動くとゴキブリも動き、私が止まると一緒に止まるんです。
ずっとその繰り返しで、思わず笑いました。
あの曲の、特に2曲目歌詞は、今の私には本当に心に沁みます。
というより、堪えます。。。
文章力の欠片もありませんwww。
でも現れるので、「むしとりぴた郎」の粘着シートなしで捕獲して野に放ちます。
あとはデュビアにちょっかいを出して危険信号を出させて、ゴキブリが出ていくようにしてみています🙂効果があるかはわかりませんが、あまり見かけないです。
でも家にいる蚊はやってしまいます🥺うちの子が刺されたらたいへん!家の外では、私がおとなしく血を分け与えています。
ゴキブリストという方々は世界のゴキブリを飼育して研究されています😨日本だとルリゴキブリがきれいですよね😨
家に現れるあの子たちはなんという種類なのか🤔
ヤフオクでゴキブリを検索するといろんな種類が見られて面白いです。
歌がせつなかったです😭私も昨日の帰宅後にあかりちゃんは息をしているかな。くらいだったので、苦しさが甦ります😭
ママさんにきれいなダンゴムシをあげてみたいです🙂
T r i s t a nさんの文章力って凄いですよね~!
ぼあちゃんの飼育日誌を拝見させて頂いてた時から思ってましたけど、
今日のブログを読ませて頂いて、また凄い!と思ってしまいました。
いや~ 凄いわ。
シミはそのシミです。
捕まえたので、また逃がすわけにも行かずに飼ってしまいました。
これ、死んじゃった後に見つけました。
https://www.city.gamagori.lg.jp/uploaded/attachment/74257.pdf