いつかあの青空の心に

少年のころ見上げた、あの青い空。澄み切ったあの空のような心になりたいと願った。その心に近づいているのだろうか・・・

機械生命の終わり

2014年07月30日 | 考える
アイボの修理対応が終了したとのニュースを見た。

機械のペットと生物のペット、
その境界はなんだろう。

命に限りがあるように、
機械には耐用年数がある。

将来ロボットが実用化されたとき、

子育てロボットを相棒として子供は育つのではないかと思う。

もしそうなったらならば、その子育てロボットは
1個人の成長を子供のころから死ぬまで見つめることになる。

親の記憶より、正確な記憶。

劣化することも改変されることもない記憶を持った存在。

いつもそばにいて、いつも自分の味方である存在。

もしその存在を失ったとき、どれほどの悲しみが襲うだろうか。

機械には終わりがあるが、記憶(記録かもしれない)はコピーできるだろう。

気まぐれで安定しない人間の心。

機械生命はいつも安定しており、予想外のことはしない。

どんなわがままも素直に命令通りに動いてくれる。

人と付き合うよりなんて楽なんだろうか。

そんな時代がすぐに来るのだろうか。

それとも、やはり生身の人間とうまくやっていくことこそが

が意味のあることであると再認識するのだろうか。

生命とは何かということが問われる日がやってくるのだろう。
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