アントニオ猪木が難病を告白 喜寿を迎え「心アミロイドーシス」との闘い
デイリー新潮2020年07月26日05時57分
昨年、少し耳が聞こえなくなって病院にかかったんです。そのときにいろいろな検査をしてもらい、心アミロイドーシスという難病に罹っていることが判明しました。それが昨年の秋ごろです。なんでも、心臓にアミロイドという悪い“膜”ができているらしい。そのため心臓の機能が落ち、全身に充分な血液を送ることが難しくなるそうです。
この数年、息が苦しいと感じても、単に老化が原因だと思っていました。アミロイドという変な病巣が関係しているなんて意識もなかったな。いまはそのための薬を飲んでいるけど、これがまたべらぼうに高い。薬代のためにまだまだ働かなくちゃいけないよ。
〈 “燃える闘魂”アントニオ猪木は1960年、力道山にスカウトされ日本プロレス入り。デビューから60年が経つ。“いつ何時、誰の挑戦でも受ける”を信条にスポットライトを浴び続けてきた。しかし、「元気ですか!」と叫ぶ、あの力強さとは裏腹の難病告白。今年2月に77歳となり、「喜寿を祝う会」では元気に闘魂ビンタを喰らわせていたが、それも病いを押してのことか……。もっとも、紡がれる言葉はよどみない。淡々と、難病との闘いを語りはじめた。〉
思い起こせば、十何年か前、リングに駆け上がったときに“あれ? こんなに息切れするかな”と感じたのが最初でした。5、6年前からは階段の上り下りで息切れするようになった。それで何かあったわけではないんです。難病が分かってから振り返ると、私はだいぶ前から足が冷えやすくてね。いわゆる冷え性です。それと2年前に腰の神経の手術をして、車椅子生活だったときはむくみが酷かった。これらもアミロイドが原因だったんじゃないかな。
いまは、歩くのもちょっと苦しい。昨年妻を亡くして一人暮らしなので、倒れたりすると大変。だから体がキツいときは無理せず休むようにしています。コロナもあるし、施設に行ってリハビリする時間も取れない。外出を極力控え、自分なりに自宅の廊下などを歩いています。これまで心臓のトレーニングはしてきたんですが、アミロイドは別物。とにかく無理をしないというのが現在の基本です。
〈ここで一旦、猪木氏が直面することになった大きな試練に触れておきたい。「日本アミロイドーシス学会」幹事で丸子中央病院内科医・信州大学特任准教授の小山潤氏が解説する。
「肝臓で作られる、トランスサイレチンというたんぱく質の変性、沈着に起因します。このたんぱく質がさまざまな組織や臓器に沈着してアミロイドと呼ばれる物質ができ、臓器障害を引き起こすのです。アミロイドが心臓の心筋細胞間質に溜まった状態が心アミロイドーシス。アミロイドが心筋を圧迫して心臓のポンプ機能が異常をきたし、血液が送れなくなって心不全になるわけです」
息切れやむくみといった症状が出て、重い場合は夜間に呼吸困難になることも。発症から10年ほどで命を落とすケースも少なくないという。〉
高額な薬代
私は昔から心臓には自信がありました。マラソン選手が高地トレーニングをするような場所、たとえばエチオピアなどの空気が薄い高地でトレーニングを行ってきたからです。20段くらいの階段を走って上り下りする。これをものすごい数、繰り返しました。潜水も得意で、パラオなんかの海で潜ったりしました。海女さんじゃないですが3分近く潜れます。だから私の心臓は世界一強いんじゃないかと過信していたことになります。医師と話す中で聞く限りでは、結局、心臓は強いのに膜が被(かぶ)っちゃったわけです。それが働きを悪くしているから血液が循環せず、腰から下に血液が回らなくて、それほど寒くなくても冷える。ふだんから冷えないよう温めていますよ。
それからもう一つ。私の家族も心アミロイドーシスが死因だったのではないかと疑っています。うちの家系はみんな、心臓で逝っているんですよ。親父は56歳で亡くなり、兄も2人とも心臓でした。みんな突然パタッと倒れてしまってね。一番上の兄は、朝、寝室がある2階から水を飲みに降りたら、冷蔵庫の前で動かなくなってしまった。私の二つ上の次兄はがんも患っていたんだけど、いまから2年前、“ちょっと調子が悪い”と119番をしたら、救急車が来る前に急に倒れて逝ってしまいました。
それぞれの症状や死因について詳しく聞いてはいないけど、みんな心臓病です。いまとなっては心不全か心アミロイドーシスだったかも分かりません。でもうちの家系は、逝くときは心臓系だと覚悟しています。
聞けば、心アミロイドーシスという難病は、さまざまなことが判明してきたのはこの数年といいます。私自身は遺伝だと思っているんだけど、調べたところ、遺伝すると言う医師もいれば、遺伝じゃないと話す医師もいる。私も後天性との診断を受けましたが、現時点ではまだよく分からない部分もある。また、私は冷え性のほかにも糖尿病だとか胆石だとか多くの持病があります。先ほども言いましたが、私は心臓のポンプが弱くなって血液がうまく循環しない。それで手術もできないらしいんです。
で、医師と慎重に検討した結果、今年の3月からビンダケルという薬を飲みはじめました。最近、処方されるようになった薬で、治すというより進行を止めるものだと聞いています。心臓に網みたいにかかっているアミロイドを溶かしていくというのかな。薬を処方できる医師も日本にはそれほど多くなくて、まだまだ研究が進んでないんですよ。
それもこれも、これまでこの病気の存在が表に出てこなかったから。心アミロイドーシスは100万人に数人という難病中の難病とされる病気。患者数が少なすぎて、コストをかけて薬を作っても割に合わなかったのでしょうか。そのビンダケルは、昨年春ごろに追加になったばかりと聞いています。
効果のほどはと聞かれても、私にはまだよく分からない。周囲は、「よくなっているように見えます」と言うんですけどね。自分ではどこがどうよくなったのか、さっぱり分からない。薬は進行を止めるためなので、服用していなかったら、悪化していたかもしれません。正直、実感はないんだけど、むくみについては、ほとんどなくなりましたね。痛み止めのように効果が出るわけじゃないので難しいんです。薬が自分に合っているのかも分からないですし。
それと、なによりこれがやたらと高い。1日4錠、毎日飲まなきゃならない。1カプセルが約4万4千円。1日で約17万6千円だ。年間だとこれは莫大な金額になります(註・単純計算で年6400万円)。私は難病申請も認定されたのでよかった。どれくらい安くなるかは、詳しくは分かりませんけど。
副作用は気にしたことがないね。そうだ、副作用は薬代が高いこと! 本当に、薬価を聞いて、そんなにするのかよって。この歳でこれからも稼がなきゃいけないから大変ですよ。だけど私は、“落ちこんでもしょうがない。いつお迎えが来ても構わない”と思っています。罹ってしまったものは仕方ないですから。遺伝かどうかはまだはっきりしない部分もあるけれど、遺伝だったら、親父はいい遺産を残してくれたと思いますよ。なぜなら、セコい話だけど、この年齢になっても薬が高いから働くしかないんでね。頑張って自分の老体にムチ打たなきゃいけないから、家で寝たきりになんてなれない。その点はありがたいなあ。
今回お話ししたのも、いまさら隠し立てすることはないと思ったからです。「元気ですか!」の掛け声通り、私は元気と健康が売りものですが、実際は本当に傷だらけ。傷は歳の数より多いぐらいです。首から肩から膝から、全身、手術しました。それでもこうやって生かされている。それ自体がありがたいと感じています。
アミロイドは知らないことが一番怖い。知っていれば対処法も分かる。それも私が公表した理由です。これから研究が進めば患者数は増えるんじゃないかな。というのも、これに罹患しながら気づいていない人が多いらしいから。心不全だと思っていたら、実は心アミロイドーシスだったという人が増えると思います。
隠れた罹患者
〈 猪木氏が言うように、専門家も、今後、心アミロイドーシスの患者数は、検査の普及によって増えると予測している。
今年3月、日本循環器学会などが策定した心アミロイドーシスの診療ガイドラインには、実数は示されていないが、現時点では《100万人あたり6・1人と推定される》。このガイドライン策定にたずさわった、高知大学老年病・循環器内科教授の北岡裕章氏がこう語る。
「心アミロイドーシスの患者さんはご高齢の方が多く、いままでは精密検査を行う負担が大きすぎました。従来の検査は心筋生検といって、カテーテルを使って心臓の組織を採取し、アミロイドを確認していたのです。しかし近年は、放射性医薬品を注射で投与する核医学検査でかなりの確率で疑うことができるようになってきました。この検査方法はまだ保険適用外ですが」
適用されれば、隠れた罹患者が把握でき、患者数は万単位まで増えることが考えられるという。これによって対処・予防を行えば、心不全による死亡を抑えられるかもしれない。
「現在、日本国内には100万人を超す心不全患者がいるとされ、今年は120万人に達すると推計されています(註・がん患者も約100万人)。それだけ多くの心不全患者が入退院を繰り返しているのです。医学の世界ではこの問題への関心が非常に大きいのです。心不全患者のうち心アミロイドーシスと判明した患者さんは、猪木さんと同じようにビンダケル服用で進行を抑制することができるかもしれません。ビンダケルは2年前に海外で、ご高齢の方に多い心アミロイドーシスに効果があることが分かり、日本でも昨年から保険が適用されています。まずは、正しい診断が大事ですので、心不全の患者さんは専門医を受診されることをお勧めします」(同)
心臓の不調で悩む人々のうち一定数に起こり得る心アミロイドーシスの進行を、ビンダケルの服用で止められる。猪木氏の告白は、そんな事実を世に知らしめる意義もあるのだ。なお、懸念のある方は日本循環器学会が公表している「ビンダケル導入施設・医師認定」の一覧を参照いただきたい。全国の大学病院など80カ所の施設で約100人の医師がこの薬剤を扱っている。
ところでビンダケルの薬代だが、厚労省の難病指定により患者の自己負担額にも補助を受けられる。厚労省に訊ねると、
「ビンダケルはファイザー株式会社から発売されています。今年4月時点の価格が1錠4万3672・8円ですが、15年1月に難病指定された心アミロイドーシスでは保険が適用され、自己負担は2割。年収で決まる市町村民税の課税額により、負担額には上限があります。年収80万円以下の方は月2500円、年収810万円以上になっても月3万円です」
患者は最高で年36万円支払えばいいわけだ。さて、最後に猪木氏の話に戻るが、その口調は“いつ何時、誰の挑戦でも受ける”と言わんばかりに滑らかになった。〉
心アミロイドーシスのおかげでまだまだ自分にムチを打たなきゃいけないけど、変わったことがある。体重を気にするようになりましたね。朝と夜、体重を測る。まあ、その変化が心臓や体調にどう影響するかは分からないけど。
いまは2キロ増えただけでも体が重たく感じるんです。これまでは2キロなんてどうってことなかったのにね。幸せなことに、友人や関係者、みんながご馳走を用意してくれるから、残したら悪いと思って食べすぎちゃう。すると2キロくらいすぐ増えるじゃないですか。病気が分かるまでは、全盛期は3キロくらいの肉を食べていたけど、ヒレ肉をちょっとつまむ程度になりました。
これからは食事面も厳しく管理して、付き合いも控えるように心掛けなくてはいけません。最近は私の病気を知っている人が増えてきたのと、コロナもあって会食には行かずに済んでいるね。妻を亡くして一人だから、食事は事務所関係者が用意してくれる。サラダと適当なおかずが多い。炭水化物はほとんど摂らないかな。やっぱり肉を食べたくなるときもあるけどね。
みんなは私に、「100歳まで生きてください」と言う。100歳まで元気に生きられればいいけど、それだけを目標にするのではなく、どう生きて、考え、どのように行動できるかが重要です。元気にしていれば心のリハビリにもなる! 私自身の心のリハビリとしての目標の一つは、世界のごみをきれいにしたいということ。
また猪木が大風呂敷を広げていると笑われるかもしれないけど、これからは環境問題や汚染問題に取り組んでいきます。まだまだ、「元気ですか!」の精神でアミロイドを倒しますよ!
「週刊新潮」2020年7月23日号 掲載