トルコはウクライナを支援しながらロシアとも関係を保つ(9月11日の会議でトルコのエルドアン大統領
のビデオ通話を見守るウクライナのゼレンスキー大統領)=ロイター
西側諸国と中ロの敵対関係が深まり、緊張が高まっている。世界の行方には、濃い霧が漂う。
そうしたなか、最大変数の一つといえる新興大国がある。日本の約2倍の国土を持つトルコだ。およそ100年前までオスマン帝国として世界に君臨し、東西に広い版図を誇った。
上海協力機構にも加入意向
トルコの国際政治への重みは再び、増している。
米軍事分析組織「グローバル・ファイヤーパワー」によると、兵力は約35万5000人。北大西洋条約機構(NATO)内で、米国に次いで2位だ。国土は欧州と中東、アジアが交わる、地政学の要所にある。
そんなトルコを率いるエルドアン大統領は近年、常識では考えられない「わが道」路線をひた走っている。NATOの中核メンバーなのに、プーチン・ロシア大統領と良い関係を結ぶ。
中ロが主導するBRICSと上海協力機構(SCO)にも、エルドアン大統領は加入の意向を示す。すでに、BRICSへの加盟を申請したとの情報が流れる。
BRICSには中ロに加えて、米国と敵対するイランも名を連ねている。NATOメンバーが加わるとすれば、前代未聞だ。
驚くのはまだ早い。トルコはロシアと握手する一方で、ロシアと戦うウクライナにも手を差し伸べ、軍用ドローン「バイラクタルTB2」を供給しているのだ。
同ドローンを製造するのは、エルドアン大統領の娘婿一族が経営するトルコ企業である。24年初めには、ウクライナで工場建設も始めた。
いったいトルコは何を考え、国際政治をどう動かすつもりなのか。その行方を占うため、9月上旬、現地を訪れ、外交専門家や当局者ら約10人に分析を聞いた。
シリア内戦からキプロス問題まで
多くの専門家が訴えたのが、米国の覇権は退き、世界の多極化が勢いづいていることへの切迫感だ。
NATOに頼るだけでは、自国の安全は守れない。そんな不安から、トルコは四方八方の国々と手を結び、あらゆるシナリオに「保険」をかけようとしている。
トルコ大統領府安全保障・外交委員会委員のチャール・エルハン教授は話す。
「米国の覇権は衰え、NATO内にも意見の相違が生まれている。トルコは西洋での地位を堅持しながら、東洋との関係も強め、変化に備えている」
確かに、トルコの周りは火種だらけだ。シリア内戦で、300万人超の難民がトルコに流入した。
イラク、シリアとの国境では、トルコからの分離独立をめざすクルド系武装組織との戦闘が絶えない。隣のギリシャとはキプロス問題などで長年、緊張が漂う。
こうした脅威に自力で対応するため、トルコは独自の軍事網を広げる。
イラクやアゼルバイジャン、キプロス、カタール、ソマリアに拠点を設けたり、部隊を派遣したりしている。内戦中のリビアにも、軍事顧問団を送る。
トルコ与党系のシンクタンク、SETAのムラト・イェシリタシュ教授は語る。「トルコ周辺では、武装勢力やテロの脅威がまん延する。
NATOを通じて問題を解決できないならば、自力で対応するしかない。トルコは脅威の増大に反応している」
融通むげなトルコの振る舞いには、オスマン帝国末期の歴史に根ざした国家のDNAもにじむ。
ジャーマン・マーシャル財団のオズギュル・ウンリュヒサルジュクル・トルコ所長は、こんな趣旨の分析を示す。
オスマン帝国は18世紀に、英国やロシアといった西洋列強に覇権を奪われた。
これを受け、近代化と生き残りのためには西洋列強と関係を強めると同時に、各列強を互いに競わせる必要があると気づいた。
西側諸国と強い関係を保ちながら、どの大国にも依存しないトルコのバランス戦略は、この路線を引き継いでいる――。
仲介や調停役にも
問題は、そんなトルコの振る舞いが、国際政治にもたらす影響だ。同国があくまでも我を押し通せば、NATO内の結束は乱れる。トルコは2023年、対立するクルド系勢力の活動を許しているなどとしてスウェーデンのNATO加盟の承認を渋り、米欧を困らせた。
一方、西側だけでは解決できない課題に対応するうえで、トルコの自律路線が役立つこともある。NATOが及び腰なアフリカにも同国は関与を深め、紛争の回避に動く。8月上旬、領土問題で戦争になりかねないソマリアとエチオピアの代表をトルコに招き、2回目の調停交渉に当たった。
8月初めには米国やロシアを仲介し、米ロなど7カ国で拘束されていた26人の身柄交換もお膳立てしている。
もっとも、NATOにいながら、その敵対国であるロシアやイランと仲良くするという曲芸外交は、ちょっとかじ取りを誤れば、破綻する恐れもある。トルコの経済外交政策研究センターのシナン・ユルゲン所長は指摘する。
「昨年はトルコへの観光客と貿易の約6割を西側諸国が占めた。それなのに、西側、非西側と等距離を保ち、同じ関係を確保するのは無理だ。最悪の場合、西側の経済、政治の枠組みから外されてしまう」
ロシアのウクライナ侵略や中東紛争といった危機が広がるなか、乱世の再来を防ぐうえで、トルコが果たせる役割は大きい。西側諸国はトルコの自立心を良い意味で逆手にとり、前向きな貢献を引き出していくのが上策だ。
長年、外交・安全保障を取材してきた。東京を拠点に北京とワシントンの駐在経験も。
国際情勢の分析、論評コラムなどで2018年度ボーン・上田記念国際記者賞。著書に「暗流 米中日外交三国志」「乱流 米中日安全保障三国志」。
日経記事2024.09.19より引用