食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

ナス科の作物-ヨーロッパ人到来以前の中南米の食(5)

2021-05-02 18:52:25 | 第四章 近世の食の革命
ナス科の作物-ヨーロッパ人到来以前の中南米の食(5)
ナス、トマト、ジャガイモ、トウガラシは私たちの食卓によく上る野菜ですが、すべて「ナス科」に属しています。そして、このうちナス以外はみなアメリカ大陸が原産地となっています。

これらの新大陸の食材はコロンブスがアメリカ大陸に到達した以降にヨーロッパ人によって西洋に持ち込まれ、品種改良されながら世界中に広がって行きました。そして現在では各国の料理に無くてはならないものになっています。例えば、トウガラシの無い韓国料理やトマトが無いイタリア料理は想像できません。

今回は現代の料理には欠かせない新大陸のナス科の作物について見て行きます。

************
ナス科植物は100属、2500種の植物が知られているが、主なものとしては食用となるナスやトマト、ジャガイモなどが属するナス属、トウガラシなどが属するトウガラシ属のほかに、商業的に重要なタバコなどが属するタバコ属、チョウセンアサガオなどが属するチョウセンアサガオ属、ペチュニアなどが属するペチュニア属、ホオズキなどが属するホオズキ属などが知られている。

ちなみにナス科はヒルガオ科とともにナス目に属しているが、ヒルガオ科にはアメリカ大陸原産のサツマイモが含まれている。

ナス科が生まれたのはアフリカとされている。以前は、プレートテクトニクス理論で現在のアフリカ大陸・南アメリカ大陸・インド亜大陸・オーストラリア大陸・南極大陸がひとまとまりの「ゴンドワナ大陸」であった頃にナス科が成立したという説が主張されていた。しかし現在では、各大陸に分離した白亜紀(約1億4500万年前から6600万年前)の終わり頃にナス科が誕生したのではないかと言われている。そして、アフリカから動植物の移動にともなって各大陸に広がり、それぞれの地域で独自の進化を遂げたと考えられている。

ナス科の代表のナスはインド東部が原産で、日本には奈良時代に中国を経由してもたらされたと考えられている。平安時代になると日本国内で広く食べられるようになり、江戸時代には野菜の中でもっともよく食べられる野菜になったと言われている。
それ以外の人類にとって重要なナス科の植物のほとんどのものがアメリカ大陸原産だ。ジャガイモについては既にお話したことがあるので、今回はトマトとトウガラシについて取り上げる。まずはトマトについて見て行こう。

・トマト
トマトは日本の家庭で購入金額がもっとも多い野菜であり、世界的にももっとも消費量が多い野菜だ。ちなみに、トマトを生食するのは日本人くらいで、他の国では熱を加えて調理してから食べる。



トマトの原産地はアンデス山脈の高地であるが、栽培は西暦700年頃からメソアメリカで始まったと考えられている。16世紀にスペイン人がやって来た時には、アステカ人によって栽培品種として確立されていた。野生種のトマトは果実の大きさが1~2㎝だが、栽培化によって3~5㎝と大きくなっていた。ちなみに、現代では10㎝以上のものが通常で、これはヨーロッパに渡った以降の品種改良によるものだ。

アステカの人々はトマトを「へそが付いたふっくらとした果実」と言う意味で「ジトマティル」と呼んだが、これがトマトの語源になった。アステカ人は、トマトには子を産む力を高める効果があると考えていたそうで、トマト料理を新婚夫婦への贈り物としたらしい。

アステカの記録には、現代のメキシコでも食べられているトマトを使ったサルサ(サルサとは料理やソースの意味)のレシピが残されている。例えばメキシコ料理でよく使われるソースの「サルサ・ロハ」はトマトにトウガラシなどの香辛料を加えたもので、その歴史はアステカ時代までさかのぼることができる。

トマトはスペイン人によってヨーロッパにもたらされるが、しばらくの間毒があると思われていたため主に観賞用の植物として栽培されていた。一般に食べられるようになったのは18世紀になってからだ。

・トウガラシ
ナス科トウガラシ属の主な栽培種には「アニューム」や「シネンセ」などがあるが、もっとも広く栽培されているのがアニューム種だ。アニューム種には「トウガラシ」や「タカノツメ」などの辛味種と、「ピーマン」「パプリカ」「シシトウガラシ」などの甘味種がある。



トウガラシやタカノツメなどの辛味種が辛いのは辛み成分の「カプサイシン」が含まれているからだ。カプサイシンが口の中に入ると痛覚神経が刺激されて「辛い感覚」が生じる。また、交感神経が活発化することで発汗が促進され、心臓の動きも激しくなる。そして、大量に摂取すると死亡することもある。

トウガラシの赤色が辛味の成分だと思っている人がいるが、それは間違いで、あの赤色は辛味とは関係のないカロテンの仲間(カロテノイド)の「カプサンチン」の色だ。赤いパプリカの色はこのカプサンチンのせいで、カプサンチンが少ないと黄色のパプリカになる。ちなみにピーマンは緑色をしているが、これは未成熟のためであり、成熟すると赤色や黄色などに変わるものが多い。

トウガラシが属するアニューム種の起源地はメソアメリカと考えられていて、紀元前6500~5000年頃と推定される地層から栽培種の跡が見つかっている。この品種(辛味種)はアメリカ大陸の各地で紀元前から栽培が行われて来た。1世紀頃の中央アンデスの遺跡からトウガラシの図柄が入った織物が発見されている。

シネンセ種の代表的な品種は、とても辛いことで有名な「ハバネロ」だ。シネンセ種の起源はアマゾン地域の低地帯と考えられており、そこからメソアメリカや中央アンデスに伝わって紀元前2000年頃から栽培されるようになった。


ハバネロ(Ted ErskiによるPixabayからの画像)

ところで、トウガラシなどの辛さの単位に「スコヴィル」が用いられている。これは人が辛味を感じられなくなるまで砂糖水でどれだけ希釈するかということを示していたが、現在では機械を用いた測定で決められている。ちなみにタカノツメは約5万スコヴィルで、ハバネロは約30万スコヴィルと言われている。

トウガラシはコロンブスによってスペインに持ち帰られ、品種改良とともにヨーロッパ全域に広がった。特にオスマン帝国の支配下にあったハンガリーで盛んに栽培され、「ハンガリー料理と言えばパプリカ」と言われるほどになる。