幼い頃から酷寒の地を、身内の手の者から逃れるよう放浪しながら暮らしていた氷河は、猫という生物は知っていても、猫と接したことがなかった。
氷河はいきなり部屋に押しかけてきた猫に、人間が食するのと同じ物を与えた。
だが一輝が忠告してからは、氷河は猫に一切、人間の食物を与えなくなった。
歯が弱くなるからと、ドライフードばかりを皿に盛り、ドライフードは腐らないからと、猫が食べるまで放置するようになった。
全て一輝と、その弟である、瞬の指示に従ってのものであった。
本物の猫だとて餌を変えるときには、前の餌に少しずつ、新しく与える餌を混ぜ、慣らしてゆくものだ。
それを--氷河はいきなりドライフードに切り替えてしまった。
猫ならまだしも、猫に化けた老人には、その食生活はかなり不満であった。
一輝のことは小馬鹿にしていても、攻撃まではしなかった猫に凶暴性が出たのは、その頃からであった。
--解ったか…ワシの人間の姿を捨ててまで得た楽園を、お前さんが無味乾燥なものに変えてしもうたんじゃ…。
ふと老人が、何かを思いついたように言葉を切った。
--そうじゃ、ワシが出て行くことはない。この仙薬を、誰かがお前さんに飲ませれば…。
老人の眸に陶酔の色が出た。
--ご老人、なにを考えて…。
老人が氷河や瞬だけではなく、幻術を用いて不特定多数の人間に、この効能を説明し、仙薬を渡す。
そうなっては沙織の呼び出しや、瞬からの招待などには応じられなくなる。
瞬や星矢ならイタズラで済むが、沙織に仙薬の効能があるうちに“グラード財団の総帥の任を--ぜひ、あなたに--”などと命じられたら、一輝の気ままな生活は終わってしまう。
--よし、ワシは今から出かけるぞ。断固として外出する。
勢い良く歩き出した爺の襟首を掴みかけた腕が、空を切った。
--待て、クソ爺ッ。
一輝は拳を構えた。
ここがどこなのかは解らぬが、部屋ではないのは好都合であった。この空間なら、壁や家具のことなど気にせず暴れられる。
--はて、なんじゃ、ソレは?
老人はすっと、小さな眸を細めた。
--オレは今、お前を叩きのめすことに決めた。
質(たち)の悪い生き物は追い払うに限ることに、一輝は決めた。
--後悔するぞ、お主…。
老人が一輝に向き直った。
--鳳凰幻魔拳。
性格の歪んでいる老人の精神を破壊すべく、一輝は老人に拳を向けた。
--若いのう、お主…。
老人の掌の中に光煌めくモノを目にした一輝は、急いでその場から避けた。
--キサマ…なぜ、そんな物を…。
老人が手にしていた鏡が幻魔拳の軌跡を跳ね返したのを目にして、一輝は狼狽した。
--ワシはこの仙術で、人間の精神に自由に入り込むことができる。お主の攻撃を躱すことなど、朝飯前じゃ。
老人は胸を貼った。
氷河はいきなり部屋に押しかけてきた猫に、人間が食するのと同じ物を与えた。
だが一輝が忠告してからは、氷河は猫に一切、人間の食物を与えなくなった。
歯が弱くなるからと、ドライフードばかりを皿に盛り、ドライフードは腐らないからと、猫が食べるまで放置するようになった。
全て一輝と、その弟である、瞬の指示に従ってのものであった。
本物の猫だとて餌を変えるときには、前の餌に少しずつ、新しく与える餌を混ぜ、慣らしてゆくものだ。
それを--氷河はいきなりドライフードに切り替えてしまった。
猫ならまだしも、猫に化けた老人には、その食生活はかなり不満であった。
一輝のことは小馬鹿にしていても、攻撃まではしなかった猫に凶暴性が出たのは、その頃からであった。
--解ったか…ワシの人間の姿を捨ててまで得た楽園を、お前さんが無味乾燥なものに変えてしもうたんじゃ…。
ふと老人が、何かを思いついたように言葉を切った。
--そうじゃ、ワシが出て行くことはない。この仙薬を、誰かがお前さんに飲ませれば…。
老人の眸に陶酔の色が出た。
--ご老人、なにを考えて…。
老人が氷河や瞬だけではなく、幻術を用いて不特定多数の人間に、この効能を説明し、仙薬を渡す。
そうなっては沙織の呼び出しや、瞬からの招待などには応じられなくなる。
瞬や星矢ならイタズラで済むが、沙織に仙薬の効能があるうちに“グラード財団の総帥の任を--ぜひ、あなたに--”などと命じられたら、一輝の気ままな生活は終わってしまう。
--よし、ワシは今から出かけるぞ。断固として外出する。
勢い良く歩き出した爺の襟首を掴みかけた腕が、空を切った。
--待て、クソ爺ッ。
一輝は拳を構えた。
ここがどこなのかは解らぬが、部屋ではないのは好都合であった。この空間なら、壁や家具のことなど気にせず暴れられる。
--はて、なんじゃ、ソレは?
老人はすっと、小さな眸を細めた。
--オレは今、お前を叩きのめすことに決めた。
質(たち)の悪い生き物は追い払うに限ることに、一輝は決めた。
--後悔するぞ、お主…。
老人が一輝に向き直った。
--鳳凰幻魔拳。
性格の歪んでいる老人の精神を破壊すべく、一輝は老人に拳を向けた。
--若いのう、お主…。
老人の掌の中に光煌めくモノを目にした一輝は、急いでその場から避けた。
--キサマ…なぜ、そんな物を…。
老人が手にしていた鏡が幻魔拳の軌跡を跳ね返したのを目にして、一輝は狼狽した。
--ワシはこの仙術で、人間の精神に自由に入り込むことができる。お主の攻撃を躱すことなど、朝飯前じゃ。
老人は胸を貼った。