NASA/ESAのハッブル宇宙望遠鏡がとらえたカラフルな惑星状星雲NGC 2440。惑星状星雲は、一生を終えようとしている恒星が外層部のガスを放出し、白色矮星となった中心核(中心の白い点)からの紫外線がガスを輝かせている天体だ。星から放出された物質は、その組成や密度や中心星からの距離によって異なる色で輝く。青はヘリウム、青緑は酸素、赤は窒素や水素の存在を示している。(Photograph by NASA, ESA, and K. Noll (STScI))
人類は何千年、いや何万年も前から夜空の星を観察してきた。漆黒の空にきらめく光のパターンは、人類の歴史を通じて、羅針盤やカレンダーの役割を果たし、神話を語り、詩人や芸術家にインスピレーションを与えてきた。
けれども人類と星々との関係は、1925年を境に劇的に変化した。聡明で洞察力に富む若き大学院生が、恒星の正体を解き明かし、恒星天体物理学の基礎を築いたのだ。
この天文学者の名はセシリア・ペインという。光り輝く恒星が、地球とは違って、主に水素とヘリウムという宇宙で最も軽くて単純な元素からできていることを初めて示した女性だ。
しかし、当時の主流派とは異なる仮説や発見の多くがそうであったように、ペインの論文も疑問視され、批判された。
天文学の専門家がすべて男性であった時代に、24歳の女性天文学者であるペインが常識を覆そうとしたという事実が、緊張をいっそう高めた。
天文学者セシリア・ペイン(後に結婚してセシリア・ペイン・ガポーシュキンとなった)は、1925年の博士論文で、恒星は主に水素とヘリウムからなり、重い元素はわずかしか存在しないという説を初めて提唱した。(Photograph by Science History Images/Alamy Stock Photo)
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分光学の誕生
19世紀初頭、科学者たちは太陽光をプリズムに通すと、波長ごとに異なる角度で屈折し、虹色の帯に分解されることを知った。
これをスペクトルという。虹色の帯には、なぜか特定の波長の光が欠けていることを示す暗い線が多数入っていた。
19世紀後半になると、望遠鏡のレンズと検出器の間にプリズムを置いて、恒星の光のスペクトルを分光写真として記録する手法が考案された。
プリズムによって分散した光が乳剤を塗布したガラス板に当たると、露光された部分の乳剤が化学反応を起こして黒くなるのだ。こうして、個々の星の光の特徴を示す暗い線のパターンを写真に記録できるようになった。
19世紀半ばには、さまざまな元素を加熱し、その高温のガスから放射される光のスペクトルを観察する実験から、それぞれの元素は特有のスペクトル線のパターンを生じることが知られていた。
そこで物理学者たちは、恒星のスペクトル線を見れば、恒星がどのような元素からできているのか推定できるはずだと考えるようになった。
科学者たちは、地球の地殻に含まれるいくつかの元素のスペクトル線が、恒星の一部のスペクトル線と一致することを発見し、太陽やその他の恒星は地球と同じ物質からできていると主張した。
セシリア・ペインの登場
セシリア・ペインは1900年5月10日に英国のウェンドーバーで生まれた。彼女の自伝によると、10代では科学と音楽を学んでいたというが、1919年に奨学金を得て英ケンブリッジ大学のニューナム・カレッジに入学した。
ペインは入学当初は植物学を学んでいたが、1年生のうちに物理学に転向した。そして、その年の暮れにトリニティー・カレッジで開かれていたアーサー・エディントンによる1919年の皆既日食の観測結果を発表する講演を聞き、天文学に魅了された。
渦巻銀河NGC 3982の合成画像。この銀河の腕に点在する星形成領域は水素が豊富だ。ペインの研究は、今日の恒星や銀河の進化理論の多くに影響を与えた。(Photograph by NASA, ESA, and the Hubble Heritage Team (STScI/AURA))
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1923年、彼女は米国に渡り、マサチューセッツ州ケンブリッジのハーバード大学天文台とラドクリフ・カレッジ(ハーバード大学と提携していた女子大学)で、大学院生として研究をはじめた。
「彼女は天文学で女性が成功できる唯一の場所にたどり着いたのです」と、同天文台の天文写真キュレーターであるトム・バーンズ氏は言う。
ペインがハーバードに来た当時、天文学者や学生は全員男性だったが、天文台では十数人の女性も働いていた。
彼女たちは計算を担当する実験助手で、「コンピューター」と呼ばれていた。ペインはここで、ハーバード大学に保管されていた大量の分光写真を研究することに決めた。
ハーバード大学には、恒星のスペクトルを記録した写真がほとんど手つかずのまま何十年分も保管されていた。これほど多くの写真を所蔵している機関はハーバード大学以外になかった。
コンピューターのアニー・ジャンプ・キャノンは、ここでスペクトルに基づいて恒星を分類する作業をしていた。ペインは彼女の研究をさらに進め、ニューナム・カレッジで学んだ原子の内部構造に関する知識と、物理学や化学の最新の理論を組み合わせて、恒星を理解しようと考えた。
恒星の物理学
研究者たちはこの頃すでに、恒星のスペクトルに暗い線のパターンが現れるしくみを特定していた。
それは、恒星の中心から出た光の中の特定の波長が、外層のガスに含まれる元素に吸収された痕跡だったのだ。
科学者たちは、恒星のスペクトルに現れる暗い線が、実験により特定された元素の吸収線と完璧に一致していることを確認した。
ただし、研究室での研究のほとんどは、電気的に中性な元素についてのものだった。対して恒星は、極端に高温で高圧のガスでできた巨大な球体だ。その極端な条件がさまざまな元素の光のパターンにどのような変化を引き起こすのか、まだ誰も解明できていなかった。
そこでペインは、当時の最先端の原子物理学と、インドの物理学者メグナード・サハの「素晴らしいアイデア」を組み合わせたと自伝に書いている。
サハはその少し前に、さまざまな温度や密度でのガスの挙動、特に、極端な環境における電子の運動を解明したところだった。
ペインは恒星の高い温度と圧力に基づいて、分光写真の星の光のスペクトル線の強度を計算した。「異なる線の強度の関係は常に一定です」と、米マサチューセッツ工科大学の天体物理学者であるアンナ・フレベル氏は言う。ペインはこの関係を利用して、恒星の内部の元素の存在量を計算することができた。
その結果、恒星の組成は水素とヘリウムという2つの最も軽い元素が圧倒的に多く、より重い元素は非常に少なかった。
彼女は、観測されたような線の形ができるしくみ、すなわち、恒星の内部の圧力や温度がどのようにして光のパターンに影響を及ぼすのかも解き明かした。
これらのパターンを理解することは「スペクトルを利用して恒星の大気のダイナミクスを理解する上で不可欠」であり、ペインは吸収線を元素の存在量や恒星の温度を知るためだけでなく、恒星の内部の物理過程を理解するためにも利用したと、米アイオワ州立大学の恒星天体物理学者であるスティーブン・カワラー氏は言う。
恒星にはすべてがある
ペインは1925年に論文を完成させ、ラドクリフ・カレッジから天文学博士号を取得した。
天文学者たちは当初は懐疑的だった。米プリンストン大学の著名な天文学者で、史上屈指の恒星天文学者であるヘンリー・ノリス・ラッセルは、最も手厳しい批判者の1人だった。
ペインは彼に遠慮して、「これらの元素(水素とヘリウム)について導き出された恒星大気中の膨大な存在量が現実でないのはほぼ確実である」と記している。
カワラー氏によると、彼女の論文の文章には全体に自信がにじみ出ているが、この部分だけ、歯切れが悪くなっているという。しかし、それからわずか4年後、ラッセル自身がペインの研究結果を裏付けた。
「彼女の研究は、恒星分光法で測定される現象を理解する出発点となりました」と、恒星の光を利用して最古の恒星を探索しているフレベル氏は語る。
ペインの発見は、その後の研究者たちが、恒星の一生を通じてその表面下で何が起こっているのか、恒星の中心部で生成したエネルギーが外層部をどのように移動するのか、そして、恒星が爆発的な死を遂げるのか、それとも徐々に衰えて最後には暗闇にのまれてしまうのかを解明するのに役立った。
「恒星にはすべてがあります。私たちが宇宙について知っていることはすべて、恒星から来ています」と、米ワイオミング大学の恒星天体物理学者であるメリディス・ジョイス氏は説明する。
恒星の組成に関するペインの博士論文は、今日でも恒星天体物理学者たちの書棚に欠かせないものとなっている。200ページを超える論文は、年月を経て黄ばんでいる。今日の科学者たちはこの論文を、天文学論文の傑作であり、さまざまな要素を見事にまとめ上げていると評価している。
ペインの博士論文は「細部にまで注意が行き届いています」とジョイス氏は言う。「正確で、実に勇敢な論文でした」
文=Liz Kruesi/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2025年1月23日公開)
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ナショナルジオグラフィックは1888年に創刊し、大自然の驚異や生き物の不思議、科学、世界各地の文化・歴史・遺跡まで1世紀以上ものあいだ、地球の素顔に迫ってきました。日本語版サイトから厳選した記事を掲載します。
日経記事2025.2.28より引用