歴史は繰り返されると言われるが、文明とはいったい何であろうか。著書『サピエンス全史』を書いたハラリ氏は、民放のインタビューに答えて、これから人間はますます個人主義化し、 “戦争と競争の時代”に突入し、10年後の世界は予想できないと言っていた。10年後というとすぐであり、戦争のない平和な世界を願わずにはいられない。人間にとって文明とは、①便利なものを作ること、②地球が住みやくなること、③地球を大切にすることだという。
日本はいま、新型コロナや地球温暖化で右往左往している。少し高い代償になっているが、この経験を活かせばよいのである。過去の歴史を振り返ることによって見えてくるものがある。そのために、日本や世界に関する歴史の本を読みあさっている。中国、朝鮮、台湾、アフガジスタン、イラン、ヨーロッパなど、知らなかった世界の歴史が見えてきた。我々は、歴史から何を学ぶのであろうか。
歴史は、過去の出来事の記録ではない。未来へとつながるものである。歴史を学ぶことによって、今を知ることができる。だから、世の中の制度の矛盾を正すためには、歴史を学ぶ必要があるのだ。過去を学ぶことは、過去の過ちを学ぶことである。歴史を学ぶことは、自分の生き方を考えることである。だから、未来とは過去から現代、そして現代から続く延長線上にあるのだ。
歴史を学ぶ時、何が真実だったかを明らかにしなければならない。いずれの時代にも、何らかの歴史観に基づいて歴史教育は行われてきた。歴史教育は、政治的、宗教的影響を受けてきた。だからこそ、天皇崇拝の教育に見られるように、歴史を鵜呑みにすることはとても危険なことである。
例えば、ひとつの歴史的な出来事でも日本、中国、韓国では、解釈の仕方や認識が違うのである。それが国際間の紛争のタネになることもある。韓国の慰安婦問題がまさにそうである。
歴史の勉強で大切なことは、自分なりの世界観や歴史観を持つことである。未来は、一寸先が闇である。今の矛盾の原因は過去の出来事に内包されているので、いま起こっている現象ばかりに目を奪われたら矛盾の解決は出来ない。
なぜ太平洋戦争に至ったのか。その原因は、日本の歴史を理解しなければ分からないのである。歴史が分からなければ、戦争を無くすことが出来ないのである。愚かな失敗を繰り返さないためにも、歴史を学ぶ必要がある。
過去の過ちは過ちとして教訓にして、日本を作り直すために知識を身につける必要がある。そのためにも、歴史は学ばなければならない。日本の歴史を振り返ると、あれだけ多くの悲惨な犠牲を払いながら敗戦から何も学んでいない。作家 三島由紀夫は日本の国を変えようとしていた。そして、戦地に赴き命を落とした友人のためにも、生き残った者の役割を真剣に考えていた。
私たちは作家三島由紀夫氏のように、日本という国をどのような国にするのか、アメリカの思惑にとらわれず、自分の意思で作っていく必要があるのだ。戦後の日本は、日米地位協定のようにアメリカの言いなりになっていた。これからの日本を作っていくことは、戦争で犠牲になった人々への鎮魂になるのだ。
歴史は、人生の生きる意味を教えてくれる。歴史から、人間という本性を学ぶことができる。人間の本性は、他の動物と同じで我欲を捨てられないと思う。だから有史以来、この地球から人間同士が殺し合う戦争がなくならないのである。
「十勝の活性化を考える会」会員
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