2004年9月10日の夕方に亀緒君をうちの前で拾うまで、わが家はけっこう危うい状態だった。もともと私はかなり情緒不安定な人で、常に頭のどこかで死ぬことを考えていて、それを詩を書くことで何とか紛らわしているような感じで、当然夫婦の会話もとぎれがちになっていた。
けれど亀緒君が来てからは、夫とも共通の話題ができ、たとえ気まずい雰囲気になったとしても、ところで亀はどこに行った? と一緒に探したりして回避できるようになった。
私自身についても以前と比較すると、格段に情緒が安定している。もうめったに死にたいなどと思わなくなった。
その上、亀緒君が来てくれたおかげで、雑誌に連載なんて夢のようなことまで起こった。それもカラーで。
だから亀緒君は、神様がくれた、あるいは、神様がダメな私のために派遣してくれたのだと思っている。亀緒君が来てくれなかったら、私は死にたい願望に飲み込まれて、今ここにこうしていることはなかったかもしれない。
私以外の家族はそんなこと思ってもいないかもしれないが、私は神様と亀様に心から感謝している。亀緒君を大事にしなければいけないと思っている。
ただ一つ残念なのは、情緒が安定しているとぜんぜんいい詩が書けないことだ。ほかの人はどうだかわからないが、私はちょっと辛い状態の方が、いい言葉が浮かんでくるらしい。まったく残念だ。まったく残念だが、とても幸せなことだ。
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