遠い昔の郷愁の風景の中にあって、久しく会えない人のように、
少年の日の鮮烈な記憶に刻まれながら、再び巡り会えなかった切ない夏の思い出。
もう二度と会うことは叶うまいと諦めていた。
ところが、出会ってしまった。
まったく偶然に。
その場所は亡き父母が元気な時分に、散策の道としていたところ。
さすがに足腰が弱ってからは、その急な山道を登ることは叶わず、
私と共に散歩するようになってからは端折っていた。
ところが今日、木蔭の水場に吸水にきた黒揚羽に誘われるように、
さらにその先の山道へと足を踏み入れた。
蝉しぐれの九十九折を息を切らせながら登った。
よくもこんな坂を、老いた二人が登ったものだと、半ば呆れながら。
八月の正午過ぎの陽射しは容赦なく、吹き出す汗にもう引き返そうかと思案していた。
やっと目的地の鳥居が見えてきた。
鳥居わきの茅場に薄紫の花が一輪。
「まさか?植栽か?」と疑った。
さらに茅場に分け入ると、ここにもそこにも、さらにその先の木蔭にも。
あきらかにこれは天然の自生の桔梗。平安時代に朝顔と云われた花。
遠い昔の記憶でも確かに、こんな茅場に咲いていた。
二度と会えまいと恋い焦がれた花に、やっと巡り会えた。
ワイルドフラワー(野生種)としての桔梗に。
これもお盆を前にして今朝、仏壇廻りを清掃して準備した見返りかな?
父さん母さん、ちゃんと週末には菩提寺へ会いにゆきますよ。
四丁目でcan蛙さんのブログで、6月にブラジルのリオデジャネイロであった国連持続可能な開発会議(リオ+20)において
ウルグアイのムヒカ大統領による感動的なスピーチが紹介されています。是非全文を御覧ください。
私たちの立っている足元を、よく見つめ直してください。
そしてこれからの私たちを示唆する「ハチドリの話」も。
ハチドリの話も童話的で有りながら、これからの世界の方向性を出しているような気がします。
本来の自然の中で咲く桔梗は、西日本では8月上旬ころの開花だそうです。
秋の七草も、半数以上が近郊の野外で見ることが困難になってきました。
元々中国伝来の帰化植物だったフジバカマは別にして、もっともその姿が激減したのは桔梗です(絶滅危惧種)
園芸種として庭先で普通に観られるので、その希少性があまり理解されていないようです。
山野草の写真を撮るようになって、ずいぶんこの花を探しました。
でもまったく行方知らず。
五芒星の花姿の美しさが災いしたのでしょうか?
やっと巡り会えました。
でも高知のmisaさんからは、メールで近所で観られるとか??
まぁ高知という土地柄は、希少種のカノコユリやムラサキセンブリが普通に観られるという特異な植物のアナザーカントリーですから(笑)
「ハチドリの一滴」良いお話ですね。
とにかく今私たちの出来ることから始めましょう。
原発の問題は単に一国のエネルギー問題ではありません。
地球の資源は限られているのに、私たちは、もう充分に満ち足りているはずなのに、常にそれ以上の欲望を促され果てしない消費を繰り返しています。
それがグローバリゼーションと云われる全地球型の経済システムです。
この果てしない欲望のシステムの中で生きる以上、原発を止めても何も変わりません。
オリンピックやワールドカップのような最も人の注目が集まるイベントこそ最大の消費を促す宣伝効果が期待されます。
私は元来、TVを観ないので苦にならない。
試合結果は別に翌朝でも問題ないでしょう?
その代わり、周辺の里山をずっと巡っています。
厳密に云うと瀬戸内沿岸の地方には、雑木林を有機的に利用してきた里山風景はありません。
降雨量が少なく気候が温暖な瀬戸内沿岸地方では、蜜柑に代表される果樹栽培が近郊の丘陵地で行われてきました。
私にとって物心ついてからの風景は、そんな見渡す限りの田園と山と里の接する辺りの果樹園の景観でした。
果樹を栽培するということは当然、農薬の散布が行われていたはずです。
でもまだそのころは、近郊の川には沢山の水棲生物が当たり前のように棲息していました。
もちろん水を張った田圃にも。
昆虫少年であった私は、近郊の丘陵地帯へも頻繁に通いました。
ため池があり、それに繋がる小川があり、蜜柑畑があり、クヌギが茂る雑木林があり、茅場もありました。
それら全てに人の手が入り、多様な昆虫や生物が溢れていました。
つまり山と里の接する辺りが、有機的に作用していたということです。
ところが現在は、蜜柑山の荒廃が進み、まったく人の手が入らないせいか照葉樹の生育が凄まじく、陽射しの差さない暗い山道が続きます。
植栽した杉林も手入れしないものだから野放図に枝を延ばし陽射しを遮り下草も生えない。
また孟宗竹が杉や照葉樹に対抗するように山を覆い輪をかけています。
私にとって少年時代の昆虫採集の皿ヶ嶺と並ぶ聖地であった杉立は、悲惨な状況でした。
あれほど多様な蝶や昆虫の姿が見られた場所だったのに。
またそれは現在読んでいる阪神大震災、東日本大震災以降の消費の動向「第4の消費」と、宮本常一の民俗学からみた生業へのアプローチ「生きてゆく民俗」と一緒に紹介したいと思います。
そんな事を考えながら、こちらに入りました。
偶然にも、今朝は、ムヒカ大統領のスピーチに二度も出会いました。
今の生活に慣れきってる私ですが、知らなかったことを、気づかせていただく為に、こちらのブログを読ませていただいております。
そうやって一人一人が自分たちの足元を見つめ直して、声を上げることが、とても大事だと思います。
以前から何度も云っていますが、黙っていることは、この理不尽な状況を肯定することなのです。
福島では被曝した双葉郡の10町村が独自に被曝手帳を配布しようとしています。
でもそれを受け入れたのは浪江町と双葉町だけでした。
他の町は、被曝を認定さることで生じる差別や偏見を恐れて保留しています。
認定患者に対する差別や偏見は広島や長崎でも、否あの水俣病の最後の認定においても差別が怖いと尻込みする人たちが沢山いました。
差別や偏見は「無知」からきます。
私は関係ないと眼を背けていることが一番危ない。
知らないと云うことは、風聞に簡単に取り込まれてしまいす。
無自覚であることは、現状ではとても罪なのです。
つまり、理屈通り決まり通りには必ずしもできない、
ってことが多いと思いますが、(多くの人間がそうではないかと?)、それでも、それぞれが、自分にできることをやっていることを信じたい。
ただ、企業論理に縛られてくると、組織論理で圧迫を受けてくるとその実践も危うくなってくる風土がありますね。百姓モドキ故に実践できても、無いようにも寄るが、組織人だと、野に下ってまではできないことも弱い自分にはあると思います。
ただ、
「I am only doing what i can do」の精神は心に持ち続けなければならないと思います。
ちなみに、我が家の庭にはキキョウがありますよ。
うちの山にあったのをだんだん盗掘されて無くなって
いくものですから何本か植え替えしたのですが・・
元の所は、もう完全になくなっています。寂しいことです。
あれは、キキョウじゃないのかなぁ~(笑)
のんびり寝転がって本を読むには最適の環境でした。
百姓モドキさん、仰ることよく判ります。
特に四国という狭い場所で、四国電力という群を抜く巨大企業に異を唱えるのは難しいでしょうね。
そして原発は国策ですからね。
I am only doing what I can do
ハチドリは、目の前で起きていることから目を逸らしていません。
他の動物たちが現実から目を逸らしている中、自分にできることを黙々とやっています。
広島、長崎、福島と三度も被曝した唯一の国、日本のこれからを世界が注目しています。
「もう一年以上も経ったんだからいいだろう?」じゃなく、
これから何が起こるのか、しっかり見てほしいのです。
福島も宮城も岩手も、あれから一年経っても何も終わっていません。
否、ほとんど何も始まっていません。