NPO法人 地域福祉協会

清掃事業  森林事業(植栽・剪定)

ショートショート   秘悦

2015-04-28 | 文学

そこは富山県の山奥。

 

私は

無念のうちに死んだ武士とその妻の

鎮魂のために植えられたヤブツバキ。

 

しかしそんな人間の営為など

どうでもよかった。

 

むしろ

近くにツバキとサクラが

愛を育み

艶やかな肌と荒々しい肌を

交わらせ絡み付いた様に

永く嫉妬していた。

 

確かにお互い美形である。

 

色艶も姿形も美の極みであった。

 

ツバキの艶やかな紺碧の葉。

細く淫靡なる木肌の曲線。

鮮烈な一重の紅花。

 

サクラの花の

繊細で淡い桃色。

それに反して剛毅な木肌。

 

もはや

両者とも菩薩の如く雌雄を超越していた。

 

崇高であり聖なる永劫の交わりであった。

 

私は

何百年もの間

そのツバキとサクラの崇高な交わりに嫉妬した。

 

そして

自らの艶やかな肌を擦り合せて

自ら喜悦の極みに上り詰めていた。

 

枝は交差して絡みつき

解きほぐすことはできない。

 

一族の怨恨で

私が異様な巨木なツバキと化したという噂話は

人間の浅はかな伝説であった。

 

すべては

私の壮大なる嫉妬と

秘められた悦びからもたらされた。

 

高橋作(純文学)

 

 

 


ショートショート     秘仏

2015-04-17 | 文学

私は池禅尼。

平忠盛の妻であった。

出家して尼となった。

 

平氏と源氏の戦

平治の乱で平氏は勝利した。

 

源氏の頼朝という幼子の処遇をめぐって

棟梁の平清盛は苦悩していた。

 

「一度私が頼朝に会って見ます」

私は

血の繋がりのない子である清盛に告げた。

 

頼朝を呼び

人となりを観察するのだ。

 

「頼朝と申します」

「お入りなされ」

 

私が鎮座する堂内に

蚊の鳴くような細々とした声を発する源氏の御曹司が現れた。

 

体躯も面も細い。

が。

そこはかとない気品と尋常ならざる重厚な雰囲気が

既にその幼童に備わっていた。

 

そして、おなごが放っておかないであろう妖しい可愛さがあった。

 

私の臍下丹田の下にある命の根源、漆黒の塊に久しく忘れ去っていた灼熱の炎が燃え上がった。

私自身の中心は、わなわなと微細な律動を始め、ねっとりとした汗が流れ落ちた。

 

彼はこれから少年から青年となって弓馬の道を修め、逞しく成長していくだろう。

一瞬。

多くのおなごにその艶やかな唇を奪われ、半開きの唇から嬌声をあげて悶える彼の姿を妄想した。

 

私は清盛に謁見した。

「頼朝は、私の死んだ息子に似ておられます。ご慈悲にて命だけは助けて下されませ」

でたらめな助命嘆願であった。

 

彼は私が秘かに愛玩する小さな仏であった。

 

高橋作