蛍は風に乗って千代と銀蔵の傍にも吹き流されてきた。
「ああ、このまま眠ってしまいたいがや」
銀蔵は草叢に長々と横たわってそう呟いた。
「・・・これで終りじゃあ」
千代も、確かに何かが終ったような気がした。そんな千代の耳に三味線のつまびきが聞こえた。
盆踊りの歌が遠くの村から流れてくるのかと聞き耳をたててみたが、いまはまだそんな季節ではなかった。千代は耳をそらした。
そらしてもそらしても、三味線の音は消えなかった。風のように夢のように、かすかな律動でそよぎたつ糸の音は、千代の心の片隅でいつまでもつまびかれていた。
千代はふらふらと立ちあがり、草叢を歩いていった。もう帰路につかなければならない時間をとうに過ぎていた。
木の枝につかまり、身を乗り出して川べりを覗き込んだ千代の喉元からかすかな悲鳴がこぼれ出た。
風がやみ、再び静寂の戻った窪地の底に、蛍の綾なす妖光が、人間の形で立っていた。