天津ドーナツ

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目が見えないって小さいこと?

2011-07-07 16:50:03 | 顧問・アドバイザーから
天津市視覚障害者日本語訓練学校に行ったときのことです。



授業の感想を求められて、

「目が見えないというのは、大変なハンディだと思うのですが、

世の中には、体のどこかが動かない人も、心にハンディを抱えている人もいます」

と話したところ、



青木先生が、

「そうです。目が見えないというのは小さなことです」

とおっしゃいました。



先生ご自身、6歳のときに光を失い(目が見えなくなったという意味です)、

アジアの視覚障害者のために何ができるのかを考え、日本そして中国に

視覚障害者の学校を作っています。



特に中国の日本語学校は、中国でも唯一の視覚障害者日本語訓練学校で、

日本政府からも中国政府からも表彰されています。



そして、なんと、あの宋祖英さんに表彰状を手渡され、

「茉莉花」を歌ってもらったのです。(いいな~)



また、私が見学したときに、生徒の中に「千手観音」のチームで琵琶を弾いている

人もいました。

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目が見えない、耳が聞こえない、手や足が動かない、

貧しい家庭で育った、(河南省のように)大学合格ラインが他県より高い、

面倒を見なければいけない人がいる、他人と交流できない、



などのハンディを持っている人は、すくなくありません。

ある人は、生まれたその場所が悪かったとしかいいようのない

ハンディを抱えています。



「不幸など存在しない、不幸だという解釈が存在するだけだ」という人もいますが、

それでも、やはり不幸だとしか言いようのない状態はあると思います。

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その上で、

目が見えない人が、「こんなことは小さいことだ」と言えるのであれば、

私たちのような大学で生活をしている健常者には、どんな大きなハンディがあるのでしょうか。



「先生、宿題が多くて…」

「能力試験の単語が覚えられなくて…」



視覚障害者でも能力試験のN2、N1に合格していますし、

中には150点以上の学生もいます。

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大学の教室を回ってみると、その理由がよくわかります。

空き時間に教室にいる学生は少なくないのですが、

勉強をしているのではなく、「教室にいるだけ」なのです。



教室に座っていればご飯が食べられる、寝るところもある、

それなのに、何で勉強しなければいけないのか、

そう考えるようになっても無理はありません。

何しろ、「小皇帝」として育てられた学生が大部分なのですから。

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「こんな甘ったるい現場は、一日でも早く離れたい」

そう思ったことは、数え切れないぐらいあります。

そのほうがどれだけ楽か、分かりません。



でも、今の自分が持っている環境や条件で、最大の努力をしない人が、

別の場所にいっていい結果が出せるとは思えません。

だから、私はこれからも大学日本語科の中で、日本語科の改善に取り組みます。

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障害者のことを「チャレンジド」と呼ぶそうです。

「障害ではなく挑戦する人」という意味ですね。



大学日本語科にも私自身にも、少なくない障害がありますが、

障害ではなく「チャレンジ」だと思えばいいのではないでしょうか。

大学生のみなさんも、「自分の生活は苦しい」と考えるのではなく、

「チャレンジがいっぱい用意されている生活だ」と考えてみたらどうでしょうか。