白く細い糸が
額あたりにちろちろと下りてきた。
私にピタッと収まる。
交信がはじまる。
明日は大事な用がいくつかあるし
まだ体への不安も拭いきれていない。
夢でいかがですか?と提案する。
体は休ませているが
脳や意識は起きている状態となんら変わりはなく
その方が深くお互いの無意識にまで手が伸びるので、と説明にあてた。
了承を得たとわかったのは
突然、全身の力がベッドに移行した瞬間で
ぎしぎしときしむ音がしばらく聴覚を出入りしたからだ。
そのうちしんと静まり返る夜や闇が
私を抱き抱えて
その白い糸が結ぶ領域の広がりに
感動すら覚えていった。
目前に現れたのは女性だ。
もうここにはいない。
けれど、私は彼女と話をする必要があって
彼女もまた、同じように考えていたのだろう、
思いの端を白い糸に手繰り
交信しようと考えてくれたのだから。
彼女は私をみるなり
『あなたの幸せのかたちは?』と聞くものだから
長い髪を無造作にぐしゃぐしゃやって
まだ私が小学生の頃、
体育館の端で緊張しながら
膝を抱えていた日を
なぜか思い出させていった。
幸せの意味など
これっぽっちも考えずにいた日々こそ
たぶん幸せと呼ぶ。
あれこれ思いを巡らせてみるのだが
言葉に変換しようとすると
指の間からこぼれ落ちる砂のように
うまく答えることができず、
その砂を拾う頃には
言葉の命はとうに耐えて
私を塞いでいくようにみえた。
うまく答えようなんてこれっぽっちも。
そこには作意も打算もなく
あるのは言葉とおりを探す意思だった。
虹が浮かんで
そこで雲の飴にしゃぶりついて下界を眺めると
ところどころ鼠色に変色した部分が
マグマみたいに溶けて
他の美しい色彩を飲み込んでいた。
『あれは何?』と女性へ尋ねると
『私が苦しめられてきた正体よ』と言った。
突然のめまいに見舞われたのか
彼女の顔が歪んでみえる。
気付かなかっただけか、
あたりに寂しさが漂って
私を寄せ付けようとはしない。
強さや聡明さや揺るぎない姿勢や自負や
女性特有の忍耐を兼ね備えて
彼女は彼女なりに生きていたと語る。
あの鼠色の物体にさえ巻き込まれなければね。
あれは私のかつての彼そのもの、
冷酷さや卑怯さ、
欲が前かがみになる人特有の貧しさや
仮面の下の正体は
紳士で穏やかな表情からはかけ離れていた。
かわいそうに、だから芯がいつまで経っても
できるはずもなく
けれど人間が生きる上では
それや希望がなければ
屍になってしまうのね。
息をしているだけ。
心臓が動いているだけ。
だから必死に動き回ったり
人にしがみつこうと躍起になるわ。
朝になる前にそろそろ行くわ。
自分の幸せのかたちがわからなければ
大切な存在にはたどり着けないわ。
何かを失っても
それに気づけない人も多い世の中において
あなたには大切なものを
守り通してほしいと思ったの。
いや、あなたたちが正解ね。
東の空が白みはじめたとき、
私と彼女のコンタクトは終わった。
白い糸が額から天井へ、
いつもと変わりない朝がはじまる。
額あたりにちろちろと下りてきた。
私にピタッと収まる。
交信がはじまる。
明日は大事な用がいくつかあるし
まだ体への不安も拭いきれていない。
夢でいかがですか?と提案する。
体は休ませているが
脳や意識は起きている状態となんら変わりはなく
その方が深くお互いの無意識にまで手が伸びるので、と説明にあてた。
了承を得たとわかったのは
突然、全身の力がベッドに移行した瞬間で
ぎしぎしときしむ音がしばらく聴覚を出入りしたからだ。
そのうちしんと静まり返る夜や闇が
私を抱き抱えて
その白い糸が結ぶ領域の広がりに
感動すら覚えていった。
目前に現れたのは女性だ。
もうここにはいない。
けれど、私は彼女と話をする必要があって
彼女もまた、同じように考えていたのだろう、
思いの端を白い糸に手繰り
交信しようと考えてくれたのだから。
彼女は私をみるなり
『あなたの幸せのかたちは?』と聞くものだから
長い髪を無造作にぐしゃぐしゃやって
まだ私が小学生の頃、
体育館の端で緊張しながら
膝を抱えていた日を
なぜか思い出させていった。
幸せの意味など
これっぽっちも考えずにいた日々こそ
たぶん幸せと呼ぶ。
あれこれ思いを巡らせてみるのだが
言葉に変換しようとすると
指の間からこぼれ落ちる砂のように
うまく答えることができず、
その砂を拾う頃には
言葉の命はとうに耐えて
私を塞いでいくようにみえた。
うまく答えようなんてこれっぽっちも。
そこには作意も打算もなく
あるのは言葉とおりを探す意思だった。
虹が浮かんで
そこで雲の飴にしゃぶりついて下界を眺めると
ところどころ鼠色に変色した部分が
マグマみたいに溶けて
他の美しい色彩を飲み込んでいた。
『あれは何?』と女性へ尋ねると
『私が苦しめられてきた正体よ』と言った。
突然のめまいに見舞われたのか
彼女の顔が歪んでみえる。
気付かなかっただけか、
あたりに寂しさが漂って
私を寄せ付けようとはしない。
強さや聡明さや揺るぎない姿勢や自負や
女性特有の忍耐を兼ね備えて
彼女は彼女なりに生きていたと語る。
あの鼠色の物体にさえ巻き込まれなければね。
あれは私のかつての彼そのもの、
冷酷さや卑怯さ、
欲が前かがみになる人特有の貧しさや
仮面の下の正体は
紳士で穏やかな表情からはかけ離れていた。
かわいそうに、だから芯がいつまで経っても
できるはずもなく
けれど人間が生きる上では
それや希望がなければ
屍になってしまうのね。
息をしているだけ。
心臓が動いているだけ。
だから必死に動き回ったり
人にしがみつこうと躍起になるわ。
朝になる前にそろそろ行くわ。
自分の幸せのかたちがわからなければ
大切な存在にはたどり着けないわ。
何かを失っても
それに気づけない人も多い世の中において
あなたには大切なものを
守り通してほしいと思ったの。
いや、あなたたちが正解ね。
東の空が白みはじめたとき、
私と彼女のコンタクトは終わった。
白い糸が額から天井へ、
いつもと変わりない朝がはじまる。