早めに常盤平団地をでました。出掛けはいつもの通り「携帯持った?忘れ物無い?皆さんに宜しく・・」と送り出されます。
鳥良西新宿店で国民学校同窓会(出席予定男9人女4人合計13人)は令和元年5月19日正午から始まりました。
各自照り焼き鳥弁当1000円(税抜き)など6種類の献立から各自好きな一品を注文、男子側は取り敢えずビール中瓶3本で、飲めない二人(一人は下戸、一人は息子65歳が今朝救急車で病院へ運ばれて、84才が万一の運転招集に備えてアルコールが飲めない、と言う何とも言えない事情・・)のコップの水を交えて一年振りの再会を祝してカンパ~イです。
例年の通り、雑談から欠席者の消息、集団疎開の話、検査入院と温泉旅行で二泊三日のスケジュールを元気?の日々を過ごすM君の話やら・・
耳の遠い私も体全体を前傾させて一生懸命聞いて楽しい時間が過ぎていきます・・
飲める5人で3本の中瓶ビールでランチをつまみにお喋りして1時間も経った頃、遅れて来た二人も蕎麦セット等注文・・
鳥良の良い点は、宴会料理は勿論の事、こんな時間外れの注文にも気持ちよく応じてくれる事です。
会の最中にチョッと話題が途切れ掛かったので、私は令和の新聞特集の記事をS君に見せて・・
「戦時中の昔、万世一系の天皇の名前を明治大正今上迄全部覚えていたけど、神武から始まる名前の数が、今じゃ10桁位しか出て来ない・・情けないよ・・」・・とぼやいて見せたら・・
「俺、95代迄覚えているよ、ウン!」と平然と自信有り気に・・私もどこか期待していたのだが・・まさかの嬉しい反応に、即座に「エッ?出来るの?是非ここでやって欲しい・・頼むよS君」
それまで、話に夢中だったり、ランチを食べてる他の人達、女の人達も一瞬静かになって耳を傾けます。
隣に座っていたS君は語り始めます「95代は後醍醐天皇ですね・・」
それでは・・「神武綏靖安寧懿徳考昭考安孝霊孝元開花崇神垂仁景行成務仲哀応神仁徳履中反正允恭安康雄略清寧顕宗仁賢武烈継体安閑・・・・・花園後醍醐。」暗唱された歴代天皇の名前は途中淡々一気に淀み無く進んで、S君の宣言通り「後醍醐」で空読みはピタリと止まりました。
然しS君は更に淡々として「後醍醐は95代ですか?・・」
私は記事を見直して「あ~96代ですね・」
「それでは95代は花園か・・そうですね・・昔は先生に覚えろと教わったのですよ・・」
成程私達戸塚第三国民学校の生徒は当時の流行で覚えて得意になっていたのですが、S君は転校して来たので、前の学校で習ったのですね・・そういえば草津の集団疎開の話には一人詰まらなそうに黙々と塩天丼を食べていましたっけ・・
私は、慌てて残っていたビールを注いであげながら「有難う・・良かったヨカッタ」と・・
そのS君ですが、会の終りに夫々支払いをするのに、飲み手5人で中瓶ビール3本は割り勘が出来なくて困っていたら、すかさず「一人1500円づつ払って余ったら幹事の通信費にすれば・・」と年寄りが年寄りにタイムリーな助言を戴いて・・「痛み入りますです・・」
かと思えばエレベーターで11階から移動した10回のガッテン寿司の2次ティータイムで皆が抹茶アイスや杏仁豆腐を注文したのに、S君一人ホットコーヒーを頼んだのだが・・
幹事のK君と二人で勘定が合わずT君と3人、お店の店員迄巻き込んで、延々テーブル上に小銭と格闘する事小一時間・・もう話題も尽きて私達こっちから眺めていたのだが・・ついに女性軍も痺れを切らして「ソロソロいい加減にしたら・・」と・・ヤレヤレ・・
やっとガッテン寿司の下駄箱に辿り着いた男女84歳8人は・・
「来年迄元気でいられたら、又お会いしましょう」で・・と未だ陽の高い休日、西新宿の雑踏の中へ紛れ込んでいきました。
本当に今日は笑顔イッパイに若返った84歳のお疲れさまでした。
カメラを出すと皺くちゃの84歳の級友達も撮らなきゃならないので、今回は照り焼き鳥弁当の写真は有りませんが、美味しかったし、ビールも効いて帰りはほろ酔いの山手線でした。
ゴチソウサマ