℃-uteの新曲が7種類の仕様があるというだけでも驚いたけれど、低速握手会にチェキ撮影会ですか。
アイドルが接触系イベントをやる事自体は否定はしません。それもファンサービスの一つの形。ただ、それがエスカレートしていくと接触ありきのアイドルになってしまう。それが本業なアイドルならそれでもいいし、ファンとの近さを売りにしているようなアイドルならわかります。でも、ハロプロってそういうアイドルとしてやってきた訳ではない。
ヲタが買わなければ次回はないという意見はありましょうが、ヲタというものは推しメンと触れあえる機会があれば、出来る限りは参加をしたくなるのが性。支持する人はそれなりにいる事でしょう。
しかし、この手のイベントは何が良くないって参加出来ない人のテンションを下げる事。関東住みではないとか、金銭的に無理とか理由は色々あれど、やはり参加出来なければ疎外感を感じ、やがてそのアイドルに興味を失っていく。
そして、更に良くないのがメンバーへの負担。
アイドルっていつからヲタと接触する事が必須事項になってしまったのだろう?このままだと、やがてアイドルになりたいと思う女の子は少なくなり、現役アイドルも消費の先に消耗が待っている状況になっていく。
CD売上は大切かもしれないけれど、そろそろ利益の上げ方について新しいモデルケースを作っていく時期なのではないでしょうか。
ハロプロTIMEで矢島舞美ちゃんの自転車冒険旅の企画が始まりました。ロードバイクとスポーツ系美少女矢島舞美、なんとジャストフィットな企画。舞美はなんと東京から静岡まで走るのだとか。新曲ヒット祈願なのだけれど、どんなハプニングがあるのかなどと目が離せない企画であります(未放映部分も加えてDVD化希望)。
その企画での明るい舞美の笑顔とは対照的に、舞台の裏側密着企画を何回かに分けてオンエアしてきたマイマイの表情は少し浮かないものが多かった印象を受けました。
最近はすっかり自虐キャラが浸透してしまったマイマイですが、通し稽古で失敗して呟いた「私は主役だけれど主役のつもりではやっていない」という言葉。
マイマイの自虐キャラというのは設定的なものだけではなく、本人の心の奥底にある本心も多少は含まれているように思えてなりません。それは長年後列メンバーとして多感な頃を過ごしてきた事によるものか、或いはプライド故にか。
自分がエースではない事。エースにはなれない事。その現実と自分の力を直視するのが辛いから、先に自分で自分を下に位置づけてしまう。それは強いプライドがあるからこそ。
マイマイは決して自信がない訳ではない。今回の放送を自宅で見返したとしたら、きっと舞美の笑顔を見て何かを感じたかもしれないのでは?大変な企画に笑顔で臨む矢島舞美リーダーの姿に。
ユニバーサルというレコード会社は、その強引にも感じる売り方のイメージで身構えてしまうけれど、今はこれだけは言える。「吉川友がユニバーサルでよかった」…かな。
少し前に発売された吉川友ファーストアルバム、イベントを色々やってそれなりな(?)売上にまで引っ張ったけれど、多くの吉川友ヲタが複数買いをしてそうだから、実際に手に取り聴いている人の数は案外少ないものだろう。それはとても残念であります。
伸びやかなボーカル、くせのない曲、爽やかなアレンジ、聴き手を選ばないアルバムではないかと思う訳だけれど、ハロヲタはそんな普通な良さはアイドルに求めていないようで、ハロヲタ内でさえあまり話題になっていないのは残念。
脂っこいラーメンも美味しいかもしれないけれど、あっさりした味にブレの少ない確かさがある中華そばもたまにはいかがでしょうか?
http://www.youtube.com/watch?v=1mO1Ipbyzpg
先にアップアップガールズ(仮)の出演が発表されていた「アイドル横丁祭!!生バンドSP」にスペシャルアクトとして℃-uteが出演する事が発表されました。
http://www.helloproject.com/event/1203191000_event_cute.html
℃-uteは今年、他のアイドルとの合同イベント的なステージにも参加していきたいという事は関係者から既に語られていましたが、早速来たなという感じであります。
今℃-uteはテレビの音楽番組でも歌う機会をなかなか得られず、そういう状況下にありながらシングル売上は横ばいと言える程度の推移を見せ、厳しい現状でありながら頑張っています。そんな℃-uteをこれまでのハロプロの標準的な活動フォーマットとは異なる方向に振っていく事は大歓迎。メンバーも新たな刺激でモチベーションも高まると思うのです。
そもそもハロプロは一年の活動サイクルがあまりにパターン化されていて、それは現場系ヲタにとってはスケジュールの予想が立てやすいので予定を組みやすいという事にもつながるメリットはあるものの、正直言ってマンネリ感も漂っているのも事実。あまりパターン化された活動が染みつくと応援する側までもが保守的な思考に陥り、新しい試みに対して拒絶反応を示すようになりがちなものです。
℃-uteが今やるべき事は、ハロプロの最前線に位置していない事を逆手にとって、ハロプロのパターン破りを実践していく事ではないかと、私も強くそれを望んでいます。なので、今度のシングルのMVでハロプロでは珍しい男性との共演を行なった事も拍手を送りたいし、今回のイベント参加にも拍手を送りたい。
アップアップガールズ(仮)が出演するようなイベントに出るなんて℃-uteも落ちぶれたなと本気で思っている人はいないと思いますが、他の出演アイドルを見ても「ノリ」の良さそうな顔触れ。「ハロプロの凄さを見せてやる」的な上から目線ではなく、℃-uteが良い意味で他のアイドルと同化して、今回のイベントを一緒に素晴らしいものにしてほしいと思っています。勿論、℃-uteはそれが可能なグループであります。
いつもとちょっと雰囲気の違う客席に少しだけ戸惑いながらも、瞳を輝かせて歌い踊るメンバーの姿が浮かんできます。
ももクロの新曲が発売されて、その売上が明らかになった訳だけれど、その数字を元に「人気がない」だとか言う事は簡単だし安直だ。もはや彼女達はハロプロ勢を追い越してアイドル界ナンバー2のポジションを掴んだ。それはもう事実なのだ。二番手というのはAKBに次いでという意味ではなく、48系に続いてという意味だと注釈を付けておこうと思ったけれど、NMBはおろか、SKEをも抜いたのではないか?CD売上はずっと下ではあるけれど。
猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」MV
そう、このCD売上が引っかかるポイントなのであって、ももクロのCD売上はSKEの十分の一くらいである。その数字だけを見たらとてもSKEより上か?なんて言えないのだけれど、もはやCD売上なんてものは人気を正常に表せる数字ではなくなってしまった。
何が言いたいのかというと、ももクロがこの十倍、いや五倍の人数構成ならばSKEを抜けるという事なのだ。いや、それは根拠のない空論というならば、SKE単独で一万人規模のアリーナ公演を出来るのかという事なのである。
そこに今のももクロのジレンマとリアリティが存在している。マスメディアへの露出増加により知名度も関心度もZになってから上昇したももクロ。しかし、「他とは違う」というファクターにこだわり続ける限り、ずっと48系の数字は抜けない。そして、おそらく多くのももクロヲタもそれは望んでいない。
他、特にライバルと言える存在との比較で自己を輝かせていくのは、「人と違うセンス」を常に大切にしている人種には堪らない肩書きなのだけれど、そのライバルとは違うやり方を採用していかなくてはいけないという縛りに自らを締め付け、その結果としてのCD売上という数字の結果を生み出す。
勿論、その「人と違うセンス」な人達は無理して数字を上げなくても良いとも願っている。
そうなると、どこにライバルに対しての優位性を見いだしていくかと言えば、楽曲の方向性か。
そして、その楽曲の方向性というものが「他とは違う私達」を演出するに最適だとばかりに、それがどんどんエスカレートしていく状況。思い返せばZになってからまだ一年経っていないのだ。
何故そこまで濃い日々を求めるのか?何故生き急ぐのか?元々アイドルヲタではなかった人達は割と平然としているのに対して、元々アイドルヲタをやってきた人ほど今のももクロの全力少女っぷりに不安を抱き、その空転に、いつかやってくるオイル切れを想像して不安に駆られるのだ。
そんな不安を宇宙のビートに乗せて疾走感溢れるロック調にしたこの曲。この抑揚をプログレと言ったらプログレッシブロック愛好家に叱られそうだから言わないけれど、やけにキャッチーなメロディを受け止めながら、その先にある笑顔と涙をそっと今から妄想して心の準備をしておかなくてはいけない。それはアイドルヲタならば誰もが体験する事であって、アイドルヲタは心の準備は出来ている。しかし、それを恐れるハイセンスな人達はその予兆を感じ取った頃には消えていくのだろうなと、密かに寂しい気持ちになっていくのだ。変わらないのはメンバーの笑顔と涙なのに。
℃-uteの新曲のMVが公開されました。
℃-ute 『君は自転車 私は電車で帰宅』 (MV)
色々言われてもいるようですが、まず言いたいのは、
「男性と共演NG」なんてしていたらハロプロはずっと女優仕事のオファーは来ませんよという事。
メンバーを均等に映すべきという事にこだわっていたら、いつまでたっても外からは核となるメンバーがわかりづらくて注目されにくくなる。
バラードをシングルで切れなくては音楽的な広がりは生まれない。
男性との共演はともかく、私はバラードをシングルで切るのは良いと思うし、℃-uteの長所であるキレのいいダンスを毎回活かさなくても思います。得意技だからこそ出し惜しみも必要ではないかと思います。むしろ、バラードに於けるダンスでどうやって音楽観を表現出来るかも、グループパフォーマンスとしての腕の見せどころであると考えます。
ドリームモーニング娘。の武道館公演、とても盛り上がったようです。1期から10期までのメンバーがステージに立つのは勿論初めて。サプライズゲストの後藤真希さんの登場には大歓声が沸き起こったとか。
そして、保田圭、後藤真希、吉澤ひとみの三人でプッチモニが披露されたと聞き、スタッフの心意気に拍手を送りたくなりました。ゲスト石黒彩さんが発表された時点でタンポポをやるのは予想出来たけれど、プッチモニはまさにサプライズ。そして、その石黒さんもとても存在感があったそうです。
改めて思いますが、ハロプロOG達と現在のハロプロメンバーが一緒にステージに立てる機会を今以上に増やしてほしい。夏のハロプロコンサートこそ、今回みたいなお祭り公演にしてほしいと思います。もっとも、こういう絡みは滅多に実現しないからこそ、観客の方もテンションが上がるのでしょうけれど。
明日はドリームモーニング娘。の日本武道館公演です。モーニング娘。もゲストで出演とあって、大人数でどんなパフォーマンスをするか楽しみであります。モーニング娘。の良い所は歴史がある事。中澤姐さんからくどぅー、まーちゃんまで、幅広い年代、幅広いメンバー、この際だから出られるOGはみんな出てほしいものです。ごっちんとか。
武道館での娘。コン、一番最初に行われた武道館公演は四期お披露目があり、そして市井ちゃん卒業公演でもありました。
OGをどんどんステージに上げてくれと書きましたが、無理だろうと思われるメンバーが三人いて、そのひとりが市井ちゃんです。市井ちゃんを交えた「ちょこっとLOVE」が観たい!しかし、その実現性はとても低い(キュービッククロスのライブでソロで歌ったのは観た事はあります)。
モーニング娘。はこれだけ大勢のメンバーが加入していながら、ステージに上がれそうもないメンバーが三人だけというのは結構すごい事だとは思っています。アップフロントの面倒見の良さがあってこそなのでしょうか。
願わくば、武道館公演で一区切りというより、新たな幕開けになってほしい。ドリームモーニング娘。を単なるノスタルジックにしないためにも、過去と現在の良き架け橋にするためにも。そのためのサプライズがほしいです。
Berryz工房のももちこと嗣永桃子さんが今日で二十歳になりました。ああ、なんと時の流れは早いものか。童顔な桃子だから二十歳と言われてもピンと来ないのですが、中身はしっかり二十歳なのでしょう。
テレビに一人で出るようになり、学業との両立で本当はかなり疲れているのではないかとも思うけれど、カメラの前では笑顔を絶やさず、小指は立てつつ、あくまで「ももち」であり続ける。そんな嗣永桃子さんが素敵だ。自分はたまにふと見せるシリアスな横顔が好きだから、本当は「ももち」より「嗣永桃子」が見たいのだけれど、今は笑顔を優先して力強く歩いてほしいです。シリアスな横顔はBuono!で探してみる事にします。
【公式ミュージックビデオ】さくら学院「旅立ちの日に」
さくら学院というアイドルグループは小中学生メンバーからなるグループで、名前の通り学校をモチーフにしたコンセプトのグループであります。実は全員で歌う本体ナンバーよりも「部活」として行われる派生ユニットの方が音楽的には面白いのだけれど、それを語るのはまた別な機会で。
さくら学院のこの高校生以上は在籍しないというシステムは所謂ロリヲタ向け商売を追求しているというより、女優業主体な事務所の事情ゆえにという感じがします。中学生までの間はアイドル業で小銭稼ぎ…ではなく、アイドル業で修行といったところでしょうか。それは良く言えば、売る事にあまり熱心でないという印象を受けます。
それがよく現れているのが、この接触商法全盛期に於いて握手会というものを重要視していないところであります。「握手?したければ他のアイドルへどうぞ」と言わんばかりの潔さ。そう、敢えて言います。「潔い」と。レコード会社的には一枚でも多くCDを売りたいところなのでしょうけれど、事務所はグループのコンセプトとアイドル本人の価値を大切にしている(ただし、最近は様相が変わってきているみたいです)。
アイドルグループというものを学校になぞらえてコンセプトを固めていく事自体は目新しいものではなく、秋元康氏あたりに苦笑いされてしまいそうなほどに今更感な定番メニュー。
しかし、もっと踏み込んで考えてみれば、アイドルグループというもの自体が期間限定な性質なものであり学校。それを長期維持するためにはメンバーを入れ代えていくしかない(ゆえに長期に亘りメンバーが変わらないグループは学校というコンセプトから離れた大人な香りのグループイメージとなりフレッシュさは失われていく)。さくら学院はそのアイドルグループの真理とも言えそうな部分をわかりやすく形にしたに過ぎない。或いは、学校だから卒業があるという事を初めから提示して、メンバー卒業への心の準備をさせておくという用意周到さというべきか。
この「卒業」というキーワードがあるからこそ、女性アイドルグループは儚い美しさがある。ひとときの夢に輝きが彩られて少女がアイドルを演じていく。女優事務所だけによくわかってらっしゃる。それをわかりやすく提示したものが「さくら学院」という学校なのでしょう。
二十歳を超え、やがて少女はアイドルとは呼ばれなくなった時、どんな仕事をしているかは個々が違う。違うけれど、いつかほんのちょっと心に隙間が出来た時に、「さくら学院」に入学していた事、アイドルであった事を思い出してほしい。作り手がそこまでの想いを込めて「さくら学院」を守っているのならば、それはとても素敵な事だなと思えます。
人生の中で学生である時間よりも学生ではない時間、つまり社会に出ている時間の方が圧倒的に長いように、芸歴という個人史の中でアイドルである時間は短いのですから。
メンバーの卒業やら脱退というものに対してナーバスな響きを持たせてしまうハロプロを応援している者として痛切に感じています。