雲跳【うんちょう】

あの雲を跳び越えたなら

きのうの神さま/西川 美和

2010-03-05 | 小説
 この人の文才には、ほとほと感心させられる。思わず「貴女、映画監督ですよね?」と言いたくなるくらい、巧い。
 確かに彼女は、最近の流行漫画やら売れてる小説やらをやたらと映画化してしまう輩とは違い、自らの原作で脚本、監督を行なうのを常としている方なので、その多岐にわたる才能の一端ではあると思うのだが、それにしても、本職顔負けの小説である。

 本書は映画『ディア・ドクター』に寄り添うアナザーストーリーを収めた短篇集である。ここですごいのが、映画の原作ではない、というところ。
 読む前に映画を観たのだけれども、如何せん傑作『ゆれる』が心を支配していたせいか、いまひとつ消化不良であった。ここはひとつ、映画の原作でも読んでその本質に迫るべきだ! と思い、本書を手に取ったのだが、どっこい原作ではなかった。それが寧ろ、とても好かった。無論、映画とはまったく関係がないわけではなく、その根幹にある僻地医療や医者のあり方などは真っ直ぐ映画と繋がっている。さらには、映画を観ていたからこそ解ったが、映画の登場人物のあの人やこの人の逸話が絶妙に記されている。
 そして何度も言うようだが、やはりその文才は比類ない。というか、彼女の映画を目の当たりにしているからこそだろうけど、文章で描かれている情景が鮮明に浮かぶ。しかもそのカットがまさに西川映画のカット割り。それは当たり前のことなんだろうけれども、なかなか自分の思い描いた情景を文章と映像で一致させるのは至難の技だと思う。そいうところに西川美和という人物の才能がありありと窺える。

 きっともう一度、映画『ディア・ドクター』を観直せば、より確実なものが得られるような気にさせられる。そんな珠玉の一冊。
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