フリージア工房 国道723号店

ハロプロメンバーを応援してアイドル音楽を愛するエッセイブログ

アジアカップ2011をTV観戦して思った事

2011-02-01 21:52:41 | サッカー
 アジアカップ、日本が見事優勝しました。今回はかなりスリリングな試合が多く、評判が評判を呼んで勝ち上がっていく毎に世間の注目度が増していったような気がします。
 普段はそれほどサッカーを観ない人でも、こういう時は観る人が多い。いわゆるニワカというものですが、自分は別に良いと思っています。なんか盛り上がっているから観てみようとテレビを点けて日本代表の試合を観た人が、試合に感動してサッカーファンになるかもしれない。気になった選手がいて、その選手の事を調べていくうちに、その選手がJリーグの選手だとわかり試合を観に行き、そこでサッカー生観戦の魅力に目覚めるかもしれない。大事な事は観てもらう事。そのきっかけを作る事です。
 ハロプロの関係者には耳が痛い言葉ではないですか?

 今回のアジアカップが盛り上がったのはW杯の好結果がきっかけを作り、そして面白い試合を見せてくれた事。選手達が素晴らしいプレーを見せ、疲労にも負けず力を振り絞った。その真摯なプレーを観てきた視聴者は心を躍らされ、胸にプレーを刻んだ。結果は最高の結果になりましたが、仮に決勝で負けていても盛り上がりに水は差されなかったように思います。

 戦術的な事もそうですが、選手もようやく世代交代が上手く行き始めています。これでも四年前にオシムさんが監督に就任した当時は、もっと名前の知れたお馴染みの選手を使え!と世間の風当たりは強かった。スポンサーからも色々言われてきたという噂もあります。
 しかし、名より実を取り将来性でメンバーを構築したからこそ今に繋がっていった。当時は視聴率が下がったり、観客動員に影響を及ぼしたりしたけれど、描いた未来のために次世代を使い続けた。

 なんだか現在のハロプロに大きなヒントを与えてくれたような気もするアジアカップでした。それはともかく、日本代表の皆さん、お疲れ様でした。気が早いですがコンフェデレーションズカップ(各大陸王者が集まって、次期W杯開催国で行われる大会)が楽しみです。そして、マスコミの皆さんにはもっとJリーグを取り上げてもらいたいと書いておきます。ザッケローニ監督も、「国内リーグが発展しなくてはその国の代表チームは強くはならない」と言っております。
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2010全国のサッカーは今

2010-12-05 21:41:06 | サッカー
 発売されて間もないモーニング娘。のアルバムの話題か、℃-uteのシングルの話題を書こうかなと思ったけれど、まだエッグのプロレスの件で憤りが収まらないので、ハロプロの話題ではない事を書きます。かと言って、AKBやアイドリング!!!やももクロちゃんの話題をこのタイミングで書くのは激しく嫌味な感じに思えたので(苦笑)、今日はサッカーの話です。サッカーと地域というテーマで。

 この週末で日本の各リーグ戦は一段落しました。各カテゴリー別に結果と感じた事を書いていきます。

J1
名古屋グランパス優勝、2位ガンバ大阪と3位セレッソ大阪がACL(アジアチャンピオンズリーグ)に出場。16位FC東京、17位京都サンガ、18位湘南ベルマーレがJ2降格。

 名古屋の優勝に関しては、補強をしたところが普通に強くなって良かったねという感想です。大都市圏のチームは資金があって当然で、その資金で補強をするのを当然。リーグが厚みを増していくにはみんながみんな「身の丈経営」で手堅くやってもつまらない。ガンバもそうだし浦和とかもそうですが、大都市チームは補強で強くなるやり方で良いと思います。逆に地方チームは良い指導者の元で育成に力を入れて強くなるのが良い。今年ACLに出場したサンフレッチェ広島が好例です。広島のサッカーは今Jリーグで一番面白い。監督のカリスマ性と戦略の上手さがポイントでしょうか。
 逆にFC東京はその辺りが今ひとつだった。首都のチームなんだから、もう少し華のある補強をするべきではないかと私はずっと思っています。京都は長年場当たり補強を続けるフロントが問題でしたが、来季からは元千葉の祖母井(うばがい)さんがゼネラルマネージャーに就任するので楽しみです。オシムさんを日本に連れてきた人だけに、どんなコネクションを発揮してくれるか注目。

名古屋グランパス応援風景
http://www.youtube.com/watch?v=6_I3rm3BDvM

 J2
 優勝は柏レイソル、2位ヴァンフォーレ甲府、3位アビスパ福岡。以上3チームは来季からはJ1。

 柏はまあ順当でした。甲府は攻撃の選手の補強に力を入れた事が当たりました。サガン鳥栖から移籍して活躍したFWのハーフナーマイク選手は近い将来、日本代表のユニフォームを着ている可能性が高い選手。
 甲府は娘。コンで訪れた事がある人はご存知だと思いますが、そんなに大きい街ではありません。でも、街全体でチームを盛り上げているのを感じます。J2でも平均一万人を超える観客数。スタジアムのピッチにたくさん広告看板が並ぶほど数多い地元のスポンサー。地方クラブの成功例の一つと言えるのが甲府だと思います。
 福岡の久しぶりのJ1復帰も、今年は九州にJ1チームがなかっただけに良かったなと思える出来事。安定した強さを身につけるためにも、ここから地道に戦力を揃えていってほしいものです。
 J1昇格出来なかったチーム達の顔触れを見ると、今年は躍進を遂げたチームがいくつかあります。ロアッソ熊本、徳島ヴォルティス、栃木SCといったそれまで下位にいたチームにも昇格という目標が現実的になってきたのは、各チームのサポーターには嬉しい流れだと思います。個人的には、JFL時代から応援している徳島が四国初のJ1昇格を決めてほしいと期待しております。

ヴァンフォーレ甲府応援風景
http://www.youtube.com/watch?v=ofy_lHUL2TI

 JFL (プロとアマチュアによるリーグ)
 優勝したガイナーレ鳥取がJ2昇格。最下位の流通経済大学FCは地域リーグ(このチームの場合は関東リーグ)に降格。

 毎年最終戦であと一歩J2に手が届かずな結果に終わっていた鳥取が遂にJ2昇格。私はずっと鳥取を応援してきたのでこの結果は嬉しかったです。
 全国に地域に密着した総合スポーツクラブとしてのプロサッカーチームを作るというコンセプトのJリーグ。その道のりの中で困難が立ちはだかると思われた地域の一つが山陰地方でした。人口の少ない地域である山陰。交通の便も良いとは言えず、大企業も少ない。鳥取県は日本で一番人口の少ない県。そこにプロスポーツチームが出来た。そして、Jリーグに昇格する。これは他の都市部のチームの昇格とは違った重みがあると思います。
 人口が少ない所でもチームを育てる事は出来る。それを証明した今回の鳥取のJ2昇格でした。そんなガイナーレ鳥取のユニフォームは名物梨の黄緑。マスコットは鳥取県境港市出身の水木しげる先生のゲゲゲの鬼太郎の登場人物たち。先生は使用料無しで、チームが鬼太郎たちをマスコットとして使用する事を許可しているそうです。

ガイナーレ鳥取優勝試合
http://www.youtube.com/watch?v=4J_4fCncpmM

 地域リーグ (全国に9つの地域リーグがある)
 本日行われた全国地域リーグ決勝大会決勝リーグ最終日の結果をもって、四国リーグのカマタマーレ讃岐、北信越リーグのAC長野パルセイロがJFL昇格を決定。決勝大会3位になった三洋電機洲本(関西リーグ)がJFL17位のアルテ高崎(群馬県)とホーム&アウェイの入れ替え戦を行なう。勝った方がJFLとなる。

 香川県からJリーグを目指すカマタマーレ讃岐。マークにはうどん。ユニフォームの胸スポンサーは「讃岐うどん」と、うどん尽くしなチームです。しかし、単なるネタチームには終わらず、遂にJFL昇格。観戦は無料が当たり前な地域リーグでありながら有料チケットを販売する有料試合を行い、平均千人を超す観衆を集めているそうなので今後の地元の盛り上がりも期待出来そうです。
 長野はスタジアム設備がJリーグの試合を開催する基準に達していないなど解決すべき点はありますが、早速地元では号外が配られたという噂も聞きますので、徐々に盛り上がっていく事でしょう。今年、一足先にJFLに昇格した県内の松本山雅(やまが)FCとは地域リーグ時代からライバル関係。長野市と松本市は歴史的因縁も色々あり、両者の対決は非常に盛り上がりそうです。
 私が今春に松本城に出かけた時、駅から城までの道や市内のメインストリートの歩道に「がんばれ松本山雅FC」というペナントがたくさん掲げられていました。そのような地元の盛り上がりもあって松本は今年、限JFLで初となる平均観客数五千人以上を達成。長野も負けじと良い意味で張り合ってほしいものです。
 松本の胸スポンサーがエプソンなのに対して、長野の背中のスポンサーが七味唐辛子の会社というのが個人的にはツボです。信州ダービーマッチ、観に行きたいと思っています。

AC長野パルセイロ 2010地域リーグ決勝大会応援PV


 2022年のW杯は日本ではなくカタールに決まりましたが、日本はまだまだスタジアムも外国に比べて貧弱。長年、屋外スポーツ施設と言えば、野球場とゴルフ場ばかりが立派な施設で建てられてきた歴史があります。日本のゴルフ場総面積は大阪府の面積に匹敵するという話も聞きました。
 これから全国各地に、スポーツを楽しみ、観る、そういう施設が増えていく事を祈りつつ、まだまだ少ないサッカー専用(或いはサッカーとラグビー兼用)のスタジアムがもっと増える事を願っています。そのためにも、各地のチームの奮闘と人気拡大も願っております。
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エンドレスな熱狂へ

2010-07-14 19:10:52 | サッカー
 2010W杯が終わりました。優勝はスペインでした。決勝はどちらが勝っても初優勝。移民が多く国に一体感がないと言われてきたフランスが1998年大会で初優勝して国が一つになって盛り上がったように、各民族間に独立意識の強いスペインがこの優勝で国中が盛り上がったのなら、とても意味のある優勝だったのではないかと思います。

 国中が盛り上がると言えば、日本も大会前は盛り上がりに欠け、どうなる事かと思いましたが、始まってみれば日本代表チームの奮闘に盛り上がりが増していきました。未明に行われたデンマーク戦は視聴率30%を超え、決勝トーナメント一回戦のパラグアイ戦は50%を超える視聴率。非常に多くの人がテレビで応援していた事になります、
 W杯の時だけ盛り上がって、普段はJリーグも海外サッカーも観ないニワカがウザイ。そんな意見も巷では聞かれますが、それは違うのです。そういうライトに楽しむ人がいないジャンルは栄えないのです。そして、そのように大勢の人が注目する事によって関係者のモチベーションは上がっていく。また、ライト故にシンプルな見方をするから、問題点の本質にも気づきやすい(知らない故にマスコミなどに流されやすくもなりますが)。

 今回の日本代表は理想主義から現実主義へシフトチェンジして臨みました。結果としてそれが功を奏した訳ですが、面白いのはライトな人達がそれをツマラナイとせず、結果に盛り上がった事。ライトな人ほど、サッカーは華麗なプレイがないと面白くないとなるのは仕方がないのだけれど、今回の日本代表みたいな、華麗さなど捨てて勝つためにシンプルな最善策を取るサッカーでも、結果が伴えば大衆はついてくる事が証明されました。
 それは、選手達が勝利に向かってひたすら走り、ボールを追いかける姿が観る者の心を掴んだからなのでしょう。それはまるで、普段は野球を観ない人達が高校野球は郷土のチームを応援して一喜一憂する姿にも似ています。高校野球は感情移入しやすいのも、選手達が「負ければ終了」な環境の中、勝利だけを求めて必死にプレイをするからです。

 今回、日本はそのひたむきなサッカーでベスト16になったのだから、次は更なるステップで充実を図ってほしく思います。それは例えるなら、(見せ方としての)高校野球からプロ野球へのステップアップとも言えるようなもの。
 そのためには、W杯を観たライトな人の何割かをサッカーファンにしていく事も大切。四年に一度のW杯の時だけサッカーファンになる人ばかりでは、この国のサッカーは強くならない。日頃からJリーグなども盛り上がるようになれば、選手達の意識も変化していきます。
 Jリーグは現在37チームあります。Jクラブがある都道府県は27。更にJリーグの下のリーグであるJFLに所属してJを目指しているクラブも入れると、都道府県の数は34(※)になります。
 それだけあれば、郷土のチームを応援出来る環境はだいぶ整っていると言えます。J2やJFLなんてレベル的に観ていられないんじゃないの?という意見もありそうですが、スポーツというのはレベルが低いからつまらないという訳ではありません。高校野球はプロ野球よりレベルが低くても多くの人々を熱狂させています。プロ野球も大リーグに比べたらレベルは落ちますが、同様な事が言えます。内容の良さとはレベルだけでは語れない。

 今回優勝したスペインも日常では、リーグ戦が非常に盛り上がっていて、その盛り上がりは我々も知るような有名クラブの試合だけでなく、地方の小さなクラブにまで熱狂はあります。W杯の勝敗に一喜一憂するのも非常にエキサイティングな気分になれますが、日頃の愛するクラブの勝敗も同様。サッカーには入れ替え制度があるから、下部リーグの小さなクラブにも上を目指せる夢があるからです。
 W杯で強さを発揮した国は勿論、そういう日常を過ごしてきている国々。惜しくも破れた国々の多くもそういう日常を過ごしている。
 W杯が終わっても、人々の一喜一憂は続いていきます。常に地球のどこかで熱狂は続くのです。

 (※) Jリーグのない県でJリーグを目指すJFLのクラブ。ブラウブリッツ秋田、松本山雅FC、ツエーゲン金沢、FC MI-Oびわこ草津、ガイナーレ鳥取、V・ファーレン長崎、FC琉球で7県。Jクラブと合わせて34都道府県。

 一ヶ月ほどに亘ってお送りしてきました、2010ワールドカップ南アフリカ大会を語る記事。今回で最終回です。お読みいただきありがとうございました。
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ドイツからの教え

2010-07-11 11:27:12 | サッカー

 ドイツという国は緻密で、精密な物を造るのが得意なイメージがあります。メルセデス・ベンツやBMWやフォルクス・ワーゲン(日本代表の長谷部キャプテンが所属するクラブ、VfLヴォルフスブルグのスポンサーでもある)やアウディやオペルなどの自動車。ライカやカール・ツァイスなどの光学産業(カメラ・レンズ)。精密な物を造るのが得意というのは、日本人と共通するイメージであるから、ドイツという国は日本にとっても親近感を持てる国でもある。
 だからという訳か、日本のサッカーを国際舞台にある程度通用するよう鍛えた外国人の元祖的存在であり、日本サッカーの父と言われている人物もドイツ人です。デットマール・クラマー氏がその人。
 クラマー氏は1964年の東京五輪に備えて日本サッカーの強化にあたるために招聘された人物。彼は日本を初歩的練習から鍛え上げて、東京五輪ベスト8、次のメキシコ五輪ではなんと胴メダルを獲得する快挙へと、日本を育て上げたのでした。
 そのクラマー氏が日本に残した提言があります。
 1. 国際試合の経験を数多く積むこと。
 2. 高校から日本代表チームまで、それぞれ2名のコーチを置くこと。
 3. コーチ制度を導入すること。
 4. リーグ戦を開催すること。
 5. 芝生のグラウンドを数多くつくること。
 いずれも現在は実現されています。3番については、サッカーは監督をするのにライセンスが必要で、そのライセンスは少年サッカーからJリーグまで各段階毎にランク付けされています。
 この提言を受けた後、1965年からサッカー日本リーグが始まりました。日本の社会人の全国リーグは当時どのスポーツにもなく、サッカーが初のアマチュア全国リーグでした。そして、芝生のグラウンド、これは現在totoの売上からの助成金で全国の学校の校庭の芝生化が行なわれています。

 クラマー氏はドイツに帰ったあと、バイエルン・ミュンヘン(ドイツで一番のリーグ優勝回数を誇る名門)で監督を務め、UEFAチャンピオンズカップ(現在のUEFAチャンピオンズリーグ。昔は各国の優勝クラブによる完全トーナメント大会だった)で優勝した際、「人生最高の瞬間ではないか?」と問いかけたインタビュアーにこう答えたそうです。
 「最高の瞬間は日本がメキシコ五輪で銅メダルを獲得したときです。私は、あれほど死力を尽くして戦った選手たちを見たことがない」

 クラマー氏の指導した日本代表がオリンピックで胴メダルを獲得してから25年後。日本にサッカーのプロリーグが誕生しました。Jリーグです。
 そのJリーグが模範として参考にしている外国のプロサッカーリーグはドイツのブンデスリーガ。「連邦リーグ」という意味のそのドイツのプロリーグは、リーグ加盟にあたっては経営状態や資金力も審査され、他の国のリーグのようにただ昇格するための順位を満たせば上のリーグに上がれる訳ではないシステムを採用しています。チームを強くするために多額の借金を抱えて経営を圧迫するような事がないよう、まずはクラブが存在していく事を第一とするリーグ哲学です。
 このようなリーグ運営も、ドイツ人の緻密さが現れているような気がして、それを導入したJリーグの日本人らしさと照らし合わせて、改めて親近感をおぼえるのです。

 日本にはずるく汚いプレイをしてまで勝ちを求めない気質がありますが、クラマー氏はこんな事も言っています。
 「サッカーは子どもを大人にし、大人を紳士にする」
 勝つためには綺麗事だけでは勝てないのがスポーツですが、私はドイツの合理的で緻密なサッカーが、過去のW杯でたくさんの輝かしい実績を残しているのを知る度に、勝利を掴むためのプロセスは色んな形があるのだと改めて思うのです。

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イングランドの歌声響く

2010-06-30 20:37:08 | サッカー
 日本対パラグアイ戦の話は別記事で書きます。

 イングランドが「あっさり」と敗退した。誤審は気の毒だったけれど、内容的には完敗と言ってよいものでした。ドイツは上手い。改めてそう実感した試合です。試合後、スティーブン・ジェラードの悔しさを滲ませた何とも言えない表情が何とも言えず、彼を応援していた私は、不完全燃焼気味に南アフリカを去っていくイングランド代表を画面越しに寂しい気持ちで見つめるのでした。

 グループリーグの試合で、NHKのアナウンサーによる「今日もスタジアムには、イングランドサポーターによるゴッド・セイブ・ザ・クイーンの大合唱が響き渡るのでしょうか?」とアナウンスを聞きました。試合前の国歌斉唱の時の話です。
 イングランドサポーターと言えば、スタンドにこだまする大きな歌声というイメージ。それはまさに「ロックの国」に相応しい力強さに満ち溢れています。

 1960年代のビートルズ、ローリングストーンズ。1970年代のディープ・パープルやレッド・ツェッペリンなどのハードロック。1980年代のパンクやニューウェーブ。ブリティッシュロックは世界をリードしてきました。英国のロックミュージシャンの多く、いやほとんどが、イングランドにひいきチームがあります。マンチェスター出身のオアシスのギャラガー兄弟みたく、好きが高じてマンチェスターシティの株主になったミュージシャンまでいます。マンチェスターシティは、アルゼンチン代表テベスやパラグアイ代表サンタ・クルスの所属するチームです。
 こんな話もあります。ビートルズのベスト盤、通称赤盤と青盤と言われている作品。赤盤は初期~中期、青盤は中期~後期の作品が収められているのですが、この赤と青という色はビートルズのメンバーの出身地であるリバプールの街のチーム、リバプールFC(赤)とエバートンFC(青)から来ているという話があるのです。
 私が以前にトヨタカップ(クラブの欧州王者と南米王者が対決する大会。日本の国立競技場で毎年開催されていた)を観に行った時、優勝したレアルマドリードの表彰式のバックに流れていたのは、クイーンの「ウイ・アー・ザ・チャンピオンズ」でした。ブリティッシュロックとサッカーはやはり似合います。

 そんなブリティッシュロックの国のサポーターが奏でる応援スタイルは、大音量で響く歌声。雨の多いイングランドは、二部や三部のリーグのチームのスタジアムにさえスタンドには屋根が架かっています。その屋根に歌声が響き渡ります。ギネスブックに「スポーツにおける世界一ボリュームの高い応援」としてリバプールFCのサポーターの声援が認定されているように、イングランドのサポーターは大声で歌う。ひたすら歌う。
 面白いのは、日本みたく誰かがリードをとって、それに合わせて歌う訳ではなく、スタンドの観客の誰かが歌い始めて、周りが「今その歌を歌うタイミングだよな」と同調すれば大合唱になり、「今その歌は違うだろ」となれば沈黙になる。そういうセッションが90分間行われているという事。
 ハロプロの観客が行なうコールにも通じるような、コールリーダーがいない自由空間がイングランドの応援スタイルなのです。

 ワールドカップにやってくるイングランドサポーターは、イングランドの旗である白地に赤い十字の「セント・ジョージ」の旗に、自分の応援するクラブの名前を入れてスタンドに掲げています。こんな事をしている国は珍しいので、画面に映るとついつい読んでしまいますが、有名なクラブ、たとえば「マンチェスターユナイテッド」や「アーセナル」や「チェルシー」や「リバプール」などは見かけず、聞いた事のないようなクラブ名が目立ちます。二部や三部のクラブかもしれません。
 彼らにとってW杯は、日頃のホームスタジアムの何倍もの大観衆と、比較にならないほどのテレビ視聴者の舞台。そこに「愛するクラブ」の名前を示す事により、「我々だってイングランドのサポーターである」というアイデンティティーを誇示する場所なのかもしれないと思うと同時に、サポーターにとってのワールドカップという夢の舞台は、マイナーミュージシャンがアリーナやスタジアムクラスのステージに立つようなものであるのかもしれないとも思うのでした。

 サポーターは12番目の選手であると同時に、オンリーワンなミュージシャンなのではないか?イングランドサポーターを見ているといつもそう思います。
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あの日のパラグアイ

2010-06-29 21:08:38 | サッカー
 W杯は決勝トーナメントに突入しました。今のところはだいたい順当な結果に落ち着いているような気がしますが、今日の試合は順当な結果にならない事を祈ります。

 パラグアイとはよく試合をしているイメージがあり、私も国立競技場で日本対パラグアイ戦を観戦した事があったりする訳ですが、その生で観た試合より記憶に鮮明な試合があります。

 世界の各大陸には、その大陸のサッカーのナンバーワンを決める大陸選手権があります。南米にも南米選手権コパ・アメリカという大会があります。コパとは英語でカップの意味です。
 このコパ・アメリカは南米の国だけではなく、ゲスト出場国という枠があり、1999年にパラグアイで開催されたコパ・アメリカには日本がゲストで招待されました。
 その年の4月にナイジェリアで行われたワールドユース(20歳以下の選手を集めた代表チーム同士の世界大会)で、フィリップ・トルシエ監督率いるU-20日本代表は準優勝という快挙を達成していました。
 その勢いのままにパラグアイに乗り込んだ日本代表。しかし、ホームであるパラグアイは大声援を受けながら、試合開始から猛攻をしかけ、日本はなす術なく0-4で大敗しました。岡田監督の下で1998W杯フランス大会に出場したベテラン選手達を中心とした守備陣は、パラグアイのスピードについていけず、トルシエ監督はこのパラグアイ戦を境に守備陣を、ワールドユース準優勝組を始めとした若手選手に切り替え始めたのでした。

 その時のパラグアイ代表には、当時まもなく18歳になろうかという若いフォワード、ロケ・サンタ・クルスがいました。サンタ・クルスの縦へのスピードはとんでもなく速いもので、日本で言えば高校三年生の年齢の選手に日本代表のベテランたちは振り回されました。
 パラグアイと言えば守備が堅いチームというイメージがあり、当時のスター選手もフォワードとかではなくゴールキーパーのホセ・ルイス・チラベルト。そんな守備のチームパラグアイが見せた圧倒的な攻撃力。日本で行われた親善試合では良い勝負をしていた相手が、ホームでは別人のような切れ味鋭いサッカーを見せる。これが世界というものなのかと、私はテレビの前で愕然としながら画面を見つめていました。

 パラグアイが守備に強いのは地図を見ると理解できます。周りを他国に囲まれているのです。つまり海がなく山の国であり、常に他の国の侵攻を意識せざるを得ない地理関係に置かれている事が、代々の国民のDNAに刻み込まれているからではないでしょうか。

 地続きで周りを他の国と接している国パラグアイ。国土の周りを海に囲まれている国日本。
 境遇の異なる国がW杯でぶつかるのも醍醐味。11年前に日本の守備陣を翻弄したサンタ・クルスと再会出来るのもW杯の醍醐味。ただし、結果まではトレースする必要はありません。
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カルチョスタイル

2010-06-26 16:59:19 | サッカー

 グループリーグは波乱がいくつも起こり、いくつかの意外な結果を見る事になりました。これもアフリカ大陸で行なわれている大会ならではの波乱でしょうか。
 なかでも驚いたのが、イタリアが一勝も出来ずに敗退した事です。

 日本で「サッカー」と呼ばれているスポーツは、世界的には「フットボール」と言われています。国によって綴りや発音が異なりますが、それがスタンダード。しかし、例外もあってイタリアだけが「カルチョ」と呼んでいます。
 カルチョとはイタリアのフィレンツェで古来行なわれていた蹴球の祭から来ているようです。昔からイタリアでは、ボールを大勢で蹴りあって、相手の町に設けられたゴールに蹴りこむ祭がありました。蹴りこんだ時点で勝敗の決着は付く流れ。つまり、ゴールを割られるという事は試合終了を意味する。イタリアが非常に守備を重視して、1-0で勝つ事が美しい勝ち方とされるのは、そのあたりに起源がありそうな気がします。
 「鍵を掛ける」という意味の「カテナチオ」を呼ばれるイタリアの守備の堅いサッカースタイルは、素早いプレスで相手からボールを奪い、前線に張る強い攻撃の選手に預ける。その攻撃の選手が「ファンタジスタ」であればあるほど、イタリアの勝利は近くなるのです。
 その勝利の公式に従えば、今回のイタリアはカテナチオが破綻し、ファンタジスタが不発に終わった大会という事になるのでしょう。
 馬に跨り、一人で剣を持って相手の陣地に突撃していくような勇士。イタリアは長らくそういうイメージの選手を排出してきました。パオロ・ロッシ、ロベルト・バッジオ、アッレサンドロ・デル・ピエロ、フランチェスコ・トッティ。
 日本対デンマークの試合における日本のプレイを、本来はイタリアがやらなくてはいけないような試合スタイルだと書いたイタリアのマスコミがあったようですが、きっちり守備をして、人数の少ない勇敢な攻撃陣が相手陣内に攻めていくという、デンマーク戦での日本のスタイルは、確かにカルチョ的であったかもしれません。
 そういえば、イタリアも日本も、古くから国内で国捕り合戦をしていた国でもあります。

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純南米的攻撃スタイル

2010-06-22 21:50:15 | サッカー
 戦術や選手起用に長けた監督が指揮を執ると、チームの力が倍になっていく。昨日のチリ対スイスはまさにそんな試合でした。
 前回大会から続く五試合連続無失点で、W杯の連続無失点時間記録を樹立したスイスの組織的な守備。それに挑むチリの監督は、北京五輪でアルゼンチンを金メダルに導いた理論派監督。

 そんなチリの攻撃サッカーを支えていた選手達は、ブラジルやアルゼンチンに比べて南米系な顔立ちの選手が多いようです。
 移民系民族にどんな人達が多いかでサッカースタイルは変わってきます。サッカーはボール一つで出来るスポーツ。だからこそ貧富の差など無関係に世界中で普及した訳ですが、ルールが簡単だというのも良かったのだと思います。そして、シンプルゆえにその国の性格というものが色濃く現れるのです。

 先住民系の人が多いチリは、背は高くはないものの、敏捷さを合わせ持ち、そこにヨーロッパでプレイする選手が各国のリーグで体感してきた組織サッカーがプラスされ、非常にスリリングな、先の動きの読みにくいサッカーをしてきます。
 険しい地形で狩猟をして暮らしてきた南米の人のバイタリティーがプレイにもDNAとして受け継がれ、相手の隙を突いて素早い動きで前に出るプレイは、まさに獲物を見つけ仕留めようとする時の動きにも似て、勇ましさを感じます。それは移民系の人が多い他の南米の国のプレイスタイルより、狩猟民族ならではの獰猛(どうもう)さを強く感じさせます。
 それは、ボールを使って楽しむような華麗な動きのブラジルサッカーや、テクニックとずる賢さをミックスしたアルゼンチンサッカーとも違う。これが本来の南米スタイルと言えるのかもしれません。チリスタイルは南米スタイルの原点。

 チリは初戦で48年ぶりの勝利を挙げました。その48年前とは、自国開催した時のものだそうです。その後、1998年フランス大会では、2引き分け1敗と一勝もしないまま決勝トーナメントに進出した実績もあるチリ。今回も何かやってくれそうな、そんな雰囲気が漂うのは、南米の逞しい雰囲気に満ち溢れた風貌が、ヨーロッパともアフリカとも違う、独特のオーラに包まれているからでしょうか?
 ブラジルよりも、アルゼンチンよりも南米らしさに包まれたチリの雰囲気と、力強く逞しい攻撃サッカー。決勝トーナメントが賭かる三戦目の相手は、ヨーロッパを代表する攻撃サッカーのチームであるスペインです。
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ユーゴスラビアから今へ

2010-06-20 10:39:04 | サッカー
 グループリーグは意外な結果が続いています。初戦快勝したドイツがスイスに負けたり、フランスやイングランドが苦戦していたり。
 そんな中、大会前は弱いと思われていた国の善戦も光ります。48年ぶりのW杯勝利を挙げたチリ。W杯初勝ち点を挙げたニュージーランド。ブラジル相手に大善戦した北朝鮮。そして、大会参加国で一番人口の少ない(約200万人)のスロベニアの健闘。

 スロベニアは、かつて存在したユーゴスラビア社会主義連邦共和国から独立した国です。ユーゴスラビアという国は、かつて「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字により構成される1つの国」と言われていました。「6つの共和国」とは、現在のスロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニア。これらの国の独立運動による内紛などのため、90年代には国際サッカー連盟(FIFA)や国際オリンピック連盟(IOC)から、国際大会への出場や対外試合の禁止の通達を受けた過去もあります。
 その旧ユーゴスラビアが最後に出場したW杯は、1990年イタリア大会。ユーゴスラビアはディエゴ・マラドーナのいる優勝候補アルゼンチンと準々決勝で対戦しました。ユーゴスラビアの監督は、元ジェフ千葉監督であり前日本代表監督であるイビチャ・オシム監督。

 試合は延長戦でも決着が着かず、PK戦の末アルゼンチンが勝利しました。オシム監督は千葉監督時代、ナビスコカップ決勝のPK戦で「心臓に悪い」とロッカールームに下がった事がありましたが、このW杯の時の事がトラウマになっているようです。

 当時のユーゴスラビアは、優勝の可能性もあると言われた強豪でした。東欧のブラジルと言われるセルビア人のテクニック。フィジカルに強いクロアチア人の守備。チームの攻撃の中心にいる司令塔ドラガン・ストイコビッチの華麗なプレイは観客を魅了したそうです。
 私はこの大会はリアルタイムで見ていないので、後から動画で選手のプレイを見ましたが、ストイコビッチのプレイは確実に当時の世界のトップレベルであったと思います。

 そんなユーゴスラビアが内紛と国際舞台への参加制限を経て、1998年に新ユーゴスラビアとしてW杯に出場しました。この大会にはユーゴスラビアから独立したクロアチアも初出場を決め、同じく初出場だった日本と試合をした事を憶えていらっしゃる方も多いかと思います。
 クロアチアのエースストライカーであるダボール・スーケルは、スペインの名門レアル・マドリードの選手であり、ズボニミール・ボバンはイタリアの名門ACミランの選手でした。
 対して、新ユーゴスラビアの背番号10の司令塔ストイコビッチは、ヨーロッパではなく日本の名古屋グランパスでプレイしていました。ヨーロッパの一流クラブでプレイ出来る素質を持ちながら、内紛や国際舞台への参加制限などに心身疲れた背番号10はヨーロッパを離れ、安らぎを求めてやってきた日本で新たなキャリアをスタートさせていたのです。
 元々は一つの国の代表であった選手達が、様々な事情を持って離散していく。政治とスポーツは別物と言われながらも、実際はスポーツは政治に振り回されるのです。

 W杯イタリア大会から20年という月日が経ちました。20年前のユーゴスラビアの監督は日本で名声を高め、日本のテレビ局のコメンテーターとしてW杯南アフリカ大会と関わっています。そのオシム氏は、ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナ出身。司令塔「ピクシー」(妖精という意味)ことストイコビッチは、選手生活を日本で終えて、今はその日本のクラブ名古屋グランパスの監督。クロアチアは今大会はヨーロッパ予選で敗退。代わりにという訳ではないけれど、スロベニアが出場して、その逞しいプレイっぷりで台風の目になりそうな存在。
 すべては、20年前のユーゴスラビアの人達には想像出来なかった光景であるかもしれません。
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カタルーニャの象徴

2010-06-17 21:19:09 | サッカー
 スペインという国は、いくつもの国が一つの国を形成しているようなもので、そのため地域間対立やスペインという国に対する帰属意識が低いと言われます。
 バスク人が多く住むバスク地方の強豪サッカークラブであるアスレティック・ビルバオは基本的にはバスク人が入団出来ません。クラブはバスクの誇りである訳です。スペインのクラブでありながら名前に「アスレティック」などと英語が使われているのは、ビルバオが貿易港として栄えた町であり、船でやってきたイングランド人からサッカーが伝承された事にちなむそうです。

 カタルーニャ地方の代表都市であり、スペイン第2の都市であるバルセロナには、FCバルセロナという世界的に知られたサッカークラブがあります。FCバルセロナは胸にスポンサーは付かず、ソシオと呼ばれる後援組織からの会費、試合の入場料やグッズ売上、そしてテレビ放映料で運営されています。
 スペイン最大のスタジアム「カンプノウ」を常に満員にする人気クラブFCバルセロナの宿敵は、首都マドリードをホームとするレアル・マドリード。レアルとは英語でロイヤル(王室)。つまり、王室が認定したクラブである訳です。
 我々はスペイン人ではなくカタルーニャ人であるという想いを抱いているバルセロナの人達にとって、レアル・マドリードは中央集権国家の象徴であり、カタルーニャのプライドをぶつけるべき相手なのです。
 そんなFCバルセロナ対レアル・マドリードの試合は「クラシコ」(伝統の一戦)と呼ばれ、スペイン代表の試合以上の注目を集めます。

 FCバルセロナのエンブレムに書かれてある黄色と赤の横縞模様はカタルーニャの「国旗」です。カタルーニャの人々が「我々」を代表して戦うチームはスペイン代表ではなく、FCバルセロナなのです。

 ワールドカップで毎回優勝候補に挙げられながら、いつも良い結果を得られないスペイン。代表チームには、レアル・マドリードの選手もいれば、FCバルセロナの選手もいる。果たして今回はどんな結果を手に入れるのでしょうか。
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