英国初の女性財務相となるレイチェル・リーブス氏=ロイター
14年ぶりに政権が交代した英国。首相は元ゴールドマン・サックス出身のスナク氏から人権派弁護士のスターマー氏に代わった。財務相として新たに財政のかじ取りを担う元中銀エコノミストのレイチェル・リーブス氏はどんな人物か。
ゴールドマンのオファー断りBOEに
これまで3人の女性首相を輩出した英国だが、財務相に女性が就くのは初めてだ。労働党が「親ビジネス」路線を打ち出す中でリーブス氏も労働党の影の財務相として早くから金融市場に対しフレンドリーさをアピールしてきた。
ロンドン出身で、教師の両親の元で育ち公立の女子高に通った。同校からの進学先としては珍しかった名門オックスフォード大学に入学する。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで経済学の修士号を取得した。
卒業後には米金融大手ゴールドマン・サックスからのオファーを「公共サービスの方が魅力」と断り、2000年から06年まで働いた中央銀行イングランド銀行が初の職場だ。現総裁のアンドリュー・ベイリー氏が上司だったという。
リーブス氏の初の職場のBOEでは現総裁のアンドリュー・ベイリー氏が上司だった
日本経済の停滞の要因、成長促進への行動不足
エコノミストとして取り組んだのは、バブル後の日本の「失われた10年」の研究だった。当時珍しかったゼロ金利政策や量的緩和政策をとる日本。成長促進のために迅速な行動をとらなかったことが日本の停滞の原因だと考えるようになった。
イングランド銀行の後はハリファクス・バンク・オブ・スコットランド(HBOS)の個人向け住宅ローン部門で09年まで勤務。HBOSは08年に金融危機のさなかで事実上破綻した金融機関だ。
英国政府から公的資金の注入を受け、英ロイズ銀行に救済される形となった。リーブス氏はまさに住宅ローンという火種の真ん中から危機を目の当たりにしていた。
初当選は2010年、当時31歳
初当選は10年で、当時31歳だった。この年に政権を失った労働党は、その後ずっと野党。この間、リーブス氏は影の内閣で数々のポストを歴任し、21年からはスターマー党首から影の財務相を任された。
労働党は前回総選挙の19年の大敗以来、スターマー党首の下、親ビジネスのイメージ改革に取り組んできた。リーブス氏はうってつけの人材に映った。
政権交代の可能性が高まっていたなかで、24年1月に影の財務相としてダボス会議に出席。労働党の前党首、コービン氏はダボス会議を「億万長者のお祭り」とやゆしていたが、今の労働党がいかに中道を歩んでいるかをアピールした。
「私がダボスに来たのは、今日の労働党は富の創出の党であり、投資を阻むような税制措置は取らないと主張するためだ」と強調。「労働党政権は企業に門戸を開くだけではなく、英国への投資と富の創出を積極的に奨励する」と訴えた。米大手銀JPモルガン・チェースを率いるジェイミー・ダイモン氏らに新しい労働党をアピールした。
実際、労働党が政権を奪還してもロンドン・金融街シティの反応は冷静だ。大手銀行の幹部は「スターマー党首や彼のグループは以前の労働党よりも信頼できる」と話す。
スーパーマーケットを視察する労働党のスターマー党首㊥とリーブス氏㊨=ロイター
政治家としてのリーブス氏は口調が厳しい。強い女性政治家としてかつて「鉄の女」と言われたサッチャー首相のニックネームから、リーブス氏も「鉄の財務相」の雰囲気をまとう。
トラス元首相の政策が発火点となった22年の「トラス・ショック」は英国債(ギルト)を揺るがし、世界市場に波及した。財政政策を監視する英市場の「債券自警団」の力を見せつけた。リーブス氏の手腕が試される。
今のところ労働党は税や歳出を巡る大幅な変更は打ち出していない。「財政へのアプローチの詳細についてはほとんど知られていない」とJPモルガンのエコノミスト、アラン・モンクス氏は指摘し、9月中旬にも発表される予算計画で明らかになるとみている。
金融関係者らの間では、親ビジネスの労働党の姿勢は選挙が終われば「再び左旋回を始めるのでは」との警戒感もくすぶっている。リーブス氏は、100日以内に英国に投資を呼び込むための「Global summit for investment in UK」を開くと宣言している。
貴重な体験談
LSE卒の閣僚が多いスターマー政権。 リーブス氏とベイリー氏は共にロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で学んだ後にBOE入りしているが、リーブス氏入行時の総裁はLSEで教鞭をとったマーヴィン・キングLSE名誉教授。
私もLSEで学んだが、当時の学長はブレア労働党や独シュレーダー社会民主党といった中道左派の思想基盤となった「第三の道」提唱者のアンソニー・ギデンズ氏。クーパー内務相、ミリバンド・エネルギー安全保障ネットゼロ相もLSE卒。ドイツのベアボック外務大臣も同校卒だが、EUと協調路線をとる英新政権の財政、外交、環境政策の舵取りに同じLSE卒業生として期待を持って注目している。
(更新)
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イギリス議会下院の総選挙が2024年7月4日投開票され、労働党が6割を超える議席を獲得して圧勝。労働党のキア・スターマー党首が5日、首相に就任し保守党から14年ぶりに政権を奪還しました。最新ニュースや解説をまとめました。
日経記事2024.07.07より引用