素晴らしい技術や才能溢れる方々はたくさんたくさんおられますね。
私の知らない世界もたくさんたくさんあります。
すごい世界を作られる方は世界中たくさんたくさん。
私の知らない世界もたくさんたくさん。
昔は怖じ気づいてました。
縮こまってた。
子供の頃に諦めた世界を再開するに当たって
歳を取りすぎてしまったと嘆いてたんです。
でも
大した才能なくても
歳をとっても
大切なことは
大好きという気持ちでした。
私が風のあとりえをつくろうとしたのは
もちろんそんな自分の背中を思い切り押してくださった方のおかげだけど
作りたい世界を作るためだなと想います。
これまでもそうでしたが
もっともっと表現したいことを表現するため
まだやっと一歩。
夢の中に現れてくる作品を作るには
まだまだこれから作り込まなきゃなりませんけど
私の生命のあるかぎり
表現したいです。
それはもう
美大などで基礎を学び
技法学び
表現の多様性を学んだり色んな人に若いときに出会ってたら
変わったかもしれません。
独学は回り道遠い道の連続だから。
けれども随分長い回り道の中で
諦めかけてくたびれかけてため息つきそうになってたときに
不思議な出会いはたくさんたくさん現れました。
人生は本当に最後までわからないものです。
若い方々に
人生を途中で捨てないでもらいたい
そう想いました。
私の失敗や様々な困難も喜びも
人生を捨てないでほしいと言う反面教師になるのなら素晴らしい。
私が取り組み
あたふたしながらも生きていく姿を晒すことは
かっこよくないかもしれません。
失敗もするし
ダメなこともしたりする。
気づいて改めて
コケたりするけどまた起き上がって。
賢くスマートに生きていく人もたくおられますし。
少しずつだけど
表現磨いて
生命の花を咲かせたい
山で遊んだ子供の頃
作ったガラクタは音楽のようだった。
そして覗いたピアノの先生の、窓から見えた世界も
とても面白そうでした。
おるごーるに出会ったのもその頃で
祖母に連れられた高島屋で
おるごーる買ってもらい
夢中になりました。
亜土ちゃんの箱のおるごーるや
陶器の貴族のお人形
陶器でできた花篭
木の彫刻のもの
ヴァイオリンに天使が飛んでるもの
大きなフランス人形に組み込まれたもの
ビスクドールのおるごーる
私はおもちゃは持たなかったけど
おるごーるはたくさん持ってました。
祖母はなぜか私に
そんな宝物を
職人仕事の合間に高島屋のインテリアの階に連れて行っては買ってくれました。
いつも高島屋で行く場所はなぜか家具やインテリアの階。
その後は食器やカトラリーの売場。
おもちゃ売り場は決していかない祖母でした。
私はそこに広がるマイセンや
立派な家具や調度品の様々をいつも見ていました。
祖母はいつも私に何にも言わずに
その売場を回ったのです。
そしてそんな調度品の合間に売られてる陶器や人形のおるごーるを
時々買ってくれました。
心がざわざわするときに
聴くとスーッと落ち着きました。
玄関先で小さな糸鋸から始めたおるごーる作り
夢は広がり続けています。
最初は
息子のために作り始めたお母さんのおるごーるでした。
それがどんどん小さな芽が伸びるように
育って行きました。
枝葉を伸ばし
ぐんぐん育ち
そうして
いつか誰かが
木陰で語らったり休んだり
笑顔が溢れる場にしたいんです。
風のあとりえは
そんなゆのんの物語が
広がる場所にしたいんです。
華やかな薔薇じゃないかもしれないし
美しい見事な大輪の花でもないでしょうし
でも
春の野の花みたいな
素朴であったかい人生のお花を咲かせて
私は私なりの人生を展開したらいいのだなあって
想えるようになりました。
これも色んな方々のおかげです。
失敗が人より多いと笑われますが
失敗たくさんたくさんあるからこそ
気づけなかった事に気づけたのかなあと
ちょっと前向きに考えて
自分の子育ては終わりましたから
自分育てというか
今度は自分の素朴な花を咲かせ
安らぐ場所を作りたいです。
創作は進化します。
想像する世界は歳をとっても全然止まらない
それより
若い頃より伸びしろ大きいわ。と、言うと
息子に笑われるのですけれど
それでいいんだと思っているのです。
山や川で遊んでいた自分の中に
初めて海のエレメントが入ります。
とても不思議な気持ちです。
とにかく始めてみます。
風のあとりえ
それは最終というわけではありません。
風のあとりえも進化します。
私の世界が進化したら
場も環境も進化する
そんなことをこの5年ほどで学ばせてもらった気がします。
これからスタートします。
人生の期間なんかわからない。
それよりも
今できること
精一杯してゆきたいです。