伊賀上野が元気になればいいなあ!

上野の城下町、どうなっていくんだろう、、、見守る元気はないけれど、静かに生きていこうと思う(笑)。

「伊賀乃風」ユニフォーム?

2009-06-03 23:14:54 | 町づくりって楽しいかも!

揃いのTシャツで現れるかも・・・


もし、6/6・7日に「新天地」で見かけたら声をかけてみて。
(市販のTシャツに「アイロン転写紙」でプリント、ゴロはオリジナル。)

「私のたからもの市」を盛り上げよう!とお目見えです。
「大山田農林業公社の『おはぎ』」「島ヶ原の『伊賀のお米でつくったかりんとう』」など、伊賀の地場産品販売をお楽しみにね。

ほかにも、仲間はいっぱい出現しそうな予感・・・
できることから始めるのがイチバン、少しだけ余った時間をどうやって地域のために使うのか、人のためでなく「自分自信を納得」させるために使ってみませんか?

大切な時間を。

丹波篠山紀行 あとがき その1

2009-06-03 00:33:00 | 赤梟の部屋
初めての紀行(奇行?)文であり、それより投稿自体が始めてであったので、この「あとがき」を、驚きと共にありがたく受け止めている。

わたくしが崇拝する、夢枕獏さんの著書には、「あとがき」を「あがき」と書いてしまうくだりがあり、それに非常に感銘を受けた私は、「いつかこれを使ってやるぞ」と勝手に思っていた。

そして、いよいよ待ちに待った「あとがき」なのである。思えば、たかが紀行文ひとつに、4回もだらだらと書き綴ったのは、これを書く為だったのだ。

だから、その1なのである。普通あとがきという物は、ひとつの著書があればひとつだけなのである。でもわたくしは、あとがきを書く為に連載をしたのであるから、「その1」なのである。お許し下され。


そもそも丹波篠山については、町並みや町家といった佇まいや、道幅なんかに親しみを感じ、「もし、伊賀上野以外で鬼行列をやるなら此処やなぁ」とか思っていた。その頃は漠然と思っていただけなのだが、歴史や文化に伊賀上野との奇遇を感て、改めて見直してみると、なかなかに味わい深い趣きがあった。

道幅は幹線道路が5~6メートル、準幹線道路が4メートル位か。これは平均的な城下町の道幅であると聞いたが、勿論伊賀上野の城下町も同じ。

そして建物はと言えば、






同じ場所に見えない?







同じ場所に見えない?


お分かりかと思うが、篠山と上野の建物を並べてみた。

似ている。

「もし、伊賀上野以外で鬼行列をやるなら此処やなぁ」が、

「此処で、鬼行列やってみたいなぁ」

と、なったのである。

それだけである。

それだけだったのに、今回の紀行文連載となったのは、朽ち果ててゆく古き町並みや町家を、なんとかしようと頑張っている仲間たちへのささやかなお土産のつもりだったか。単に「こんなとこ知ってるでー」と自慢したかっただけなのか、自分の事であるのに、どうにも判らないが、ままよ、町造りのヒントの一つにでもなれば、、と。