半導体用フォトレジストの性能を評価している様子(出所:住友化学)
半導体チップの製造に欠かせない感光性材料であるフォトレジストに、約30年ぶりの技術転換点が訪れている。
2027年ごろから量産に使われる見通しの次世代EUV(極端紫外線)露光向けで、従来とは全く異なる材料のフォトレジストが導入される公算が大きい。
JSRや東京応化工業など合計で世界シェア9割を握る国内化学5社が開発を競っており、フォトレジストの勢力図が塗り替わる可能性もある。
政府系ファンド、産業革新投資機構(JIC)グループのJICキャピタルと同社傘下のJSRが2024年6月に開催した記者会見。
JSR社長のEric Johnson(エリック・ジョンソン)氏が2025年以降の収益貢献への期待を示したのが、業界関係者の間で「MOR(エムオーアール)」と呼ばれる新材料だ。
金属酸化物レジスト(メタルオキサイドレジスト)を指し、東京応化工業なども水面下で開発を進めている。
この新型フォトレジストが2~3年以内にも、約30年にわたり業界標準だった化学増幅型レジスト(CAR:Chemically Amplified Resist)と呼ばれる有機高分子系材料を置き換え始めそうだ。
EUV露光を使って製造する最先端のロジック半導体に導入される可能性が高く、DRAMにも使われる可能性がある。
JSR上席執行役員の木村徹氏は「金属酸化物レジストは次世代レジストの最有力候補。2025~2026年には収益に貢献し始める」と話す。
東京応化工業も「2026~2027年には金属酸化物レジストの利用が本格化する」(広報CSR部部長の川田哲也氏)との見立てだ。
半導体用フォトレジストは国内化学5社が市場を寡占している
(出所:英Omdiaの資料を基に日経クロステックが作成)
対抗馬も浮上している。住友化学は有機低分子レジストと呼ぶ新型フォトレジストの開発に力を入れ、顧客の要望次第では2025~2026年にも製品化する。
同社のEUV向けレジストの市場シェアは足元で10%程度だが、有機低分子レジストを強みに「トップシェアを狙う」(電子材料事業部第一グローバルマーケティング部長の山口訓史氏)と力を込める。
フォトレジストメーカーの多くは石油化学製品も手掛け、石油化学事業の昨今の環境悪化から半導体向け材料に経営資源を振り向けている。
次世代のフォトレジストは、化学各社の主戦場の1つになる。
「ムーアの法則」支える材料
フォトレジストは露光装置やフォトマスクとともに半導体微細加工の鍵を握り、トランジスタの集積密度が約2年で2倍に高まるという「ムーアの法則」を長年支えてきた。
世界的に見ても日本の化学メーカーが圧倒的に強く、JSR、東京応化工業、信越化学工業、住友化学、富士フイルムの5社で計9割の世界シェアを握る。半導体メーカーの要望に合わせて材料の組成などを変えるカスタム品であり、そのノウハウは秘中の秘だ。
半導体市場は生成AI(人工知能)をけん引役として2030年に1兆米ドル(1米ドル=152円換算で152兆円)を突破すると予想され、これに伴ってフォトレジスト市場も成長が続く。
富士経済は2020年の16億3000万米ドル(約2500億円)から、2026年には24億9300万米ドル(約3800億円)に達すると予測する。
JSRは米子会社の金属酸化物レジストで勝負
現在主流の有機高分子系の化学増幅型レジストは、1980年代に米IBMの日本人研究者らが基盤技術を開発した。
ベース樹脂、光酸発生剤、クエンチャーと呼ぶ添加剤から成り、KrF(フッ化クリプトン)光源の露光技術とともに1990年代後半に量産に導入された。
フォトレジストに光が当たると酸が発生し、加熱することで酸を触媒とする連鎖反応が起こって光が当たった部分が現像液に溶けやすくなる。
解像力、光への感度、金属膜などを削るエッチングに対する耐性の強さなどのバランスが取れたレジスト開発を各社が競ってきた。
ところが、このタイプのフォトレジストが技術的限界を迎えつつある。分子の大きさや酸の拡散距離が製造歩留まりに影響する程度にまで、半導体の微細化が進んだためだ。
台湾積体電路製造(TSMC)、韓国Samsung Electronics(サムスン電子)、米Intel(インテル)はそれぞれ、2025年に2~1.8nm世代、2026~2027年に1.6~1.4nm世代へロジック半導体の微細化を進める。2nm世代はハーフピッチと呼ばれる最小線幅が12nm前後、1.4nm世代は10nm前後とされる。
こうした世代では、フォトレジストの分子数個分の位置ずれが動作に影響する欠陥となったり、ラインエッジラフネス(LER)と呼ばれるレジスト端面の寸法ばらつきが歩留まりを低下させたりする。
加えて、EUV露光でもダブルパターニングやトリプルパターニングと呼ばれる複数回の露光工程が必要となり、技術的難易度が上がりコストも上昇する。
そこで、露光装置のレンズのNA(開口数)を大きくして解像力を高めた次世代EUV露光が2027年にも量産に導入される見通しだ。
インテルは1.4nm世代の量産に使う方針を表明しており、オランダASMLはすでにインテルを含む2社に次世代EUV露光装置を納入した。この次世代EUV露光の採用が呼び水となり、2027年ごろから新型フォトレジストの利用が始まるとレジスト各社はにらんでいる。
JSRや東京応化工業は金属酸化物レジストを本命視し、手を打つ。
JSRは金属酸化物レジストのパイオニア企業である米Inpria(インプリア)を2021年に買収し、同レジスト技術を手中にした。2025~2026年に製品化する考えである。
インプリアの金属酸化物レジストはSn(スズ)の酸化物をベース材料に使い、EUV光を効率よく吸収できることなどが特徴だ。
JSRの木村氏は、酸に比べて拡散距離の短い「電子の散乱で反応が起こるため、化学増幅型レジストに比べ解像力が高まる」と話す。すでに線幅8nmのパターンの解像に成功した。
ロジック半導体のほか、最小線幅がすでに10nm台に達したDRAMでも有望だ。
JSRは2022年8月、韓国SK hynix(SKハイニックス)が最先端DRAMの製造にインプリアの金属酸化物レジストを使う検討を加速させていると発表した。
インプリアを巡っては2024年1月、米ニューヨーク州立大学(SUNY)研究財団が同社の特許25件について、共同発明者にSUNYが記載されるべきだとして同州の連邦裁判所に訴訟を起こし、特許使用の緊急差し止めなどを求めた。
この緊急差し止めについては2024年3月、同裁判所が訴えを却下した。係争は続いているが、JSRは訴訟による「事業への影響はない」(木村氏)としている。
インプリアにはかつて東京応化工業も出資していたが、JSRによる買収を受けて東京応化工業は目下、独自の金属酸化物レジストの開発を進めている。技術の詳細は明らかにしないが、スズとは別の金属を使う方針と見られる。
製造装置側の対応も進みつつある。フォトレジストの塗布現像装置で世界最大手の東京エレクトロンは、化学増幅型レジストと金属酸化物レジストの両方に1台で対応できる塗布現像装置の開発を進めている。
同社もロジック半導体の2~1.4nm世代で金属酸化物レジストが使われ始めると見ている。
住友化学は有機低分子レジストに懸ける
金属酸化物レジストの対抗馬となるのが有機系の低分子レジストだ。住友化学が開発に力を入れ、化学増幅型と非化学増幅型の両面で検討を進めている。
ベース材料となる有機分子の分子量を減らし、従来は数nmだった分子サイズを1nm未満にして解像力を高める。有機低分子レジストは2000年代にも各所で開発が盛んに行われたが、実用化には至らなかった。
住友化学は詳細を明かさないが、「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の手法で、いくつかの有望な材料を絞り込めた」(山口氏)という。
ロジック半導体やメモリーのメーカーによる評価では、良好な結果を得ている。2027年ごろまでの製品化を見込むが、「顧客の評価や要望次第では前倒ししたい」(電子材料事業部第一グローバルマーケティング部チームリーダーの鈴木雄喜氏)と話す。
金属酸化物レジストに対する優位性は大きく2つあると住友化学は説明する。
金属を使わないためコンタミネーション(半導体製造工程で発生するデバイス汚染)の懸念が相対的に小さいこと、そして既存の塗布現像装置が使えることである。
フォトレジストにおける日本勢の圧倒的強さは、「原材料メーカーを含めたサプライチェーン(供給網)の強さが原動力だ」とJSRの木村氏は話す。
製造装置やフォトマスクのメーカーとの連携を含め「擦り合わせに次ぐ擦り合わせが求められ、日本企業のモノづくりの力が生きる」(東京応化工業の川田氏)。ただ、半導体の国産化に力を入れる中国などで新興メーカーが育つ可能性はある。
サプライチェーンの強さが日本のフォトレジストメーカーの競争力を支える
(出所:日経クロステック)
EUV露光装置メーカーが日本に存在しないことや、同装置が300億~600億円ほどとされレジストメーカーが開発用に購入するのが難しいことも課題だ。
九州大学は2024年7月26日、EUV光の照射・解析サービスを提供する新会社「EUVフォトン(福岡市)」を設立すると発表した。EUV向けフォトレジストなどの開発を支援する。
新型フォトレジストを巡る開発競争は、日本がこの分野の国際競争力を守るための戦いでもある。