食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

ルネサンスの天才料理人メッシスブーゴ-ルネサンスと食の革命(3)

2021-05-24 18:17:58 | 第四章 近世の食の革命
ルネサンスの天才料理人メッシスブーゴ-ルネサンスと食の革命(3)
ルネサンス期の絵画・建築の分野ではミケランジェロやレオナルド・ダ・ヴィンチのような「天才」と呼ばれる人物が出現しました。

料理の世界でも彼らと肩を並べると言われている天才がフェラーラというイタリア北部の都市に現れます。その名は「クリストフォロ・ディ・メッシスブーゴ(Cristoforo di Messisbugo)」と言い、彼はフェラーラを治めた貴族エステ家の料理人として腕を振るいました。

今回はメッシスブーゴの足跡をたどることで、ルネサンス期の貴族の食を見て行きます。

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フェラーラはイタリア半島の付け根あたりにある都市で、ここから北東90㎞くらいのところにはヴェネツィアがある。フェラーラはフィレンツェよりも先にルネサンスの文化が花開いたことで知られている。

13世紀からフェラーラ一帯を治めていたのがイタリアの有力貴族のエステ家だ。エステ家は先進的な貴族で、彼らが文化を保護し都市開発を進めた結果、フェラーラは「理想都市」と呼ばれるようになるまで発展した。


エステ家のエステンス城(Image par Filip Filipović de Pixabay)

今回の主人公であるクリストフォロ・ディ・メッシスブーゴ (生年不詳~1548年)は、1524年から1548年にかけてエステ家君主のアルフォンソ1世とその子エルコレ2世に仕えた使用人兼料理長だ。エステ家主催の数多くの晩餐会などを切り盛りしたが、その能力が王族・貴族から高く評価され、1533年には貴族の称号を授けられている。

メッシスブーゴは研究心が旺盛で、手に入るあらゆる食材の調理法や保存法の開発に取り組んだと言われている。例えば、パスタを料理に本格的に使用し始めたのは彼と言われているし、キャビア(オオチョウザメの卵)の調理法も残している。また、コメとサフランを使った料理のリゾットの原型を作ったとも伝えられている。

またメッシスブーゴは、ルネサンス期の料理の味付けの変化にも大きな影響を与えたと考えられている。それまでの中世の上流階級の料理は酸味が強く、大量の香辛料が使われてかなりスパイシーだった。それがルネッサンス期になると、ここに砂糖の甘さが加わるのだ。この風味の変化を促したのがメッシスブーゴらルネサンスの料理人たちだ。その頃にはフェラーラにほど近いヴェネツィアに大量の砂糖が運び込まれており、砂糖を料理に存分に使えるようになっていたのだ。

しかし後に見るように、ルネサンス期が過ぎると過剰な香辛料や砂糖の使用は食材本来の味を損なうとされ、香辛料は主にメインの料理に控えめに使用されるようになり、砂糖もメインの料理ではなく主にデザートに使われるようになる。

メッシスブーゴはエステ家では単に料理を作るだけでなく、晩餐会全体の演出も担当していた。古代ローマで食事の合間に余興が楽しまれていたように、食事の合間に音楽を流したり、道化師に曲芸を披露させたり、出席者にゲームしてもらったりと、様々な趣向を凝らしたらしい。そして晩餐会が終わると、招待客に心のこもったお土産を手渡したという。

以上のようなメッシスブーゴの功績を広く世に知らしめたのが、彼の著作の『晩餐会、料理の構成と食器・小道具一般について(Banchetti, compositioni di vivande, et apparecchio generale)』だ。この本の執筆は1539年までに終わっていたが、出版されたのはメッシスブーゴが亡くなった翌年の1549年だ。この本は多くの人に読まれるベストセラーとなり、15版まで版を重ねたと言われている。

本は三部構成で、最初のセクションでは食材とその入手方法から調理器具や食器、装飾品まで、晩餐会に必要なものがリストアップされている。続くセクションでは、彼が担当した10数回の晩餐会のコースについて説明があり、最後のセクションには、パスタ・ケーキ・スープ・ソース・スープ・乳製品の6種類にグループ分けされた323のレシピが載せられている。

ここで、1529年に開催された晩餐会に出された一部の料理を紹介しよう。

ウズラのロースト・松の実の入りオニオンスープ・子牛にパンをまぶして油で揚げて砂糖とシナモンをまぶしたもの・自家製ハトパイ・マスの卵のパイ・ロイヤルソースでローストしたヤマウズラ・砂糖とシナモンでローストした魚・松の実の砂糖漬けの甘いソースで覆われた魚のフライ・ヤツメウナギのソース焼き・ソースとマスタードで覆われた揚げイシビラメ・オレンジと砂糖を入れたイワシの揚げ物・上にオレンジを乗せた揚げスズメ・鯛のパセリとネギのグリル・梨パイ・栗のタルト・果物各種

やはり砂糖がいっぱい使われていて、現代人にはとても甘そうだ。