歌庭 -utaniwa-

“ハナウタのように:ささやかで、もっと身近な・気楽な庭を。” ~『野口造園』の、徒然日記。

一週間を終えて

2015年07月18日 | 徒然 -tzure-zure-
富良野のメロン、
宮古島のマンゴー、
天草の晩柑。
ありがたい、頂き物。



炎天、台風、大雨、
そして、
大いなる、絶望。失望。無力。
目まぐるしかった今週。




設計、打ち合わせ、
剪定手入れ、移植作業。
根回し、穴掘り。

ブログの更新、バレエのレッスン、お茶のお稽古。
ぎゅうぎゅう詰めの毎日。
でも、
全部が全部、やりたくてやっていること。自分の自由な意志で、選んだこと。

自由。自分が一番大事に想うもの。
自分が一番、失いたくないもの。



初めましての、ご新規さん。
いつも有難うの、ご贔屓さん。
注ぐ力と砕く心は、等しく同じ。等しく全力。
自分に出来ることを精一杯やって、喜びの声をもらえたら、とても嬉しい。それだけで十分。



来る冬に催される、お気に入りのアーティストのライブツアー、先行予約でチケットが取れた。
ずいぶん先の話に思えど。来るその日までは、頑張って、健康と安全に気をつけて、何としても、生きのびねば。と、奮い立つ。



なるべく毎晩、料理する。こつこつ。
なるべく安全なものを自分でじっくり選び、
バランスを考えつつも、その日その時食べたいものを作って、
しっかり食べる。




なんて、偉そうなことは全然言えない。いつもじゃないし、大概必死で、手抜きしたくて、適当で、ざっくり一品ブッコミ料理ばかり。

でも、それでも良い。義務じゃない。
なにもかも、自分の自由。

後でツケが回ってくるだけ。



日付が変わる前に、シャワーして、
開け放った窓からの風にほっとして、
好きな音楽を聴きながら、カフェインフリーのコーヒーを淹れて、ふうっと、深く、落ち着く。ちょっと前まで飲めなかったコーヒー。「ミルク」と称される白い合成油を入れないようにして、純粋な粉からちゃんと淹れた美味しいコーヒーを頂いてから、飲めるようになった。
(コンビニの異様に安いのや、缶コーヒーの類は飲まない。)



そして夜中の0時を回ったタイミングで、沖縄の海の波の音を集めたCDを流しながら、するりと眠りに落ちる。
そうしてあっけなく、1日が終わる。


そして朝、4時半頃に、自然に目覚める。6時までは、寝たまま、ダラダラする。チュンチュン、鳥の声を聴きながら。そういえば今週、とうとう、セミが鳴き出した。
そんな朝の、つかの間ののんびり。

唯一の休みの日曜には、イギリスを想って、紅茶を淹れる。




戦争になるとは、どういうことか。


上に書いてきたものたち、その「全て」が、奪われ、失われる。ということだ。

全てを成り立たせてくれている「自由」が、唐突に強奪されて、二度と戻らなくなる、ということだ。理不尽に。無残に。辛いばかり。ほんとにただ、辛いばかり。24時間、なんにも楽しくなくなる。


あえて自由を喪って、辛いばかりの不自由になる道など。
いったい誰が、いったいどうして、そんなことを望んだんだろうか?



金のため?

使い切れない金を貯めこんで、世界一周旅行に挑むでもなく、困っている誰かを助けるでもなく、
いったい何がしたいんだ?



敵なんか、作らなければ良いのだ。みんなが、味方になれば、良いのだ。シンプルだろ?

他人同士、分かり合えない部分が当然いくつもあろうが、
分かり合えるひとかけらを、ひとつでも見つけて、分かち合って、一緒になって大事にすれば良いのだ。
シンプルじゃないのか?




世界はいつもいつも、綺麗で居てくれている。

なのに、
わざわざ、暗澹たる、未来無き世界に仕立てようとするのは、いったいなぜなんだろうか。
自暴自棄?ヤケクソ?破滅衝動?
ほんとに、意味が分からない。






今日も世界は、美しいものに溢れている。
1日1日、刻々と姿を変えながら、
いつもと同じように。



一歩歩き出せば、全方位、あっちこっちにたくさん、散らばっている。

狭くて小さな、自分だけの暗い部屋に閉じこもっていては、見つけられない。

一歩、外に出れば良いのだ。

一歩だけでも。






嵐に呼ばれた雨のおかげで、窶れかけてきた花たちがまた、息を吹き返している。

その命も、残りわずかだとしても。




クチナシが、まだ、香ってくれている。


夜こそなお、芳醇に。


今しばし、
噛みしめて居たいと 想う。


静かな夜に、花唄を歌いながら、穏やかな公園を抜けて、
のんびりゆったり帰る
自由を。








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