日時:9月30日
内容:草刈り(魚津市お客様)。
感想:
司馬遷の天道の不公平感の指摘(天道是か非か)
すなわち
自ら他人を弁護したために官刑に処せられた不条理事案と
善人が報われない歴史の著述については
多くの人が共感してきただろう。
現代においても
なぜ
東北大震災で多くの人が帰天し
富山県人のような根性悪(わたくしの感想です)が
たいして災害に遭わず、のうのうと生きているのか
疑問でしたし
アメリカの貿易センタービルに勤務していた人々も
真面目な働きものであったに相違ないのに
テロで帰天してしまいました。
永井隆博士の
いわゆる浦上燔祭説は
大衆に訴求する顕教的な形で流布すると
様々な解釈や誤解が生まれやすいので注意が必要ですが
私は
東北大震災について似たような感想
善人が先に挙げられ、残った人は修羅の世で艱難に遭うのではないかという思い(3月11日は四旬節の金曜日だったこともあり)をいだきました。
善人が燔祭(ヒツジなどを丸焼きにする生贄)となってしまうのは
相対的に
悪人とその罪過の量が多過ぎたからではないかと考えると
今から
修羅の世に生きる人々ができることは
改心して真面目に生きるしかないと思います。
ウクライナやロシアの民が燔祭(ホロコースト)として捧げられるか
東アジアで
日本の民がまたしても燔祭の炎に包まれるか否かは
人類の生き様にかかっております。
終り
高橋記(戦争と平和の分析)