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ハリス氏奇襲、たじろいだトランプ氏 記者が見た討論会

2024-09-16 21:00:29 | 米大統領選2024

 

ハリス氏が挑発し、トランプ氏が防戦に回る――。11月の米大統領選に向けた9月10日のテレビ討論会では、民主党のハリス副大統領がまずまずの「デビュー」を飾ったとの評価が目立つ。

もっとも、政策面では共和党のトランプ前大統領が優位との指摘も多い。討論会の総括と残り2カ月を切った選挙戦の展望を、現地で取材する4人の記者に聞いた。

 

 

冒頭の握手で「してやったり」

司会 今回の討論会、勝ったのはどちらか。

大越匡洋・ワシントン支局長 討論そのものはハリス氏の優勢勝ちだった。ハリス氏は、トランプ氏に対抗できる候補者として自身の力量を示す機会を巧みにつかんだ。

移民問題という自分の弱点に関して司会者から質問をぶつけられると、論点をずらし、トランプ氏の集会の聴衆が退屈して早々に帰ってしまう話を持ち出した。

 

聴衆の規模という人気の尺度に子供のようにこだわるトランプ氏がムキになって反論し、「オハイオ州スプリングフィールドでは移民が犬を食べている」といった虚言をまき散らす動揺を誘った。

 

飛田臨太郎記者 僅差でハリス氏が勝利したかなという印象だった。冒頭、トランプ氏に歩み寄り握手を求めた。

直後に、にやりと「してやったり」の表情をした時点で勝負あったのかもしれない。その後は緊張している様子を見せながらも、表情豊かに語っていた。

一方、トランプ氏はこれまでの大統領選討論会や通常の演説に比べると、平静さがあったように感じた。悪かったという印象は持たなかった。どちらも、陣営のシナリオを忠実にこなしたのだろうと感じた。

 


ハリス氏は冒頭、トランプ氏に握手を求めた=AP

 

坂口幸裕記者 討論会の勝敗はハリス氏が優勢に進めた印象だった。元検事のハリス氏は挑発しながら攻めの姿勢に終始した。

不法移民を巡り「米国を破壊する最高レベルの犯罪者」と言うトランプ氏に対し「性犯罪の重罪犯が犯罪の話をするとは滑稽だ」と皮肉った。

「犯罪者」と「検事」という構図をつくり上げようしていた。

トランプ氏はインフレや不法移民の対策などを現政権の急所とみて批判しつつ、過激な言動を抑えた。政敵を中傷するトランプ氏の政治手法を好む岩盤支持層を固めるだけでは選挙戦に勝てない。浮動票に照準を合わせる選挙戦術が浮かんだ。

 

芦塚智子記者 討論会は論戦の中身だけでなく有権者に与える印象が重要になる。特に討論会全体を見ずに、翌日の報道やハイライト動画、ミーム(ネット上の流行)などで情報を得る有権者が多いことを考えると、自分に有利な見どころを作ったハリス氏の勝ちだと思う。

ネット上には「オハイオで食卓に載せられた猫」や、ハリス氏が顎に手を当てて笑みを浮かべながらトランプ氏を見る様子を「母親と子供」になぞらえたミームなどが氾濫している。

強い指導者像を売り込みたいトランプ氏には不利な現象ではないか。

 

討論会終了後に両陣営が記者の取材に応じる「スピン・ルーム」にハリス陣営の関係者が続々と現れたのは、数人が短時間の取材にしか応じなかった6月の討論会の時と対照的だった。

 

 

ハリス氏の挑発、高慢な印象も

司会 ハリス氏のデビュー戦は上々だったということか。

飛田記者 討論会前の世論調査ではハリス氏を「もっと知らなければならない」と感じている人が3割もいた。今回の討論会はいわばハリス氏のお披露目の場という側面もあった。

対トランプ氏という面では「世界の指導者から笑い物になっている」などなど効果的に相手を感情的にさせる発言を繰り出し、成功した。初めてハリス氏をじっくり見た人に「やれるな」という印象を与えることはできたのではないか。

一方、「では何がしたいのか」というメッセージはやや抽象的だった。米CNNテレビの討論会後の視聴者への調査でも、経済政策の評価はトランプ氏が圧倒的に高かった。

投票先をどちらにするか迷っている人の多くが、「よし、ハリス氏」となるほど出来が良かったとは思わない。

 

芦塚記者 ハリス氏は「Weak(弱い)」「World leaders are laughing(世界の指導者の笑い物だ)」、トランプ氏自身がよく使う「Disgrace(恥)」など、トランプ氏の最もかんに障る言葉を使って挑発しており、陣営がよく研究して戦略を練ったのだなと思った。

事前に民主党のストラテジストたちはトランプ氏を怒らせるようハリス氏に勧めていた。トランプ氏について「混乱している」と暗に高齢不安をあおるような発言もあった。

ただ、質問に答えず話をそらす場面も目立ち、政策に関心が高い有権者は不満を持ったかもしれない。

またトランプ氏の発言に対するあきれたような笑いや、芝居がかったようにも見えるしぐさには「高慢」と感じた人もいるのではないか。

 


ハリス氏がトランプ氏を挑発する場面も目立った=ロイター

 

大越支局長 準備を入念にしてきた様子がうかがえた。台本のない状況で主張すべきことを漏らさず訴えるという「攻め」だけでなく、相手が話している間の「守り」も計算されていた。

 

少し芝居がかった臭さはあったが、余裕の笑みを浮かべて相手を見つめ、その主張をしっかり聞く姿勢を見せた。意見の異なる相手に対する態度は、支持者ではない人々と向き合う際の候補者の姿勢を有権者に思い起こさせるので重要だ。

 

ただ、討論での優勢が選挙結果にそのまま反映されるわけではない。政策に関する立場を変えたことや経済政策についての説明は物足りず、投票先を決めかねている無党派層がどう受け止めたかを見極めるにはしばらく時間がかかる。

 

 

坂口記者 ハリス氏は時間をかけて準備した形跡がうかがえた。共和がハリス氏の弱点とみる不法移民対策に話題が移ると、トランプ氏が食いつきそうな発言を織り込んで論点をずらした。「トランプ集会では参加者が疲れと退屈さから早々に切り上げる」と言及した。

すると、トランプ氏は移民問題に触れる前に「まず集会について答える」と話し始めた。「人々は私の集会から離れない。政治史上最大の集会、信じられないような集会を開いている」などと猛反発し、本題から離れて持ち時間を消化した。ワナにはまったように映った。

 

 

トランプ氏は「慎重運転」

司会 トランプ氏はどうだったか。

 

芦塚記者 討論会後の「スピン・ルーム」にトランプ氏自身が現れ、数十分にわたって記者団の取材に応じたのは、「大勝利」との言葉とは裏腹に不出来を自覚していたからではないだろうか。

トランプ氏はクリントン元国務長官と対決した2016年の討論会でもスピン・ルームに登場したが、当時もクリントン氏に軍配を上げるメディアが多かった。

トランプ陣営は、司会者がトランプ氏の発言は訂正したのにハリス氏の発言には何も言わなかったことなどを挙げ、「3対1」の不公平な戦いだったと批判している。

共和党のルビオ上院議員が司会の質問の仕方について「トランプ氏への質問は『あなたはなぜひどいことをしたのか』、ハリス氏への質問は『トランプのひどい発言をどう思うか』だった」と批判していたが、記者も一部の質問に同様の印象を受けた。

ただ、トランプ氏自身がハリス氏の挑発に乗ってしまったのが一番の失敗だったのは間違いないと感じる。

 

坂口記者 トランプ氏は討論会で侮蔑的な表現の使用を避けた。発言中のハリス氏に目を向けず、硬い表情で司会者を見つめる時間が長く、感情をコントロールしようとしていたのではないか。

ハリス氏にあおられた場面ではこらえ切れなかった。トランプ氏が4億ドルを親から譲り受け、過去に「6回の破産をした」と指摘されると色をなして反論した。

選挙集会の途中で聴衆が会場を去ったと指摘されたときも同じだった。

自負する自らのビジネスでの成功と有権者の求心力を否定されると、地金が出た。

 

 


トランプ氏は穏健派を意識して慎重運転=AP

 

飛田記者 バイデン氏との討論会以上に投票先を迷っている穏健派・浮動層向けに仕込んできたなという印象を受けた。

明らかな噓を並べた回数もバイデン氏やヒラリー・クリントン氏との討論会よりも少なかったのではないか。

ハリス氏をみると個人攻撃をしたくなってしまうからか、ハリス氏を必死に見ないようにしていた。司会者に視線を向け続けた。

中盤からは鼻のあたりにたまった汗が際だった。自分をなんとかコントロールするのに必死だったのはテレビ画面からも明らかだった。

トランプ氏も言っていることに新しさがない。演説会場で退場者が目立つように、トランプ氏の言うことが想像できてしまい有権者に「飽き」が来ているのも確かだろう。投票日まで「飽き」との戦いになるのではないか。

大越支局長 トランプ氏の支持者だけが参加する集会などでの言動をずっと追ってきた立場からすると、ハリス氏の挑発に引っかかってぼろを出さないように思いのほか行儀良く振る舞っていた印象を受けた。普段のとりとめなく続く演説に慣れてしまった悪弊かもしれない。慎重運転だっただけに、トランプ氏が信奉する「強さ」を見せつけることができたとはいえないし、動揺してウソに逃げた印象を残した。

 

「10月のサプライズ」はあるか

司会 選挙戦は残り2カ月を切った。勝敗を分けるのはどこか。

坂口記者 時の政権に責任が跳ね返る直前の経済状況や国際情勢も大きな要因になり得る。討論を視聴した有権者を対象とした米CNNテレビの世論調査では経済・国境政策、米軍の最高司令官としての信頼度ではトランプ氏の方が支持されていた。

トランプ氏の返り咲きを望まないリベラル系の米主要メディアや民主党支持層の間でハリス氏の登場を歓迎する向きが多いものの、ハリス氏が大統領候補になってから2カ月もたっていない。

8年前から米国政治の真ん中にいるトランプ氏に比べると知名度の浸透は道半ばで、いかに有権者を引きつけられるかも重要な要素になる。

 

大越支局長 各州に振り分けられた538人の選挙人を争奪する米大統領選の仕組みは、人口の薄い各州に満遍なく支持者がいる共和党に有利で、東西沿岸部の大都市に支持者が集中する民主党にそもそも不利な仕組みだ。

ハリス氏が本当に勝とうと思えば、トランプ氏と支持率で競っている状況では心もとなく、大きく引き離す必要がある。

投票日まで50日余りしかないなかで、無党派層の背中を押すためにどんな手を打つのか、どんな政策を訴えるのかに注目している。最後は正攻法しかないだろう。

 


まだ投票先を決めていない有権者をどちらが説得できるかが焦点に=AP

 

芦塚記者 2016年の大統領選でも、討論会ではクリントン氏が勝ったとみる向きが多かったが、選挙ではトランプ氏が勝利した。当然ながら討論会が勝敗を決めるわけではない。

ハリス氏の集会の盛り上がりや、ポジティブな雰囲気には、08年の大統領選で取材したオバマ元大統領のキャンペーンを思い出す。

米国民の中にはその後のオバマ政権に失望した人もいる。大半の有権者にとって最も重要なのは、自分たちの生活だろう。インフレや治安など身近な政策で、まだ投票先を決めていない有権者を説得できるかがカギになると思う。

 

飛田記者 選挙分析の専門家によると、浮動層が大統領選に関心を持つのは10月からだという。アメリカンフットボールのプレーオフを「皆が見ているからみようか」というのと同じ行動心理で、選挙戦に浮動層が登場してくる。ハリス氏は「この人誰?」という新顔の課題、トランプ氏には「この人はもういい」という古顔としての飽きの問題がある。

浮動層は結局のところ、政策を吟味するというよりは自身の生活まわりの関心と印象論で決めるのだろう。どんなささいなことであっても、浮動層の印象に強く残る「オクトーバーサプライズ」に目をこらしたい。

 


討論会後にテイラー・スウィフトさんはハリス氏支持を表明した(2023年11月)=AP

 

司会 サプライズといえば、討論会直後にテイラー・スウィフトさんが大統領選でハリス氏に投票すると表明した。

 

大越支局長 いつ表明するかとみな注目していた動きで、ここまで態度表明を引っ張っているのだから、それこそ10月に表明してハリス氏に最後の勢いを付けるのかと考えていた。

ハリス陣営はスウィフトさんの動きを事前に知っていたわけではないとしていたけど、ハリス氏の名前を入れたスウィフトさんのファンに定着している「フレンドシップ・ブレスレッド」を間を置かずに陣営が発売したのをみても、大きな期待を寄せていたのは間違いない。

 

これまでトランプ支持者の間ではスウィフトさんがトランプ氏を支持しているかのようなフェイク画像が拡散したり、スウィフトさんの熱狂的ファン「スウィフティーズ」がトランプ氏を支持しているようにみえる偽の運動もあった。

人工知能(AI)を使って作ったといわれるが、スウィフトさん自身がハリス支持を表明したことで、こうした偽情報の拡散も封じられることになる。

 

 

 
 
 
米大統領選2024

2024年に実施されるアメリカ大統領選挙に向け、ハリス副大統領やトランプ氏などの候補者、各政党がどのような動きをしているかについてのニュースを一覧できます。データや分析に基づいて米国の政治、経済、社会などに走る分断の実相に迫りつつ、大統領選の行方を追いかけます。

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