前回の続きで、「少年悲歌」の各短編小説の紹介と感想。血の色の月(40年1月)
木谷隆は営業部の美川克美のことが好きだが、内気な性格のせいで告白できないでいる。克美の方は“男らしくない”隆に冷たくあたる。隆には切腹の真似をして興奮するという性癖があった。
隆はある日、勝気な性格の克美が数日前に封切られた映画「切腹」を見て「切腹って男らしい」と話しているのを聞く。それを聞いた隆は、結婚の噂が立っている克美に告白しようと決める。夜の河原に克美を呼び出した隆は「僕は克美さんのことが好きだけど、克美さんは僕を嫌っている。最期ぐらいは男らしく切腹するから、見届けてほしい。婚約者の人とお幸せに‥」と、言って短刀を腹にあてがう。隆が本気だと気づいた克美はそれを押しとどめる。
結局そのことがきっかけになって二人は結婚。実は克美も切腹が好きで、結婚してからも二人で切腹の芝居を続けている。芝居の流れは、姫である克美に慕情を告げた小姓の隆は、無礼者!と切腹を申し渡される‥、あるいは、二人は白虎隊士で刺子に袴姿で腹を刺し違えるというような感じだ。愛の純度計(41年11月)
木谷隆は、妻克美のために「切腹曼荼羅縁起」という創作を書いた。
―小姓隆之助に秘かに切腹の作法の手ほどきを受ける克という姫がいた。しかしその二人の関係を好ましく思わない者がおり、姫の父である城主に密告する。二人はやましいことは何一つしていないと弁明するが、城主の怒りは収まらず「それほどまでに腹が切りたければ、二人揃って切腹せよ」と申しつける。城主とその側室、紅毛の異人も同席する中、二人とも見事一文字に腹を切り自ら介錯して倒れる。
‥という古文書を手に入れた幸美と、彼女の家に仕えていたばあやの忘れ形見、隆夫。二人は太平洋戦争に負けた祖国の未来を憂い、古文書に習い、白無垢と学生服姿で切腹して果てた。夫婦茶碗(42年4月)
隆と克美夫婦はテレビ番組「風流夫婦茶碗」に出演し、結婚へのなれそめを面白おかしく話す。ただし、隆が腹を切ろうとして抜いたのは本物ではなくお芝居用の刀だった、というオチにして。
もし、克美が事故か何かで死んだら‥という話になり、隆は迷わず「後を追って切腹する」と断言する。克美も、「もし、自分が他の男に無理やり体をどうこうされるようなことがあったら、申し開きのために切腹する」と返す。その後も夫婦の切腹ごっこは続いている。「憂国」私記(42年11月)
隆、克美夫婦は二人で「憂国」を見に行った。切腹シーンに気持ちを昂ぶらせた二人は、その夜も切腹ごっこを楽しむ。「存分にお腹あそばせ‥」と冷たく言い放つ克美に、三島由紀夫に負けじといつも以上に張り切る隆。十文字に切り終わった隆の短刀をひったくり、「見て、あたしの本当の気持ち」と晒しを巻いた腹に突き立てる克美。一文字に切り終わってから「ごめんね、イケズばかり言って」と頬を赤らめた。白い水着(43年4月)
隆の前に克美が短刀と三宝を置く。いつもと違い克美の表情が青ざめている。「タカシさん‥許して」という言葉を聞いて、克美が自分以外の男を好きになったと悟る。隆は「いいんだよ、この月日楽しかった」と覚悟を決め腹を切る。しかし、本身のはずの刀が腹に刺さらない‥
という夢を見たと隆が話すと克美は怒ってしまう。翌日の夕方、隆が帰ってくると、克美が遺書を残し白い水着姿でうつ伏せで倒れていた。床には血溜まりができ手もとには短刀が転がっている。隆が昨夜の夢の話が悪かったのだ、と腹を切ろうとすると、何事もなかったかのように克美が起き上がった。「ふん、ゆうべの仕返しよ」と隆をにらみながら克美は笑った。藍絣の克美(44年1月)
隆、克美は二人の結婚のなれそめに似た記事を週刊誌に見つける。今夜は、その記事を脚本にして切腹することになる。
「腹を切って死ぬ前に、一度だけ、たった一度でいいから‥」と言い寄る隆に、「そんな女だと思ってらっしゃるの?せめてもの情けに見届けてあげるから、たった今切腹なさい」と克美は表情も変えず言い放つ。隆はもろ肌脱いで「これが、男のわび方‥」と一文字に腹を切る。それを見て「許してあげますわ」と顔を上気させながらも冷静に言う克美。
男と女、どちらが純情か‥それをお互いへの気持ちに置き換え討論し、思いあまって短刀を自腹に突き立てたりしながら二人の夜は更けていくのであった。
前回の六編とは違って、時代は現代(しかし、映画「切腹」「憂国」の上映とか「夫婦茶碗」とか、やっぱり時代を感じる)。設定も切腹に興奮する青年の物語ということで、物凄く親近感が湧く。本当に切腹して人が死ぬことはないので全体的に雰囲気も明るい。悲愴なのもイイけど、こういうのも好きだ。
この6編の連作の50%は、のろけでできていますといっても過言ではない。もちろん、もう半分は切腹でできている。
隆は自分でも認めるように男らしくなく、お人好しで受け身でM。克美は好き嫌いはハッキリ口にして、一見冷たそうに見えるが実は情に厚い。今で言うとツンデレ?
都合の良すぎる感じがしないでもないが、それだけに羨ましい状況だ。憧れていた相手も実は切腹好きで、結婚後も毎夜切腹ごっこを楽しんでいる。切腹ごっこを楽しむだけではなく、新聞で「失恋した青年が一文字に切腹!」などという記事を読んだら、パートナーと切腹フェチ同士ならではの会話ができるのだ。その話で盛り上がって、今夜はこのシチュエーションでやってみようということになったりする。
切腹フェチ同士の夫婦って、けっこういるもんなんだろうか?? 自分のパートナーを自分の趣味に誘ったりってことはあるから、「この刀で、切腹のマネやって見せてくれない?」とか「オレと切腹してくれないか?マネでいいから」とか言って誘うこともあるんだろうか。ちなみに自分はそう言って頼んだことないです‥。自分の好きな人が切腹フェチだったら、なんていう希望妄想的観測は持ったことはいくらでもあるんだけど。意気地なし‥
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