北原鈴淳 琴古流尺八教室 in八王子

尺八の音色は心を癒してくれます。

演奏すれば「無」の境地になれ、演奏が終われば満足感、充実感が得られます。

飯田市関連情報

2024-12-23 16:36:40 | 随想

飯田市関連情報 

昨年12月には、我が母校の飯田東中学がNHK「ひむバス」で放送されて、管理する「りんご並木」が紹介された。2月17日にも再々放送されて、私は都合3回も見たのだった。
番組の最後には生徒たちが「また飯田に来てください」と言っていた。飯田弁なら丁寧に「また、おいでなんしょ」、親しい人なら「また、おいなんよ」と言う。何ともいい言葉だに。

2月11日のテレビでリニア中央新幹線の関連で、長野県の飯田市などが放送された。長野県知事は「1時間に1本は止まって欲しい」、奈良県知事は「15分に1回止まって欲しい」とパネルで紹介していた。

同じ日の日本テレビでは「焼肉日本一」と飯田市が放送された。人口あたりの焼肉店の数が多いとのことだ。飯田は昔から羊を飼っており、マトンを食べるようだ。
私は小さい頃は肉は嫌いだった。時々自宅ではジンギスカンをしていたが、私は目を背けていた。

4月22日、たまたまつけたテレビで「長野大平宿」が放送された。
大平(おおだいら)は飯田市と木曽を結ぶ大平街道にある大平峠の場所である。以前は集落があったのだが全世帯が移住してしまった。そこの古民家を改修して、貸し出しするのだ。2日で2300円とか。

私が大学生の頃までは小さな大平スキー場があり、2回ほど滑りに行った。今はもうないだろう。

同じ大学生の頃の夏休みは実家にしばらく泊まった。その時に「キリンビール」のアルバイトをした事がある。知久町にあった「北原酒店」はキリンビールの代理店で、トラックに大量のビールをケース毎積んで各酒屋に配達のアルバイトをしたのだ。市内はもちろん、遠山や大平峠を越えて南木曽まで行った。

その大平峠を越える道が非常に悪く、曲がりくねっていたし、でこぼこ道だから上下に跳ねて頭は天井にぶつけるし、お尻が痛かった。強烈な思い出だ。
運転手とアルバイトは2人。私は力が無く、20本入りのビールケースの4段目までは重ねられたが、5段目は無理だった。大柄のもう一人は5段目は軽々だった。
市内では運転手がビールを重ねたケースの上を滑らすのだが、生きよくスピーディーにした時に、ビールの栓に引っ掛かり、「パン」とビール瓶が割れて、アルコールの匂いが充満したのには参った。

今年の高校ラグビーの長野県代表は飯田高校である。飯田高校は3年振りで11回を数える。第一戦は28日に岩手県代表盛岡工とだ。上手くいって過去2回戦に進んだ事もある。

12月8日のテレビ朝日「ポツンと一軒家」は飯田市で、飯田市内から40分かけて車で毎日ポツンとに通う人の話だった。時々飯田弁が出ていたに。

図書館で立川談四楼の「もっと声に出して笑える日本語」を読んでいる。その中で面白い方言が出ていた。談四楼は時々飯田市内や近郊で落語会をしている。
そこで飯田市郊外での話。「おいでなんしょ」=ようこそいらっしゃいました。「おいないよう」=ぜひいらしてください。などを挙げていた。何ともいい言葉だに。「おいないよう」となっているが我々はむしろ「おいなんよ」と言っている。さらに「靴べら」の事を「靴すべり」と言っていたと。これは良い言い方だな。