神足勝記を追って

「御料地の地籍を確定した神足勝記」を起点として「戦前の天皇・皇室・宮内省の財政について」のあれこれをとりあげる

No.136 弁当食べ

2024-04-11 01:52:24 | 弁当食べ
(1)今日は気持ちの良い日でしたが、そのことを書く前に、ちょっと片付けておきましょう。

 落ち目の岸田首相が、起死回生を狙ってアメリカ詣をするさまを見せられて、気持ち悪い日となりました。
 前にも書きましたが、落ち目になると、「もう一旗揚げよう〔起死回生〕」と画策します。しかし、それが、手遅れだったり、当を得ていない主観的な願望、糊塗策であったりするため、反って現実のしっぺ返しを食らい、傷を深め、陥落する〔恐慌に陥る〕契機となります。要注意です。これはもう「法則」です。
 もっとも、あの「キック・バック処分」を見る限りでは、訪米が日本国民を丸め込んで延命しようというものであること、しかも、アメリカのご機嫌を取って=日本の主権を侵害することを推し進めるものであること、これを国民は見抜いて怒っていますから、失敗する可能性が濃厚です。もっとも、後遺症が残り、それが深刻です。
 夜のニュースで、岸田首相がアメリカで好待遇されて嬉しそうにしているのを見ましたが、要するに、やっていることがアメリカの都合のいい方に都合のいい方にとなびいていくのですから、これほど喜ばれることはないはずです。それから、NHKはそういうことを賛成する、都合の良い解説者を出演させていたのでは、独自性が問われます。
 PFAS問題解明のために、地位協定の見直しをしたいとでも要求したら、アメリカの腹の内がよくわかるはずです。

(2)今日は、多摩川べりを遡上して、先日〔No.129〕まだ咲いていなかった桜を探りに行くことにしました。
 出発して多摩大橋まで行く途中も、行って辺りを見渡したときも、桜の木はひときわ豪華でした。もうしばらくは楽しめそうです。
 橋のたもとに着くと、たいがい富士山を見ます。今日は、白い富士山の前に桜が見えました。
 
  富士山に桜

(3)そこから、多摩川の左岸〔昭島市側〕を遡上しましました。
 ここを背景に撮った写真が市の写真展で入賞したのを見ましたが、私は冷ややかでした。
 「もともと華があるんだよ・・・。」
  

 でも、まあご覧ください。
 もちろん、私の入賞は無理です。そもそもカメラがよくない・・・。
 写真中央の堤防上の人、通りすがりに見た時は食事をしてましたが、あそこで入賞作品を狙っているのかもしれません。

(3)それから、しばらく遡上して、八高線の鉄橋の川下に着きました。
 No.122で向こう側から撮った写真を載せましたから、できましたら、それと比べてみてください。ようすがわかると思います。
  

 いま八高線が渡って行きますが、向こう岸にはある会社があり、その敷地内の桜がきれいに咲いているのが見えます。
 正面の河川敷は砂岩質の岩盤ですが、正面のやや左辺りで1963年に通称「昭島クジラ」といわれている200万年前のクジラが発見されました。これは、市民図書館のあるアキシマエンシスで見ることができます。
 今日は、八高線の通過を待っている間に、草原をずいぶん探索しました。
 ひとつは、やはり花です。
  
 
 花を見ていると、何種類もの虫がやってきました。上の写真にも小さく写っていますけど、見えますか。
 それから、チョウもきました。シジミチョウでしょうか。小さいながら、きれいなものです。
  

 でも、それを見ているうちに、予定の八高線が通過していってしまって、仕方ないから、また次の花を見ていると、また別の虫が来て、そうするとまたは八高線が通過してしまうというイタチごっこみたいなことになり、上の写真を撮るのに、ずいぶん手間取りました。なんでもよければ簡単ですが、なんとか予定した位置で撮ろうとすると・・・、まあ、よくあることです。
 *八高線のこの鉄橋上ではかつて大惨事があったのですが、後日のこととします。

(4)実は、今日、花とムシを追ううちに、おもしろい発見がありました。木の化石です。
メタセコイアあたりらしいですが、目下不明です。
  

 高さは20㎝くらい、太さは(次の写真もご覧ください)12㎝、重さ約8㎏。
 左上の茶色い箇所は黄鉄鉱のようです。また、やや右の白い箇所は、火山性の侵入があって石英化しています。
 上側から見た様子も載せましょう。
  
 
 定規の目盛りの上の方の「5」の付近が中心です。そこから残っているもっとも外側に当るとみられるところが、上が欠けていますが、下の方では「7}くらいになるので、半径がこの限りで12㎝です。なお、目盛りの「3」付近の「よこ一〔いち〕」の箇所は、専門用語がわかりませんが、よく鉱物が石の中に閉じ込められて発見される時と同じもので、その小規模なものです。このほかにも金に類する光る物質が混じっているのが見えます。
 さらに、破片だけでも、重さにして約7㎏、2箱分ありました。
 参考のために、破片2枚載せておきます。
   
 
 これでも、現物では年輪のようすがはっきりと見取ることができます。
 次のものは、木がたてに裂けた状態、木を柾目に切って横から見た状態、と見られます。これは線がはっきりと見えるかと思われます。
  
 
 どうでしょうか。
 今日はだいぶ面白い経験をしました。
 この化石は、だれかわかる人探して見てもらおうと思っています。詳しい方をご存じの方がおられましたらお知らせください。

 中途ですが、今日はここまでにします。
 



 
 




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No.122 弁当食べ

2024-03-28 01:06:08 | 弁当食べ
 このごろは、まともに外出ということがなくなりました。たいがいのことは電話とメールで済みますし、メンドウなことは昔からカミさんの一元的管理下にあるので、よろずのことが「あっしには関わりのないことでござんす」(木枯し紋次郎)となってきています。

 そういうことなので、結局、3月は4・14・27日の3回弁当を食べに出ただけ。あとは、本屋・古本屋(ブック・オフ)へ各1~2回行ったくらいですから、コロナもはしかもインフルエンザも無縁です。あるとすれば、媒介者はカミさんということになります。
それはともかく、この3日間の多摩川をお見せしましょう。

 【3月4日】多摩大橋の下流へ行きました。ぽかぽかとした日で、なんとも長閑でした。
(1)向こうに多摩大橋が見えます。その手前に、向こうへ移動していった鴨などが固まっているのが見えます。水面はかすかにさざ波がたつ程度でした。
   

(2)ここで弁当を食べていると、澱んだ川でもないのに、水面に逆さ影がくっきりと映っているのがみえました。
   

(3)もちろん、かすかに波がありましたが、それは、多摩川の流れというより、上のカモなどが移動するときにたてる波でしたが、ふと見ると、鯉が悠然と泳いでいました。
   

 多摩川の上流や秋川でも悠々と鯉が泳ぐのを見ましたが、こうして鯉が泳ぐさまを見ていると、上田秋成『夢応の鯉魚〔むおうのりぎょ〕」を思い出します。幻想的で、意表を突く展開をみせる作品です。
 そうそう、「秋成」は七言絶句からでした。
 少年老い易く学成り難し/一寸の光陰軽んずべからず/未だ覚めず池塘春草の夢/階前の梧葉すでに秋成

【3月14日】多摩大橋の上流のNo.60〔1月25日〕に書いたところへまた行きました。
(4)雨のあとだったためか、水量がやや多く、侵食された岩の手前が全部水に覆われて、近づくことができませんでした。
  

(5)前のときに、ウナギを飲み込み合っていた鵜はどこへ行ったかと探したところ、上の岩のすぐの左の流れの中に頭を出している岩の上でたむろしていました。満腹のようで、ほとんど身動き見せることがありませんでした。
  

 この日は、ボーッとして眺めていて、ほとんど写真を撮らなかったようです。でも、土手の近くでカンゾウの群生を見つけ、大きいところを一掴みとってきて、サッとお湯に通してしょうゆをかけて食べてみました。シャキシャキとした歯ごたえが最高でした。

【3月27日】前日までの雨もあり、土手の直下まで水がしみ出ていました。きょうは、川べりにはいかず、染み出た水などを見ながら、遡上しました。
(6)風が少々ありましたが、暑くなってきて、手袋も帽子もジャンバーも取って、シャツであちこちと藪にも入って楽しんできました。雲がきれいでした。
  

(7)もうひとつ、「ひょっこりひょうたん島」みたいな雲を見ました。
   

 「〽 くもにのり~たあい~」ていう歌がありました。

(8)「自分はそういうことを考えたこともがかったな、雲や天文みたいなことにも関心を持つことがなかったな、どうしてだろうか」と思いながら弁当を食べていると、八高線がなんども行き来していきました。
 私の父親は親バカで、私の目がまだ見えているかいないかのうちに、首が座っているかいないかのうちに、汽車をみせなければ遅れるといって、中里村神ヶ原から群馬藤岡駅まで、未舗装の道を30km以上も自転車に乗せて連れて来たそうです。叔母たちがなんども話してました。
 八高線を見ていると、いろいろなことが思い出されます。またいずれ。

  

(9)左に大岳が見えます。また昇りたいなと思いながら見ていると、中州にある木の新緑が目に入りました。
  
 
 周りの薮原がまだ冬枯れのままなのでひときわ光ってました。とはいえ、いくらかは芽がみえていました。

(10)それだけでなく、ひだまりにタンポポが咲いていました。
  

 そこから少し歩くと、ヨモギを摘んでいる人がいました。
 私は、近くにカンゾウの群生とノビルの群生を見つけたので、一掴みずついただきました。どちらも、サッと湯に通して酢味噌でいただきました。
 
 帰りの道すがら、拝島橋近くに桜を探ってみましたが、まだゼンゼンといった感じでした。
 きょうの夜のニュース番組での話では、2月が温暖だったから、一般には開花が早いと思われていたけれども、実は3月に冷え込まないと、桜は開花の決断ができない、そのために開花が遅れるのだそうです。
 つまり、桜の開花が遅いのは異常気象が原因ということのようです。

 4月からは山に上がりたいなあ。
 では、この辺で。 

  

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