フリージア工房 国道723号店

ハロプロメンバーを応援してアイドル音楽を愛するエッセイブログ

道重さゆみリーダー時代のモーニング娘。の動画に浸る

2025-01-24 22:02:28 | ハロプロ(娘。)

 道重さゆみさんが活動終了の報告をしてから、道重さんがリーダーをしていた時代のモーニング娘。の動画をよく見ています。
 どういう感情なのか自分でも整理がつかないのですが、落ち着かない気持ちで過ごしています。ショックだという負の感情ではないし、これからの道重さんに幸あれ、今までありがとうという前向きな感情なのですが、どこか心に穴が開いたような、そんな気持ちです。
 そんな折、道重さんがブログを更新しました。

ありがとうございます
https://ameblo.jp/sayumimichishige-blog/entry-12883472386.html

 今回のブログは道重さんの素の言葉がたくさん並んでいる、心に響く内容でした。
 道重さん、いや、私も素で行こう。さゆは、昔からファンを大切にする人でした。アイドルが「ファンの皆さんが大好きです」と伝えるのは仕事上の義務ともいえる作法ですが、さゆの場合はその言葉や態度に芯が通っています。それは応援する側の願望ではなく、周囲にいるメンバーなどの人たちからも聞かれる話です。
 さゆがファンを大切に思うのは、「応援されることは当たり前ではない」と理解しているからだと思っています。2003年にモーニング娘。に加入したさゆは、グループの人気が緩やかに凋落していく様を体感してきました。
 コンサートを開けば大きな会場に空席が目立つようになり、やがて大きな会場では開催できなくなった。テレビに頻繁に出演していたのが出られなくなる。レギュラー番組が終了する。そういった悲しい事態に遭遇してきたメンバーでした。
 今でこそ神格化されている「プラチナ期」こと高橋愛ちゃんリーダー時代ですが、愛ちゃんがリーダー就任して最初のツアーはアリーナ公演がなくなったのです。会場から女性ファンの姿も減り、コアなハロヲタの集う場となりました。それをメンバーはステージ上から見ていて変化を意識したと思います。
 そこからメンバーはステージ上で一致団結して素晴らしい公演を展開していった。それがプラチナ期でした。さゆは当時あまり前に出てくるメンバーではありませんでした。いつも公演後半になると明らかに体力消耗している様子が窺えたものでしたが、さゆは大汗をかきながら必死にパフォーマンスしていました。私はその姿に胸を打たれたことを覚えています。
 そんなさゆがリーダーに就任したのは2012年5月ですが、さゆリーダー時代にモーニング娘。楽曲はEDM路線を展開し、それが新エース鞘師里保のダンスなどメンバーの個性とチームワークにマッチして、少しずつ人気回復していった。それが、さゆリーダー時代でした。
 この時期、日本武道館で開催されたコンサートに足を運んだ私は、周囲が女性ファンだらけとなった客席を見て感無量な思いでした。この頃、「モーニング娘。再ブレイク」という広告展開をしていき、グループに対する印象も非常に良くなって、また、EDM路線が「カッコいいアイドル」という印象を観る側に与えて新規ファンを増やせていったのだと思います。
 さゆは歌やダンスが得意な人ではないですが、このパフォーマンス重視路線において存在感を発揮してきました。そこがプラチナ期とは違う点です。それはリーダーとしての責任感からなのでしょう。これは裏で相当な努力を重ねた結果だと私は思っています。

 そんなさゆリーダー時代、改めて映像で見てみると、とても愛おしい世界です。愛に溢れています。
 私が特に好きな映像場面は、さゆにとって最後の娘。シングルとなった「TIKI BUN」の振付です。サビ(というかCメロというべきか)で、さゆを中心にメンバーが横に並んで肩を組む振付があります。それがとても好きです。この頃のモーニング娘。が表現されている振付だと思います。
 久しぶりに映像でその振付を見て、背筋がゾクゾクしました。とても尊いものを見させてもらっている気がします。さゆの仕事に取り組む姿を見てきた後輩メンバーが、その姿に感銘を受け、グループがひとつになっていった。それを象徴している振付だと思います。
モーニング娘。'14 『TIKI BUN』(Promotion Ver.)

 ダンスの良さでいうと、「Help me!!」も忘れがたい曲です。ちょうど小田さくらちゃんがブログで触れていました。1月23日で発売12年だそうです。この曲でデビューしたのでしたね。
小田さくらブログ
https://ameblo.jp/morningmusume-10ki/entry-12883611219.html?frm=theme
(この記事の前の記事は、さゆについて書かれた記事です)

 この曲のダンスのカッコよさは今見ても新鮮にときめきます。れいな鞘師2TOP時代も良かった。もう少し見て見たかったです。
モーニング娘。 『Help me!!』 (MV)

 今振り返ると、さゆリーダー時代、さゆの個性を活かして「かわいい」路線で行くのではなく、「かっこいい」路線で行ったのは結果的には成功だったと思います。新規ファンが増え、女性ファンが増え、それが今につながっている。
 私は当時、いろいろな事情であまり現場に行けなくなってしまったので、それが心残りですが、こうして映像で振り返りながら、追体験を楽しんでいきたいと思います。
 追体験といえば、YouTubeでこのような動画も見つけました。プラチナ期の客席の熱とさゆリーダー期のパフォーマンスの融合と言えそうなライブです。フジテレビのカメラが客席を映し過ぎなのが難ですが(苦笑)、いいライブなので未視聴な方はぜひ。
【伝説ライブ】モーニング娘。’14 めざましライブ

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道重さゆみさん

2025-01-21 22:26:31 | ハロプロ(娘。)

 1月19日、22年前にモーニング娘。六期メンバーが決定した日、道重さゆみさんが今夏での活動の終了、つまり芸能界引退を発表しました。


https://ameblo.jp/sayumimichishige-blog/entry-12883060651.html
 2023年に病気を公表して以来、心配な眼差しでさゆを追ってきました。インスタグラムの写真で少し痩せたように見えると勝手に心配し、いいねを押して励ましの気持ちを送信していました。
 体調と闘いながら、それでもファンの前に出たいとステージに立ってきたさゆの想い。思えば昔からファン想いの人でした。

 私のさゆに関する思い出で忘れられない日があります。それは初めて握手をした日です。
 このブログでも記事にしていますが、それはファンクラブイベントでした。プラチナ期の頃の話です。
 ライブが終わり、握手会となり、私はシャツの上に「さゆT」を着こみました。当時、娘。コンサートで着用していたもので、2006秋ツアーで買ったものでした。シンプルなデザインだったので、それを好んで愛用していたのです。
 当時の現場はまださゆTを着用している人は多数派ではありませんでした。ある日のコンサート会場のロビーで、さゆTを着ている私に向かって「うさちゃんピース」なんて囃し立ててきたヲタがいたくらい、現場では少なかったのです。
 握手会は全員が横一列になって行うものでした。最後尾に立っていたのがさゆでした。
 私は手前のメンバーと握手をしている時からなんとなく視線を感じていました。さゆの前に向かうと、さゆは両手を広げて満面の笑みで私を迎えてくれました。このままハグされるのでは? と思ってしまったほどのパワーを感じましたよ。
 私はさゆに「デビュー当時から応援しているのですが、握手をするのは今日が初めてです」と伝えました。さゆは驚いた顔で喜んでくれました。
 しかし、ハロプロの全体握手は高速握手会です。会話は一往復が限界。私は後ろに立つ係員に背中を押されました。斜めに向き合う体勢になりながら、さゆは両手で手を握ってくれたままです。私は「ずっと応援しています」と告げて、その場を名残り惜しく離れました。

 さゆは自分のファンを大切に思っている人です。それは長年人気メンバーであった訳ではなかったことに起因していると思います。応援してもらうことを当たり前だと思っていない。だからファンを大切にしたのです。
 ブログを始めたい。事務所の人に泣きながらそう直訴したという話もありました。ファンとの交流の場を持ちたかったのです。さゆは「アイドルの中のアイドル」でした。
 覚えていらっしゃる方も多いことでしょう。モーニング娘。の人気が伸び悩んでいた時代、さゆは「一カ月を一万円で暮らす」というバラエティ番組の企画に挑戦しました。食べるもの飲みたいものを我慢しながら生活していく、心身ともに相当な負担がかかる企画です。
 ふらふらになりながら。こんな過酷な企画に挑戦した理由をさゆは説明します。それは、モーニング娘。をアピールしたかったからだと。さゆはそう言い切ったのです。
 当時、さゆはバラエティ番組に出演し、毒舌キャラを売りにしていました。その口の悪さと自己愛の強さが災いして、嫌いな女性タレントランキングなどというひどい企画によく名前が載っていた頃です。
 私もそうだし、全国のさゆヲタは皆、「わかってねえな!」とメディアに向かって叫びたい気持ちでした。でも、こういった活動も、出演者名に「道重さゆみ(モーニング娘。)」と出ることで、当時、もう終わったアイドルだと世間に思われていたモーニング娘。の名をテレビを通じて届け、「モーニング娘。健在なり」をアピールするために、さゆは敢えて嫌われキャラを演じて目立つ存在になっていたのでした。
 自分のイメージを守りたい。アイドルなら、女性なら、当然に思うことを捨て、さゆは愛するモーニング娘。のために嫌われ役になったのです。
 そんな辛い役回りができたのも、「ファンの人はわかってくれている」とさゆが信じ続け、全国のさゆヲタも、モーニング娘。を応援する人々も、さゆの行動を支持したからでした。
 そんな道重さゆみさんは遂にモーニング娘。のリーダーに就任し、グループはV字回復を遂げます。大会場で公演ができるようになり、新しいファンが増えていきました。

 さゆは業界の方に人気があります。一緒に仕事をした人から絶賛の声も聞こえてきます。
 さゆは昔からそういう人でした。テレビ番組「二人コト」で料理を作るコーナーに出演したさゆに、料理の先生がさゆを絶賛するブログ記事を書いたことがありました。
 料理を作るにあたって爪を短くしてきた行動だったり、休憩時間に先生と談笑したさゆが、娘さんを亡くされている先生に「これからは私を娘だと思ってください」と無邪気に励ましてくれたことを先生は涙が出そうだったとブログで回想しておりました。
 仕事に対して真摯な姿勢で取り組む姿は、私も何度も目撃してきました。
 モーニング娘。の人気が落ちてきた頃、公演がホール主体となり、メンバーの姿を間近で観られる機会も増えたものでした。そんな頃、私はステージ上で汗だくになって髪型も崩れながら、それでも必死に踊るメンバーの姿にいつも胸を打たれていました。その人が道重さゆみさんでした。
 歌やダンスが苦手だというさゆが、必死に踊っている。その真剣な姿こそがアイドルであり、モーニング娘。だったと私は思います。

 そんな道重さゆみスピリッツともいうべき姿勢は、後輩メンバーにも受け継がれていきます。あの人気回復の時代を振り返ると、人気を得たいくつかの要因に思いあたります。そのひとつが、各メンバーのステージへの取り組みがまとまっていたことにあると思っています。一体感がありました。それこそが、さゆがリーダーとしてメンバーに示してきた姿が反映されたものだったのではないかと、今は思います。
 たまに、「道重さゆみは神格化され過ぎでは?」という声も聞こえてきます。さゆは才能に恵まれていた人ではないし、パーフェクトなアイドルではなかったかもしれません。だからこそ努力をし、そんな背中を後輩が見て心に刻み、モーニング娘。はまとまった。そして、新しい盛り上がりを作り上げた。
 さゆの引退ニュースに「モーニング娘。中興の祖」と評していたマスメディアがありました。まさにその通りだと思います。

 リーダー時代の道重さゆみさんは相当頑張ったのでしょう。だから卒業後、しばらくの休養が必要だった。
 今回もかなり頑張ってきて、結果、活動終了という選択をとらざるを得なかったのだと理解しています。その決断は安易なものではなく、熟考を重ねた結果に違いありません。
 だからこそ、夏までの活動は悔いのないようなものであってほしいし、応援する側もそうありたいものです。
 石田亜祐美さんがブログで此度の件に触れ、道重さんについてを「愛される人は愛する人」と評しました。さゆはファンやメンバーに愛されてきた人ですが、それはさゆがファンやメンバーに愛を届けてきたからなのでしょう。
 そんな彼女は22年(休養期間も含む)という長い間、ずっとアイドルであり続けました。なんと尊いことでしょう。こんな人はそうそういません。神格化は決して大袈裟な扱いでも過大評価でもなく、実績がそうさせていると、私は思います。

 長い間、アイドルであり続けるということがどれだけ大変なのかは、応援する側にはその全てを理解するのは難しいです。でも、ここまでアイドルとして頑張ってきた道重さゆみさんに、「ありがとう。お疲れ様。これからもずっと可愛い人でいてください」という言葉を贈りたい。それが今の気持ちです。
 さゆの決断に感謝の大きな拍手を贈るとともに、さゆのこれからが幸せに満ちている日々であることを願ってやみません。
 ありがとう道重さゆみさん。あなたは素晴らしいアイドルでした。素晴らしいモーニング娘。メンバーでした。引退しても、素晴らしい道重さゆみです。これからもずっと。

追伸
 今回の記事タイトルは引退報告を読んだ日に頭に浮かんだものでした。凝った言葉など不要。シンプルに付けたいと思って、このタイトルを考えました。
 偶然にも石田亜祐美さんのブログ記事タイトルと被ってしまいました。真似したみたいで申し訳なく、変えようかと考えましたが、やっぱりこのタイトルしかないと思い、私も石田さんと同じタイトルでブログ記事をアップさせていただきます。

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22年の時を超えて今 ~I WISH~

2022-03-20 17:32:20 | ハロプロ(娘。)

 モーニング娘。が24年という歴史の中で歩みを続けていることは、歌い継ぐことができるという権利を手中にしているという点に於いて、他のハロプログループ、いや他のアイドルグループと比べて大きなアドバンテージとなっている。
 歌い継ぐべき曲は何か? 何を歌い継いでほしいか? これまで70枚のシングル(インディーズ盤や配信限定は含まず)と16枚のアルバム(ベスト盤やサウンドトラックや企画盤は含まず)をリリースしてきたモーニング娘。は数多くの曲が歌われてきました。それだけの曲数があるだけに、モーニング娘。ヲタにとって大切な曲というのはそれぞれにあることでしょう。
 応援を始めた頃のあの曲。ライブで背筋がゾクゾクしたパフォーマンスの曲。初めて買ったCDの曲。応援していたメンバーの卒業曲。一番好きなジャケット写真の曲。
 一人ひとりに自分にとっての曲があるのではないでしょうか。ちなみに、自分の場合はこうなります。
 応援を始めた頃のあの曲→恋愛レボリューション21
 ライブで背筋がゾクゾクしたパフォーマンスの曲→リゾナントブルー(ゾクゾクした曲はたくさんあるけれど、この曲を初めてライブで観た時、新しい時代の到来を感じた)
 初めて買ったCDの曲→真夏の光線(初めて買ったのはベスト盤だったけれど、この曲をCDで聴いた時、テレビでの印象よりもとても良かった)
 応援していたメンバーの卒業曲→春ビューティフルエブリデイ(久しぶりの横浜アリーナ公演。会場に響いたあの歌声)
 一番好きなジャケット写真の曲→I WISH

 70枚もシングルがあって、しかも近年はトリプルA面やダブルA面の際はその数だけジャケットを作るし、仕様ごとにジャケットも用意する。一番好きなジャケットを選ぶのは悩みどころなのですが、昔も今も私は「I WISH」は特別です。
 人数が多いグループだとジャケットの制作は大変だと思います。集合写真にすれば一人の顔が小さくなり、顔写真を並べるデザインにするとそれぞれの顔の大きさにある程度は面積は取れるけれど、デザイン上の妙味は薄れる。そういった制約の中で、この「I WISH」は躍動感があり、写真にストーリー性も感じられる秀逸なデザインだと思います。
 力が入っているのはジャケット写真だけでなく、ミュージックビデオもちょっとしたストーリー仕立てになっていて、ミュージカルのようでもあります。

モーニング娘。 『I WISH』 (MV)

 改めて見返してみると、後藤真希さんのアイドルオーラが凄い。立っているだけで存在感がある。これがスーパーアイドルというものなのだと実感。
 そんな「I WISH」が、現役メンバーによって歌われ、配信シングルとなりました。
 この曲をエンディングテーマにしたドラマ「真夜中にハロー」の世界観とマッチする歌詞。いや、先にあったのは曲だ。この曲の歌詞が叩き台となってドラマの本筋が組まれていったのかもしれないけれど、とにかく合っている。この曲のテーマである「君は孤独ではない」というメッセージ性はドラマに限らず、ハロプロを応援している人たちの胸に刺さるものではないでしょうか。
 この曲が世に送り出されて22年。人々の孤独感、閉塞感というものは今も続くテーマであり、普遍性があり、アイドルファンなら共感できるものである。華やかなスポットライトを浴びているアイドルだって同じような悩みを持って生きているんだよという制作サイドの想いが伝わってくるようです。
 2022版もミュージックビデオが作られました。それを見てみると、メンバーが皆笑っている。笑顔のメンバーは太陽のようであり、アイドルは、応援する人々を照らす存在であるんだよという声が聞こえてきます。
 途中、過去のライブ映像が挿入されます。ステージに立つために苦しかったことや辛いこともあっただろうけれど、今はこうして笑顔で「人生って、すばらしい」と歌えている。そんな姿で視ている人に勇気と力を与えようというメッセージがそこにあるように感じられました。
 ハロプロ音楽のいい所のひとつが、恋愛ソングばかりではなくメッセージソングも少なくないという点。数あるハロプロメッセージソングの中でも、この「I WISH」は秀逸な楽曲のひとつであり、今なお色褪せない名曲ではないかと私は思っています。
 ひとつ残念だったのは、2022版のミュージックビデオもストーリー性を感じるものにしてほしかったという点。ステージを積み上げてきた歴史というストーリーは表現されていますが、もっとメンバー個人の表情を見てみたかった。2000版の頃と比べてメンバーの人数が多いだけに、尚更そう思った次第です。2000版のメンバーが表現したストーリーとは違う、2022版のメンバーならではなストーリー映像が見たかった。
 でも、私がそうやってモーニング娘。の歴史を顧みながら、2000と2022を重ね合せて色々思うのと同じように、今回の企画に思い入れを持って取り組んでいるメンバーをがいることを発見しました。そこに気持ちが優しくさせられました。それは誰か。
 譜久村リーダーです。
 フクちゃんの髪型がミュージックビデオの後藤真希さんに寄せている。エンディングのソロパートを歌うことで、イメージを重ね合わせてみようと取り組んだのか、偶然か。私はフクちゃんのモーニング娘。への並々ならぬ思い入れを思うに、そこにメッセージを込めたに違いないと感じたのでした。

モーニング娘。'22『I WISH』Promotion Edit

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鞘師里保と音楽

2015-12-30 23:25:37 | ハロプロ(娘。)

 今回書いた記事は実は八月に書いて、そのままお蔵入りしていたものですが、明日卒業する鞘師里保ちゃんへ贈る記事としてアップいたしました。



 夏になると見かけるテレビの映像のひとつに、戦争関連の映像がある。今年は戦後70年という節目の年だから、あちこちで戦争についての映像を見かける。

 先日、NHKの特番で「いのちのうた」という番組が放送された。広島と長崎にて、ベテランから若手までジャンルの様々な歌手の方々が平和を祈る歌を披露した。
 その番組にモーニング娘。が出演した。歌う曲は放送前に判明していて、民放の定番音楽番組ではないので宣伝のために歌うのではないゆえに、それは青春小僧やチキブンではなく「雨が降らない星では愛せないだろう?」だった。
 現在の娘。メンバーはこの曲が発表され当時に在籍していた人は居ない。そういう時空や歴史を超えて持ち歌を表現できるのがモーニング娘。の良いところだ。曲も番組の主旨に外れていないと思った。

 モーニング娘。は広島の原爆ドームの近くで歌を披露した。歌う彼女たちのうしろに水面がゆったりと揺らいでいる。広島市は川の多い街だ。昭和20年8月6日、大勢の人が川のそばにやってきて、そしてこの世を去った。
 今こうして繁栄を得た街で、静かに歌を歌うことが出来るというのは平和な世の中になったから。モーニング娘。も平和を噛み締めて歌っているように見える。そんなメンバーの姿が、白いドレスな事も相まって清楚で美しい。歌だって、自分が想像していたよりずっとずっと素晴らしい歌声だった。私は心で大きな拍手を送った。

 歌が終わり、真ん中に立っていた鞘師里保の瞳が潤んでいることに気づいた。鞘師は広島市ではないが広島県の出身。彼女なりに平和について、原爆について、思うところがあるのだろう。その表情を見ているだけでも、こちらの胸も締めつけられそうになるのに、続いて横を向いた鞘師の横顔があまりに優しいものであったので、私は息を飲んで画面を見つめた。
 少し首をかしげて夜空を見つめる鞘師の潤んだ瞳には何が映ったのだろう。平成の時代の平和な夜空の下で、モーニング娘。が祈りを捧げるように奏でた歌声は、しっかりと夜空に響いていた筈。鞘師の横顔を映す映像を見ながら、そう確信した。

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道重さゆみさんへ

2014-12-03 23:11:52 | ハロプロ(娘。)

 こんにちは。足の具合は良くなりましたでしょうか?卒業から一週間が経ちましたね。まだコンサートの興奮の余韻が残る日々ではないかと思います。
 急がしかった毎日から急に自由な時間に溢れた毎日になるって、気持ちの切り替えが難しい面もあるとは思いますが、12年も走ってきたのですから、今はゆっくりお休みください。もしかすると、今頃は故郷の山口にいるのかななんて思ってみたりします。

 12年と書きましたが、デビューした頃から現在まで、あっという間だったような気がしますが、その年月にはたくさんの思い出が詰まっていますよね。テレビでも、コンサートでも、たくさんの名場面や名言を残したさゆみちゃん。いつもステージでは必死に頑張っていましたね。そんな姿にパワーをたくさんもらってきました。
 グループの宣伝のためにと、テレビでは目立つために嫌われ役を演じ、結果的にはそのテレビで得た知名度がリーダーになってから生かされたのは間違いありません。
 リーダーになってからも、適度に前に出つつも、若い子たちがのびのび出来るような雰囲気を巧く作り出せているように見えました。今のモーニング娘。は、史上もっともメンバーのグループ愛が強いモーニング娘。になったと思いますよ。

 さゆみちゃんが心身を削りながら頑張って守ってきたモーニング娘。は、きっとこれからも素敵なグループであり続ける事でしょう。リーダーとして見せてきた物が、しっかりと継承されていくに違いありません。そうやって、グループもメンバーも素敵に輝いていくことでしょう。
 でも、歴代で一番可愛いメンバーは、やっぱりさゆみちゃんで間違いありません(笑)。ホントです。
 これからどんな活動をしていくのかはわかりませんが、今まで頑張ってきたのですから、これからは自分のために、自分の好きな道を歩いてほしいなと思っています。別にタレントでなくてもいいし、裏方的な仕事でもいいと思います。さゆみちゃんが毎日幸せに充実した日々を送れる場所が見つかるといいですね。
 芸能界に残るならもちろん、別な世界に行くのであっても、ずっと応援します。今までお疲れ様でした。これからもお幸せに。

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赤いフリージア

2014-11-25 22:39:36 | ハロプロ(娘。)



 2003年の初め、モーニング娘。6期オーディションの合宿の模様を伝える番組は、最終選考に残った三人の必死さに欠ける姿をお茶の間に伝えた。5期メンバーが優等生揃いであった事に対するアンチテーゼであるかのように振舞う三人は、テレビを視る者をいらつかせながら、あくまでマイペースに行動した。
 その三人の中で飛び抜けて歌が苦手な子がいた。ボイストレーニングを行なう菅井先生は少しキレ気味に、でもその子に真剣に向き合い、何とかして課題曲「赤いフリージア」を少しでも上手く歌えるようにと特訓した。そして、特訓の甲斐あって、合宿の終わりには最初の頃より声が出るようになっていた。割り箸をくわえさせて発声させる特訓は、モーニング娘。オーディションに於ける名場面のひとつである。

 「道重さゆみ」
 決して歌やダンスが上手い訳ではなかった。むしろ苦手にしていたといっても良いくらい。皮肉な事に、道重さゆみが加入してからモーニング娘。はどんどんステージスキルを売りにしていくグループになっていった。
 しかし、彼女はいつもステージで真剣だった。アイドルは歌やダンスが上手ければそれで全てが良いのではなく、歌やダンスをどう見せるのかが大切なんだ。それを体現していたのが道重さゆみinステージだった。大汗をかきながら踊る彼女のステージを観ていると、アイドルを応援するという気持ちを理屈抜きに理解できる。

 合宿で歌をダメ出しされ、スタートから全国にそんなマイナスイメージな映像を流されながら、涙を流し食らい付いていた姿は、やっぱり「モーニング娘。道重さゆみ」の原点で、驚く事に最後までその原点からぶれずにアイドルをやりきった。11年以上の長い間、メジャーアイドルとして、これほどまでにイメージに忠実であった人がアイドル史上で他に居ただろうか? ウマイでもなく、スゴイでもなく、11年以上の間、道重さゆみはステキを貫いてきた素晴らしいアイドル。原点である「赤いフリージア」から「見返り美人」まで、道重さゆみはずっと道重さゆみだった。その長い年月の頑張りに心からのリスペクトと、大きな拍手を。

 当日、現地に居ることが出来ない人にも届くよう、道重さゆみは素晴らしいステージをみんなと作る筈。モーニング娘。が大好きでファンからこの場所に辿り着いた彼女は、ちゃんとファンの気持ちがわかっている筈。

 お疲れ様でした。またいつかその素敵なお姿をまたどこかで。

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TIKI BUN

2014-10-27 23:18:20 | ハロプロ(娘。)

 道重さゆみ、モーニング娘。メンバーとして最後のミュージックステーション出演。尺が短いという意見もあるようでしたが、私は十分楽しめました。一時期の状態を思えば、ゴールデンタイムの音楽番組に出られるだけでも御の字なのかもしれませんから、それを思えば今の状況がとても尊い。しかも、さゆ娘。としてのラスト出演なのだから。でも、そういう感傷ムードに流されない内容だったのがまた良かった。
 EDM路線を方向づけた「One・Two・Three」と新曲「TIKI BUN」を絡めたメドレーという選曲にも意味を感じたし、何よりメンバーの表情がとても良かった。自信に溢れた表情でした。

 時々、プラチナ期の頃を思い出す事があります。思い出した時にふと思うのは、歌っている時はともかく、トークの時なと皆どこか心が縮こまっているような、そんな表情に見えたものです。そういう空気って観てる側に伝わる。ファンなら見守るような視線だから良いものの、ファンではない人達にしてみれば、そういう縮こまった態度を見て華がないなと感じるでしょうから、今のモーニング娘。のハートはとても良いと思っています。私はプラチナ期のステージをもう一度味わってみたいと考えるくらいの思い入れのある者ですが、テレビに於けるパフォーマンスは断然今の方が素晴らしいと思っています。

 来年からのモーニング娘。は誰がエースとかセンターとか関係なく、キャリアの長さも関係なく、みんなが自分の良さを素直にアピール出来るグループであってほしく思います。そんな願望が実際のものとなる手応えのあるミュージックステーション出演でした。これを、さゆラスト出演で出来ている事が素晴らしく思えるのです。

モーニング娘。'14 『TIKI BUN』(Promotion Ver.)


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涙が止まらない放課後

2014-10-21 23:32:18 | ハロプロ(娘。)

 モーニング娘。六期メンバーが入った頃って、とにかく人数過多だったような感じがありました。事務所もそう感じていたのか、六期加入年の秋にモーニング娘。を分割して地方のホールを回るツアーを企画します。さくら組、おとめ組です。

 このツアーの見所は、それまでの大規模アリーナツアーでは目立たなかったメンバーの良さを、ホール規模ゆえに発見出来たという事。そういえば、れいなが客席の盛り上がりを非常に意識しながら歌っている事がわかって、れいなヲタが増えた頃。彼女の良さはまさに「ショー」ではなく「ライブ」で気付けたのであります。
 そして私が気付けたのは、道重さゆみが上手くはないなりに一所懸命頑張っているという事。確かにステージは上手くこなすに越した事はないけれど、さゆは自分が出来る事を自分の持っている力で一所懸命演じていた。その姿に触れる事が出来たのが、おとめ組ツアーでした。

 加入二年目の秋、さゆは遂にシングルのセンターに抜擢された。それはいわゆる「ネタキャラ」扱いであったのかもしれない。歌が上手くないから選ばれたと言っては気の毒だけれど、そう思わされる抜擢だった。
 しかし、そこでも彼女は一所懸命役割をやりきった。その姿は「ネタキャラ」なんて失礼な事は言えなくなるくらいに、リアルな道重さゆみを表現していたように思います。

涙が止まらない放課後
http://www.youtube.com/watch?v=HEglzGi27YY

 そう!いつも道重さゆみは人間らしさに溢れた等身大なリアルな人でした。歌やダンスが苦手で、可愛い顔に大汗を浮かべて踊る姿は、人間が真剣にもがいている姿をリアルにステージから届けてくれ、観るものの心を打ったのです。

 新曲のポスターに代表されるように、卒業を間近に控えた道重さゆみが、その持っているパーソナリティ以上に神格化されている風潮に違和感と怖さを感じつつ、さゆは越えていく存在ではなく、背中を見つめる存在くらいで良いのだなんて、少し思ってみたりする。
 凄い!とか言ってもてはやすのは現在進行形な人でなくなってからで良いのにとも思ったりします。
 神格化するレベルでないとしても、「涙が止まらない放課後」の一所懸命なさゆが凛々しいように。

涙が止まらない放課後 by 道重さゆみ (2005 LIVE)


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レインボーピンクがさゆみを変えた!

2014-10-16 23:15:58 | ハロプロ(娘。)

 毎年、年末になると「ハロプロ楽曲大賞」という投票企画を開催している有志が、「道重さゆみ楽曲大賞」という道重さゆみ卒業企画を行なうという事を先日知りました。これは、さゆがモーニング娘。として活動をしてきた11年半の間に、さゆが活躍した曲、さゆを語る上ではずせない曲を選んでみようという企画です。(気になる方は企画の名前で検索してみてください)

 この企画を聞いて頭に浮かんだ曲はいくつかある。例えばソロで歌った曲なんかが筆頭で浮かぶけれど、やはり映像も込みで強いイメージを伴って浮かんできたのは「レインボーピンク」なんですよね。さゆ=ピンクというイメージの連想からも浮かんでくるものだけれど、やはり思い出も込みで浮かぶ曲だから印象が強い。

 2006年春に発表されたアルバム「レインボー7」に収録されているこのナンバー。このアルバムは色がテーマになっていて、タイトルに色に関する言葉が入った曲が多く、この「レインボーピンク」もそんな一曲。で、ピンクのイメージが似合うメンバー。つまり、アイドル力の強いメンバーという事で、さゆと小春がデュエットという形で、架空のユニット「レインボーピンク」を演じながら歌っている訳です。
 この曲がなぜ私の中で強い印象を持つに至ったのかと言えば、それはツアーにあります。アルバムを引っ提げて行われた「レインボー7ツアー」(タイトルがストレートですなあ)に於いて、この曲が披露されたのですが、もう客席は大盛り上がり。この頃はまだ娘。コンの客席はそれほど振りコピ文化はなかったのですが、ツアーも中盤に差し掛かった頃には、何回も公演を観て振り付けを覚えたヲタたちが、それはもう楽しそうに振りコピをしていたものです(自分もだ)。
 ツアー最終日だったか、私の前で観ていたヲタ二人組は、完璧に「重ピンク」役と「こはっピンク」役に分かれて完全振りコピを踊ってました。あそごまで楽しめたらチケット代の元は取れただろうなと思ったものです。

 という事で、会場を楽しく可愛く熱狂の渦に巻き込んでいったレインボーピンク。私はそれがとても嬉しかった。何故か?
 それまで、さゆはコンサートではさほど目立つ人ではなかった。ダンスは苦手なほうで、スタミナもあまりないさゆは、大抵コンサートの終盤になると大汗をかきながら必死に踊り、みんなについていこうとしていました。そんな「まわりについていくのに必死」というさゆが大いに目立つ曲をコンサートで生み出すなんて可能なのか?と心配していた時期。そんな心配を軽く吹き飛ばしたのがこの曲だったのです。
 さゆにとっては曲そのものが、世界観を表現しやすいものであったのも良かったのでしょう。さゆは毎回とても楽しそうに歌い踊っていた。レインボーピンクに成りきりながら。

 小春の教育係はさゆであったという因縁。そのさゆと小春の関係は当時傍目から見ていても微妙に思えましたが、そういう思いを超越したエナジーがそこからほとばしっていた。そんな名曲だと思います。さゆが初めてステージでさゆになれた曲。そんな言い方をしても良いと思います。

 願わくば、卒業コンサートで復活してほしいと思ったりもするのですが、難しいだろうなとも思っています。まあ、それでいいのかもしれませんが。

Rainbow Pink LIVE!


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亀井絵里さんの夢を見た日に思うこと

2014-10-02 21:24:03 | ハロプロ(娘。)

 今朝、夢に亀井絵里さんが出てきました。亀井さんは何かの取材を行っていて、私が一緒に同行して町を回るという夢でしたが、亀井さんはとても優しく、細かい事に気がつく人でした。
 一通りの取材が終わり、亀井さんと意気投合して、またの再会を約束して、後日テレビをつけたら亀井さんが歌を歌っているシーンが流れてきた。曲は「赤いスイートピー」だった。
 という夢でした。夢の中の笑顔が素敵な亀井さんは、「プラチナ」と呼ばれていた頃に過ごしていた時より、ナチュラルないい感じの美人さんでした。

 亀井さんは六期メンバーとして2003年にモーニング娘。に加入した。加入当初は新メンバーは要らないという意見を持つファンも少なくなく、六期メンバーは大歓迎の中でアイドルとしてのスタートを切った訳ではなかったけれど、活動を重ねていくにつれ、六期それぞれの個性が浸透していくにつれ、少しずつファンが増えていき、気付けば「六期は娘。史上最高の当たり新人」なんていう意見も出るようになったのでした。確かに、六期の三人がもし加入していなかったら、おそらくプラチナ期でモーニング娘。は終了していたかもしれない。なんて事は思います。そのくらい大事なポジションで活躍してきた。
 そのプラチナ期に於いて、亀井絵里はとても重要な存在でした。ステージトークではボケ役に徹して、メンバーから、観客からも、ひたすら笑われる役割に徹した。同期のれいなは愛ちゃんと並ぶグループの顔と呼べる存在。笑われ役はさせられない。もう一人の同期であるさゆは可愛い系だから、笑いにもっていくにしても方向性が違う。亀井絵里さんだってアイドル性は高いのに、彼女は二枚目的な立回りはとらなかった。
 そんな亀井絵里さんだけれど、曲が始まるとひたむきにダンスをキメ、ファニーなボーカルで歌に味を添える。亀井絵里さんは一度もセンターにはなれなかった(ポジション的に良かった曲ならあるけれど)。その人気を考えると、これはモーニング娘。七不思議のひとつと言っても良いかもしれない。

晴れ 雨 のち スキ ?(亀井絵里ソロver.)


 でも、未だに語り草になっているプラチナ期のステージを構築していく上で、亀井絵里的ポジションを全うする人が居るという事はかなり意味のある事であったと私は思います。
 誰だって真ん中で目立ちたい。でも、それが叶うメンバーは限られている。しかし、ちゃんとファンは見ている。そういう大切な存在に心からエールを送っている人が少なからず存在している。それがとても尊いのです。
 横浜アリーナのステージに立ち、旅立ちの挨拶をする亀井絵里さんに向けられた大歓声を私は忘れません。彼女の歩んできた道は間違いではなかったからこその、それはとても大きな歓声でありました。

 新しくこの場所にやってきた四人の花が、それぞれの魅力で、それぞれの色で輝く事を期待しています。

コメント (4)
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