木工挽物という仕事

基本的には時代遅れの仕事
正反対の位置にいるブログから発信してみます
でもブログも先端じゃなくなりましたね

ごめんなさいと言えばよかった

2010-08-30 18:40:50 | タイムマシン
思い出したくもない思い出ってのがある
いくつかある
でもそれはしょうがなかったんじゃない?
ってのもあるけど
もう一度その日に戻ってやり直したい行為もある

人によってはなんでもないことかもしれないけど
自分にとっちゃ耐えられないくらいのきっと何でもないことなんだろう

さだまさしのトーク集 二回目を聴く機会が巡ってきた
彼は小学1年生の時におばあちゃんにした行為を痛く反省している
まだどこでも行われていると言えない頃、誕生日会を開いてもらったまさし少年
友達からのプレゼントをみんなの前で一つ一つ開けていった
最初はすごくうれしい気持ちになったのに 新しいのを開けるたびにその感動が薄れていった
でも彼には最後の砦があった
それはおばあちゃんの自分への誕生日プレゼント
いつもやさしいおばあちゃんからのそれはどんな人がくれたものより感動するに違いない
そう思いながら心ときめかせながらそれを開けた

そこに入っていたのはおにぎりだった
いつも喜んで食べていたはずのそれがやけに見すぼらしく見えた彼はそれに手を付けずに遊びに行ってしまった
でもその先でも気になってしょうがない
もしかしたら俺はおばあちゃんを傷つけたのはないか
小学一年生だった少年がそう思うこと自体偉いと思うのだが
かれはあそびもそこそこに自宅へ帰ると あばあちゃんはそのおにぎりをお茶碗に入れてお茶漬けにして食べていた 寂しそうな猫背で・・・
そこで自分がどれだけひどいことをしてしまったのか悟ったのだという


その話を聞いてて いつも僕の心に引っかかってることを思い出した
まだ僕もそんな子供の頃だった
二階建てだった一階には祖母と祖父 それに叔母(父の妹)
二階には父母僕に妹が住んでいた
いつもじゃないけど母親の口から父の親に対する愚痴など計算してはいない毒を僕らの気持に摺り込んでいたんだと思う

ある夜、お菓子だったと思う
その袋を見つからないようにそっと小脇に挟んで二階へ上がろうとしてた僕
下にあるお菓子を持って二階へゆくことはちょっとだけ勇気のいることだった
これは僕だけで食べようとしたわけではないが母に言われて取ってこようとしたものでもなかった
おかあちゃんと食おうと思って手にしたつもり
それを祖母と叔母が見つけた
「あ~ 見えてるよ お菓子お菓子」
そう囃し立てられたような気がした
叔母の声は笑顔の声だった
悪く取ってしまった僕は
「やらしいなぁ」 と言って持ってたお菓子を下に投げつけた
一階で生活してる人達はある意味母の敵 僕はその時母の側に立ってしまったのだろう
祖母はあんなに好きな人だったのに・・
悲しい思いをさせてしまったに違いない

何も持っていっちゃいかんと言われたわけじゃない
それなのになんてかわいげのない口を利いたんだろう                          
翌日から僕は反省の日々を送った
でもごめんなさいと謝った覚えもない
ずっと心に残したまま もう祖母もいないし叔母もいない
その後 それを補うべく祖母たちと接してきたつもりではあるけど
伝える相手がいないのは寂しいもんだし心残りです

ごめんなさいと言えばよかった
コメント (17)
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