ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

恥じらいと恥

2010-09-08 23:04:04 | Weblog
よく「場を読めない」と言われる。
今日は、初対面のおじさんから、
「君は場を読めないけど、すごくいい。そのままいけ!」と言われ、
帰り際に握手を求められた。

そもそも、今日の場においては、
一番、勇気を持って自分を開いた人に対し、
いかに真剣に向き合うか、しか、私は考えてなかった。
場を読む気なんて、まったくなかった。

だから、私として気になったところを、
私なりに全開で質問をするし、相手の話を聞きたいと思う。
でも、もしかして、日本ではふつう、
美辞麗句で相手を誉めるのが礼儀なのか。

なので、無防備なところに、
右からフックを受けたような格好になり、
「ああそうか、場を読んでないんだな」と自分を客観視した。
「なるほど、こういうところが、偉そうに見えるんだな」
とも思って、すごく動揺した。
ただ、相手を知りたいだけなんだけどなあ・・・。

総括として、
私は「恥じらい」はないけど、「恥」はある。
と、思ってみたりした。

そして、恥じらうけれども、自分の都合にばかりこだわって歩み寄らない人より、
本当の根っこの部分で「恥」があって向き合うほうが、いいじゃん!
と、酔った勢いで帰り道、心の中で自己弁護してみたりした。

まあ、大勢の前においては、
やるべきことと、やらざることを、いい大人なんだから考えろ、ということかな。

とはいえ、これは粗相のひとつだよな。きっと。

日本霊異記など

2010-09-08 00:03:15 | Weblog
朝、電車を乗り過ごすところだった。
『日本霊異記の世界 説話の森を歩く』(三浦佑之著、角川選書)

仏教説話集なんだけれども、これって仏教?と言いたくなる。
神話とともにあった大和の人々の生活に、大陸や朝鮮半島から、
仏教や儒教が伝えられた。
そして、社会制度もどんどん中国のものを取り入れ、
大きく日本が変化していった時代のお話は面白い。
もともとが口承だったから、話もいろいろと変形しているらしく、
すこし矛盾があっても、なんとなくゆるせてしまうあたりが、またいい。

霊異記がまとめられたころ、すでに神話の世界は遠く、
そして、豪族や僧侶などといった第一次産業に携わらない人が
社会の牽引役となっていた。
母系社会から父系社会へと徐々に移行し、
卑弥呼のような神とのつながりもまた、仏教や儒教に置き換えられていった。

それにしても、日本人は、
上に対して従順で真面目くさい民族かと思っていたけど、
なかなかどうして、上流階級をヤジるセンスもある。
そして、上をたてるための道化役もいる。
お笑い芸人というのは、本当に長い歴史をもった存在なのだろうと思った。

こういう本を読むと、
私の中にしみ込んでいるむかしの中国の影響を、ひしひしと感じる。
ここ何十年か、少し関係がおかしくなったけれど、
親兄弟を憎めないように、中国のことは、やはり嫌いになれないよ、
と思ったその日に、尖閣諸島の事件が起きるところが、また皮肉だ。

いずれにしても、対話が必要。しかも長い時間をかけた対話が。

昨晩、寝る前に『ダライ・ラマ こころを導く言葉365』を読み終わった。

寝る前に読むにはとてもいい本だと思う。
ひとつひとつのテーマがコンパクトにまとめられているから、
眠くなったらすぐに切り上げることができるし、どこを読んでもいい。
そして、心がすごく穏やかになる。

長い時間をかけて、少しずつ読み進めた。
そして、当分は枕元に置いておくだろう。読み返すために。