今日は 全てが 狂ってしまった
商いは うまくいかない
別れた旦那が 珍しく送金してくれた
それで 娘に 食べさせる
小説、下げておきます。
閻魔大王の、話、
興味のある方だけ、読んで下さい。
娘が、描いてくれた絵もアップしてありますよ~。
緑の指(仮)閻魔様の涙。
今日も、凛が、夏ちゃんと一緒に帰ってきた。
夏ちゃんのお母さんが、仕事で7時までかかるから預かって欲しいというので、
快く、承諾。
二人は、帰るなりヒソヒソと内緒話した後、
「母さん…」と、一冊の絵本を見せてきた。
「借りてきた、凄い怖い本なんだけど…」
なんと。地獄の絵本だ。
「ここに描いてあるのは、本当の事ですか?」
恐怖に怯える、実にいい顔だ。
「閻魔王は、本当にいますよ」
絵本を受け取りながら云うと、ふたりの恐怖心はヒートアップ。
「では、地獄は、存在するんですね」
夏ちゃんが、真っ青な顔をしていて、面白くてしかたなかった。
「無意味に、生き物の命を奪うなどをした者が落とされる地獄、等活地獄。
一番浅い階層の地獄です。
ここに落とされた者は互いに武器で殺し合い、
また殺し合わない者も鬼によって体を引き裂かれます」
夏ちゃんが後を続けた。
「黒縄地獄…殺人や盗みを犯した者が落とされる。
墨縄という木材に線を付ける道具で体に幾重もの線を付けられ、
その線に沿ってのこぎりで切られる、という罰を受けます…」
「嘘をついたら、舌を抜かれます。…私は、もう、嘘をついてます」
凜が、真っ青になって云った。
へええ、凛が、嘘を? でも、それって、優しい嘘、じゃないの?
私は、とりあえず、ふたりにかばんを降ろさせて、落ち着かせた。
パンケーキを焼いてやる。それと、甘い、ミルクティー。
涙ぐんでいる二人を、愛しく想う。
「私、閻魔様に出会ったことあるの。聞く?」
ふたりは、顔を見合わせて私を凝視した。
「本当?」
「閻魔様は、人として初めて死を体験し、死後の世界を最初に見たひと。
私は、4才の時に、彼に会ったわ」
そう、あれは、
高尾山で、初めて滝行したとき。
真冬で、水は、身を切るように冷たくて。
本当に、刃物で背中を裂かれるように痛かった。
耐えていられる時間は少なく、あっという間に目の前が、真っ白になった。
私はその場で意識を失い、
三日間、意識を失っていたのだ。
閻魔様に出会ったのは、その時だった。
閻魔様は、想像とは全く違った。
とても、美しく、
優しい方だった。
鳳凰が浮き彫りにされた、赤に染められた衣を、綺麗に着こなされ、
漆黒の髪がお似合いだった。彼は、馥郁たる白檀の香りを纏い、
きれいに整理された長机に着いていた。
優しい面差しで、私をみていた。そして、その声は、人を恍惚とさせる。
私は、たちまち、その方の声に、酔ってしまった。
「骨の髄まで冷え切っているが、おまえは、まだ生きる」
あの時の私は、厳しい修行に嫌気がさして、
「嫌です」
と、駄々をこねた。
「こんな苦しい修行は、我慢できません。私をこのまま、極楽へ送って下さい」
閻魔様の声は、透き通る、極上の音楽。
「おまえは、まだ、犯した罪もなく、得もない。
その時ではない。少しここで休んで、…生きるのだ」
生前の罪を浮かしぼりにする浄玻璃の鏡には、なにも映ってなかった。
「修行は厳しいものだ。しかし、おまえには、
業がある。完成させなきゃならない、業が。耐えて、生きよ」
私は、絶望感で脱力し、その場に崩れ落ちた。
閻魔様はゆっくり立ち上がり、
着物の袂を鳴らしながら、傍にきた。
私を抱き寄せるその手は、とても、
とても、暖かかった。
「しばし休んで、この場で何が起こるのか、学びなさい」
閻魔様は多忙で、次々現れる亡者を、裁いた。
私は、三日間、彼の膝の上で、裁きを見届けた。
貧しくとも、美しく生き抜いた人。
己の欲で、人を殺め、死罪になった者まで。
浄玻璃の鏡の前では、誰もが嘘をつけなかった。
全ての罪人が、罪を悔やみ、自分の身の上を嘆いた。
「地獄は、嫌だ! 嫌です、閻魔様!!」
怜悧無情な声が、罪人を悟らせ、地獄へと、堕とす。
無明世界で、存分に楽しんだのだろう?
ただ、幻の中を、おまえは、好き勝手にやっただけ。
どうだった? 愚かな、その世で溺れた、愚者よ。
鬼が、罪人を、地獄へと運んだ。
閻魔帳と呼ばれる帳簿に、黙々と判を押しながら、
閻魔様の手は、震えていた。
振り返ると、彼は、泣いていたのだ。
ゆるい刑でも、釈放まで9125年 。
閻魔様は、地獄で、死者を裁く裁判官の10人(十王)のお一人。
とてつもなく美しく、
優しいお方だった。
その方の涙を、私は、この頬に受けたのだった。
「何故、泣くのです?」
「あのような過酷な場所に人を送ることは、辛いのですよ」
「地獄、にですか」
「人が想像して作り上げた地獄はありません」
閻魔様は、少しお疲れのようだった。
「あれは、人の妄想。実際にある、地獄と云われるものは、あんなものではありません」
もっと、残虐で、恐ろしく、惨い場所です。
私は、その言葉にゾッとなった。
「とても、正気を保って送れるような場所ではありません。
私にも、耐えられない夜が、あるのですよ」
「意外です…」
閻魔様が心痛に悩まされること。
自分が知っている地獄とういう場所が、はるかに恐ろしい場所であったこと。
「人の子よ」
閻魔様は、そっと私を抱いてくれた。
「おまえにも、春が来る。花を咲かせる春が」
「信じられません。きっと、私は、厳しい修行の途中で、のたれ死ぬのです」
「そんなことはないよ」
閻魔様が、ふっと笑った。白檀の香りが、僅かに強く通った。
「花を咲かせなさい。私は、ここから、おまえを見ているよ」
そして、続けた。「辛い事があっても、罪を犯さぬように。間違いを犯すようなら、
その場から、お逃げ。…決して、罪を、犯さぬように」
それから、私は、人間世界で眼を覚ました。
暖かな布団。暖かな風。澄んだ流水音。
でも、閻魔様がいないことが辛くて、私は泣いた。
それに気づいた、山伏が、「重湯を拵えよう」と立ち上がった。
美しくも、残酷な優しい世界。
存在するのだ。
私は、知ってしまった。
閻魔様の、強さと弱さを。
閻魔様、蠟梅の咲くこの季節に
貴方は、確かな、春を届けてくれた。
この花の美しさを、私は、知ってしまった。
生きねば、ならぬ。
生きねば…
『生きる』ことに、皆が辛労するのですね。
私だけに、限ることではなく…。
ふたりは、しばらくポカンとしていたが、
私は、想う。
生きることに、甘美な罠が張りめぐらされた、この世に、
服従されてみるがいい、と。
私は、いつものように、紅茶を淹れる。
覚醒するまで、ひとは、愚かに繰り返す。
この、私もまた同じ。
美しい波動を放つものに、ただ酔いしれ、
一時、浮世の裏側を、
忘れるのだ。
緑の指(仮)閻魔様の涙