タマリの 希望・日常・幸せブログ あ~今日も一日おもろかったい

すっとこタマリのこれでもビジネスブログです。食卓の風景とともに,じわっと笑顔を届けます。

そうだった、わたしに帰ろう。

2016-08-23 11:19:11 | 陶器ギャラリー・隠れ家和菜 たまり
生まれたとき、私たちは全てを持っていて、生きていくうちにたくさんのものを失って行くって、言いますよね。

覚えていないけれど、幼い頃の私は、自然そのものだったとききます。

手を広げて、空にでも飛んで行きそうだったって。

病気になる前の長男もそうだったよなあ。

私は、あんなふうだったのか。

幼い私は山奥で育って、虫や、蛇や、いろんな動物や鳥やなんかと話が通じていた気もする。

どこで自分を見失ったんだろう。

人って、そうやって、訳のわからない自分を求めて、自分に返っていくのかな。

そもそも、私が見てるこの世界って、私が作り出したバーチャルみたいな気がする。

ゲームしてる子どもに大人は現実を見なさいって言うけど、そんなに違うのかな。

同じ景色でも、人によって見てる景色は全く違う事がよくある。

私に見えるものが隣にいる人には見えなかったり、その人には、私の見えないものが見えていたり。

ものすごくたくさんの生き方があって、それぞれが皆違うものを見てるような気がしてならないのは、私だけだろうか?

今にも空に飛んで行きそうだった私は、それだけで神様に愛されていた気がするなあ。

いっぱいついてしまった甲羅を脱いで、空に浮かぶほどに軽やかになりたい。

思いはやはり複雑

2016-08-23 10:01:47 | 陶器ギャラリー・隠れ家和菜 たまり
朝ごはんは福島の桃。

素晴らしく美味しいだけに、やっぱり思いは複雑になる。

果物が大好きなお友達には厳選して買ってきた。

何があっても、福島の桃はやはりブランド。

でも、これを、嫁さんにお土産にはしないし、もし孫がいたら、

「美味しいよ〜食べな〜」とは言わないだろうな。

でも自分は食べたいと思うし、生産者の真摯な必死な眼差しも見てきた。

木を、枝を、葉っぱを、一本一本高圧洗浄したんだそうですよ。

6月に桃の果樹園を訪れたときに、じっくりお話していただいたです。

この美味しさを作り出すまでの苦労、原発事故のこと、そのあとの下がらない放射線量を、下げるには一本一本の高圧洗浄だったこと。

聞きながら、その作業に従事した方々の被曝を考えていた。

みんなに家族がいて、子どもたちがいるんだろう。

おくさんと子どもたちは県外にいるのかもしれない。一緒に暮らしているのかもしれない。

何十年も桃を作ってきた人達に生き方を変えろと言って、簡単にできることでもないだろう。

そしてこの桃はこんなに美味しい。

福島の人にとってみれば、わたしはただの部外者だけど、それでも、様々な理不尽はやはり割り切れない。

割り切れない思いを、素直に持っていよう。

舌鼓打ちながら、涙がでる。