食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

びん詰食品の歴史-アメリカの産業革命と食(5)

2022-04-23 15:45:38 | 第五章 近代の食の革命
びん詰食品の歴史-アメリカの産業革命と食(5)
最近は店先に並ぶ食料品の容器としてはプラスチック製のものが主流を占めていますが、びん詰缶詰も多く使用されています。特に固形物についてはびん詰缶詰になることが多くなっています。

今回と次回では、このようなびん詰と缶詰の歴史について見て行きます。

産業革命前の欧米では、食料品の輸送に麻袋や木箱、樽、びんなどが使用されていましたが、小売店では19世紀末になっても、砂糖や小麦粉、コーヒー、茶、ドライフルーツなどは客の目の前で計量され、紙に包んだり、袋に入れたりして売られていました。

しかし、世紀が変わる頃になると、びん詰や缶詰になった食品が販売されるようになります。その背景にはどのような出来事があったのでしょうか?


(Engin AkyurtによるPixabayからの画像)

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ガラス製の容器は古代エジプトの遺跡からも見つかっており、かなり古くから使用されてきたものだ。そして、その技術が導入された古代ローマでは、一般庶民もガラス製のびんや食器などを使用していたことがわかっている。


ポンペイの遺跡から見つかったローマ時代のガラスびん(ポンペイ展より)

西暦467年の西ローマ帝国の滅亡によって西ヨーロッパのガラス製造技術は大きく衰退するが、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)やイスラム社会ではローマ帝国の技術が受け継がれ発展した。

西ヨーロッパでは8世紀に入ってガラス作り再開された。特に海洋都市国家のヴェネツィアはビザンツ帝国などとの東方貿易を支配していたことから、ガラスの製造法が導入され、ガラス製造の中心となっていた。さらに1453年にビザンツ帝国が滅亡すると、ガラス職人がヴェネツィアに移住したため、製造技術が格段に進歩する。なお、その頃のガラスびんに蓋をするには、ロウを染み込ませた皮や紙、そしてコルクが使用されていたという。

その後、西ヨーロッパの中心が地中海から北に移動し、フランスやイギリス、ドイツなどの国力が高まると、それらの国々でガラス製品の製造が盛んになった。そして、そこで技術革新が起きる。

ガラスは、珪砂(けいしゃ、石英を砕いたもの)・ソーダ灰(炭酸ナトリウム)・石灰(炭酸カルシウム)から作られるが、1670年代以降に、イギリスやフランス、ドイツなどで、これらに酸化鉛を主成分となるように加えることで無色透明なクリスタルガラスを作ることに成功したのだ。

さらに19世紀に入って工業化が進むと、ソーダ灰(炭酸ナトリウム)の大量生産が可能になり、さらにガラスの溶解炉も発達することによって大量のガラス製品の生産が可能となった。

さて、ここからは近代的なびん詰食品のお話だ。それは、フランスの菓子職人ニコラ・アペール(1750〜1841)の実験から始まった。

1795年にナポレオン・ボナパルト率いるフランス政府は、兵士に安全な食料を供給するための新しい食品保存法を募集した。アペールは14年にわたる実験の末、ガラスびんを用いた食品保存法を開発した。それは、肉や野菜などの料理をガラスびんに入れたのち、できるだけ空気を抜いてコルク栓でフタをし、沸騰したお湯に浸けるものだった。煮沸によって腐敗の原因となる細菌は死滅し、さらにガラスは細菌を通さないため長期保存ができるのである。

1810年にアペールはこの方法によってフランス政府から12000フランの賞金を授与された。そして『各種食肉・野菜を数年間保存する方法』と題する論文を発表した。この英語版はすぐにロンドンで出版され、アペールの新しい食品保存法は瞬く間にヨーロッパ中に広まった。

ルイ・パスツール(1822~1895年)のような科学者が腐敗の原因が細菌であることを明らかにするのは19世紀の後半であることからもアペールの先駆性がよくわかる。

アペールのびん詰の技術は画期的だったが、ガラスびんには口が大きくなるとコルクでフタをするのが難しくなるという欠点があった。また、コルク栓を密封するのにロウを使っていたため、開けにくいという欠点もあった。

これらの問題を解決したのがアメリカの職人だ。1858年に、現在でもよく使用されているネジ式の金属フタとびんが、アメリカの錫細工人ジョン・ランディス・メイソンによって開発されたのだ。フタの内側にはゴムが貼ってあり密封が可能となった。

このような新しい食品保存技術を用いて急成長する会社がアメリカを中心に次々と現れるようになる。その代表の一つがハインツ(Heinz)だ。

ハインツはドイツ系移民の子のヘンリー・J・ハインツ(1844~1919年)が1869年に創業した会社だ。初期の食品小売業はうまくいかなかったが、びん詰食品や缶詰食品を販売するようになって一大企業に成長する。最初の代表的な製品がトマトケチャップのびん詰で、発売以降トマトケチャップの世界シェア第1位を今でも守り続けている。

さらに1892年には、アメリカのウィリアム・ペインターがコルクをはめ込んだ金属製のフタの「王冠」を発明した。この発明によってビールや発泡性の清涼飲料水など内圧がかかるものでも安価かつ完全に密封できるようになったのである。

1898年には王冠を自動で付ける機械が開発され、ビールや炭酸飲料水の大量生産時代が始まるのである。