数学者の岡 潔 氏といい、数学者の藤原 正彦 氏といい、二人の数学者は、
日本人特有の情緒や美感の大切さを説く。
< 祖国への誇りを持って初めて、先祖の築いた偉大なる文明を承継することができ、
奥深い自信を持つことができ、堂々と生きることができるのです。 >
数学者である藤原正彦氏の『 日本人の誇り 』 ( 文春新書 )より、
< 日本人が祖国への誇りを取り戻すための具体的な道筋 > を探ってゆきたい。
第八章 日本をとり戻すために
論理や合理だけでは 人間社会は動かない
・・・・・・
とりわけ我が国は、真に誇るべき文明を育んだ国でした。
それに絶大な誇りを持ってよいのです。
十九世紀に英国人スマイルズは、「 国家と国民は、自分達が輝かしい民族に
属するという感情により力強く支えられるものである 」
( 「 Character 」 by Samuel Smiles , 1871 )
と言いました。
祖国への誇りを持って初めて、先祖の築いた偉大なる文明を承継することができ、
奥深い自信を持つことができ、堂々と生きることができるのです。
アメリカの横暴やロシアの不誠実を諫(いさ)め、中国の野卑(やひ)を
戒(いまし)め、口角泡を飛ばし理屈ばかり言う米中に 「 論理とは ほとんど
常に自己正当化にすぎないものですよ 」 と諭(さと)すこともできます。
世界を動かすシステムに日本の視点から堂々と注文をつけることも
できるようになるのです。
「 誇り 」 を回復するために何が必要か
日本人が祖国への誇りを取り戻すための具体的な道筋は何でしょうか。
日本人は 「 敗戦国 」 をいまだに引きずり小さくなっています。
WGIP ( 罪意識 扶植計画 )で植えつけられた罪悪感を払拭することです。
そして作為的になされた 「 歴史の断絶 」 を回復することです。
すなわち、 「 誇り 」 を回復するための必然的第一歩は、戦勝国の復讐劇にすぎない
東京裁判の断固たる否定でなければなりません。そして日本の百年戦争がもたらした、
世界史に残る大殊勲をしっかり胸に刻むことです。
その上で 第二は、アメリカに押しつけられた、日本弱体化のための憲法を廃棄し、
新たに、日本人の、日本人による日本人のための憲法を作り上げることです。
現憲法の 「 前文 」 において 国家の生存が 他国に委(ゆだ)ねられているからです。
独立国でなくなっているからです。そして自衛隊は明らかに憲法違反であり、
「 自衛隊は軍隊ではない 」 という子供にも説明できぬ嘘を採用しなければ
ならなくなっているからです。
国家の支柱たる憲法に嘘があるからです。 「 嘘があってもいいではないか。
戦後の経済発展は軍備に金をかけず経済だけに注力したからではないか 」 と
いう人もいます。これも真っ赤な嘘です。戦前のドイツ、日本、戦後の韓国や台湾、
近年の中国など、毎年のGDP比10%、あるいはそれ以上の軍備拡大をしながら
目覚しい経済発展を遂げたからです。軍備拡大とは ある意味で景気刺激策とも
言えますから、むしろ当然なのです。
次いで 第三は、自らの国を自らで守ることを決意して実行することです。
他国に守ってもらう、というのは属国の定義と言ってよいものです。
屈辱的状況にあっては誇りも何もないからです。少くとも一定期間、自らの力で
自国を守るだけの強力な軍事力を持った上で、アメリカとの対等で強固な同盟を
結ばねばなりません。日米中正三角形論などという戯言(たわごと)に惑わされては
いけないのです。
この三つがなされ、日本の心髄とも言える美意識と独立自尊が取り戻されて初めて、
ペリー来航以来の百年戦争が真の終結を見るのです。
苦境を克服してこそ高みに達する
日本人の築いた文明は、実は日本人にとって もっとも適しているだけではありません。
個より公、金より徳、競争より和、主張するより察する、惻隠(そくいん)や
「 もののあはれ 」 などを美しいと感ずる我が文明は、 「 貧しくとも みな幸せそう 」
という、古今未曾有の社会を作った文明なのです。戦後になってさえ、
「 国民総中流 」 という どの国も達成できなかった夢のような社会を実現させた文明です。
今日に至るも、キリスト教、儒教、その他いかなる宗教の行き渡った国より、
この美感を原理としてやって来た日本で、治安は もっともよく、人々の心は
もっとも穏やかで、人情や惻隠に溢れ倫理道徳も高いのです。
今度の東北関東大地震でも、このような混乱時には どこでも起る略奪が極めて少なく、
秩序がきちっと保たれていること、冷静にじっと耐える被災者を
国民こぞって助けようとしていること、などは世界中から賞賛されています。
原発への放水の際に見せた消防隊や自衛隊の決死的行動は 海外の新聞で
「 ヒーロー 」 と一面トップを飾りました。 「 これから原発に行く 」 と
メールで妻に告げた消防隊長に、 「 日本の救世主になって下さい 」 と
一行の返答が届いたそうです。日本人は、まだ日本人だったのです。
日本人特有のこの美感は 普遍的価値として 今後必ずや論理、合理、理性を補完し、
混迷の世界を救うものになるでしょう。
日本人は誇りと自信をもって、これを取り戻すことです。
これさえあれば 我が国の直面するほとんどの困難が自然にほぐれて行きます。
さらに願わくば、この普遍的価値の可能性を繰り返し世界に発信し訴えて行くことです。
スマイルズは 前述の書で 次のように言いました。
「 歴史を振り返ると、国家が苦境に立たされた時代こそ、もっとも実り多い時代だった。
それを乗り越えて初めて、国家はさらなる高みに到達するからである 」 ( 藤原 訳 )
現代の日本は まさにその苦境に立たされています。
日本人の覚醒と奮起に期待したいものです。
『 日本人の誇り 』 245~249頁 藤原 正彦 著 文春新書