いつかあの青空の心に

少年のころ見上げた、あの青い空。澄み切ったあの空のような心になりたいと願った。その心に近づいているのだろうか・・・

受信欄

2005年09月28日 | その他
君の名前が埋めていたメールの受信欄は、
今度は他の人が埋めてゆく。

きっと君の受信欄も僕ではない誰かの名前で
埋め尽くされるだろう。
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乗り越える勇気を

2005年09月27日 | その他
確かに僕の言葉はうそになるかもしれなかった。
だけど、そのときはそう思ったのだ。
今の君と同じように。

僕は不適切な関係を終わらせ、
互いに光の当たる場所で会いたかったのに、
君の決断は少々遅かったようだ。

本当は僕を試す必要はなかったんだ。
あのとき、その手を離して、こっちに来てくれるだけで。
だけどもう遅すぎる。

君を失った僕はいつまでもそこにはいなかった。
もう僕の手は他の人の手を握ろうとしている。

別れを告げられるのは辛いが、
別れを告げるほうがもっと辛いという事を
改めて思う。

いつのまにか入り込んだ「不信」は
もう取り除けない。
たとえ今、証を見せられたとしても。

君を切り捨てる勇気がほしい。
その瞳を見ても、動じない冷たさが。
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帰りたい

2005年09月26日 | その他
戻れるものならばあの日に帰りたい。
まだ僕らが友達で、笑い合えてたころに。

長く付き合ってゆくには、付き合いが深くなりすぎないこと

と、言っていたその言葉の意味を今思い出し、
かみしめる。
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沈む

2005年09月25日 | 考える
朝から一人でアパートの部屋にいると、
気分が沈んでくる。

小説でも読もうと思い、読んだ作品は悲しい物語。

もっと心が沈んだ。
感情のぶれがこころを襲う。
冷静でいるには感情のない世界にいることが必要だ。
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誕生日会

2005年09月21日 | 考える
大学のときの先輩から連絡があり、
同じく、大学時代の知り合いの誕生飲み会をするという。
それをメールで知らされたとき、
まったく行く気が起きない自分がいた。

大学時代はもう10年前のことになりつつある。
そのとき知り合いだったからって、集まる意味があるのだろうか。
特に会いたい人もいないし。

残念ながらそんな集まりでは、
こころ躍ったり、感化されたり、
そういうことがないメンバーなのだ。

前回は先輩が、他の客とトラブルを起こしたし、
机を倒して、店に迷惑をかけるし、そういうことを思い出すにつけても
なんだか、興味ないなぁ。

昔のノリで盛り上がれればいいのだろうけど、
どうも意識のずれを感じて、
いまいち溶け込めない。

やっぱり今回も欠席だな。
こうやって少しずつ離れていくんだろうね。
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かわいそう

2005年09月20日 | 考える
「かわいそう」だと言われることがある。
「孤独だね」と言われることもある。

だけど、孤独じゃない人なんていないと思う。
結局最後のところでは、人は孤独じゃないですか?

本音を言って一人になっても、
自分を偽って、人と付き合って行くことよりも
本当の意味ではさみしくはないのではないか。
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本当に大切なこと

2005年09月18日 | 考える
ふとした空き時間にぼんやりと考える。
「これでいいのだろうか」と。

確かに日常生活は忙しい。
食うや食わずでもなく、それなりの毎日を送っている。

だけど、「このままでいいのか」という問いは
いつも時間の隙間を縫っては答えを求めてくる。

なにか「やらなければならないこと」に満ちている毎日は、
本当に大切なことを考えさせず、とにかく目の前のことを
こなしていくことに一生懸命になる。

そうしてふとした空き時間に、
「これでいいのか」という問いを投げかえられるのだ。

確かに今の生活は恵まれているし、
贅沢な悩みなのかもしれない。
だけれども、「世の中にはもっと大変な人がいる」ということでもっては
回答にはならないのだ。

自分だけの回答が必要なのだ。

繰り返して、時間はすぎてゆく。
いつも考えなければならないことは、いつも同じような気がする。
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うそを見抜く力

2005年09月17日 | 考える
TVを観ていたら、
カレーのコマーシャルをやっていた。

おいしそうな熱々のカレーをお玉で
すくうのだが、そのお玉の裏側にはカレーがついてない。
これは、現実ではない。

子供のころ、母親がよく言っていた。
現実とTVの世界は違うのだよ、と。
もし本当にカレーをお玉ですくえば、
かならず裏側にもカレーはつくはずなのだ、と。

ふとしたときに、そういうことを思い出す。
教育は怖いもので知らないうちに身についているのだな・・・
と思う。

自分のものだと思っているこの考えもどのくらいが
人からもらったもので、オリジナルはどれくらいがあるというのだろうか。

そんなことを考えていると、またCMが変わり、
今度はドレッシングのコマーシャル。
場面が変わりながら、次々と商品のドレッシングを注いで行く。
しかし、そこには「ドレッシングを振る」という動作は出てこない。
ドレッシングはよく振らないと、油が分離してしまう。
しかしそのコマーシャルではそのままかけているのだ。

これだけではない。
きっと日常生活には、うそがあふれている。
周囲の人が語る言葉にも、行動にも、
自分自身の言葉にもうそがあふれている。

気づかないほうが幸せなこともたくさんあるのだろう。
だけども、気づいてしまうと、もう戻れない。

うそを見抜きながら、うそに気づかずに毎日を過ごしてゆく。
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選択

2005年09月14日 | 考える
選び取るのは簡単だが、
提案することは難しい。

選択肢が多い中でより良いものを選ぶのは簡単だが、
選択肢がないこともある。

後になっていろいろ言うことはできるが、
やはり、そのとき、その場所にいる自分が本当の自分なのだろう。

自分というフィルターを通したときには、
世界はこんなにも小さくなってしまう。

周りのことに気が回らないほどの生活。

これを乗り切った先には、また何があるのだろうか。
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同じ思いで違う行動

2005年09月08日 | 考える
友人とのメールのやり取りでこんな言葉を見つけた。

「後悔したくないから、心のままに行動できなくて・・・」

なんだか面白いなと思いました。

なぜなら自分は「後悔したくないから心のままに行動する」のだと
思っていたから。

同じことを思っても、異なる人間の異なるこころを
通った思いは異なる行動となって現れるのですね。

確かにこころのままに行動すればするほど反動が強くなります。
その反動にも耐えられる強いこころを持つ者だけが、
力強い道を歩みだせるのかもしれません。
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