夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

芸術家Mのできるまで

2006-08-16 | art


 森村泰昌って人がゴッホとかに変装?して名作を再現したり、マリリン・モンローになって安田講堂でパフォーマンスをしたりしているのはなんとなく知っていて、どこかでひっかかりを感じていたんで、図書館で「芸術家Mのできるまで」という半自叙伝を見つけて読んでみました。

 彼の作品は悪ふざけのようにも、変な趣味のようにも見えますが、想像したとおりいたってマジメなものでした。出世作(と言うんでしょうね)になったゴッホの「パイプをくわえた自画像」のときは粘土と釘で帽子を作って、3時間かかってメイクし、挙句の果てに髪の毛を押さえるために巻いていたゴムバンドで鬱血して失神しても撮影を敢行したんだそうです。この作品までは、80年代という今から考えればうわついた時流に乗って、心地よく品のいいモノクロ写真を撮っていたのに、どぎつい色の写真(ゴッホの作品とそっくりにしようというんですから当然です)を発表した時の世間の反応を次のように書いています。

 このときの体験は、私には不思議な反転現象だった。社会の仲間入りをはたそうと努力してきたこれまで、あんなに不親切きわまりなかった社会だったのに、たてをついて怒鳴ってみたら、はじめて社会は真剣に振り返ったのである。絶縁状を叩きつけ、芸術によって「反社会」を宣言したら、相手は絶縁とは反対に、興味をしめし自分からこちらに歩み寄ってきた。(46ページ)

 時流というのは気まぐれな専制君主(今の時流で言うとご主人様かなw)のようなもので、媚びてくるものは拒み、たてつくものには時に恩寵を与えるものなのかもしれません。もちろんほとんどの場合は黙殺か扼殺なんでしょうし、それこそゴッホもゴーギャンもセザンヌもおそらく喉から手が出るほどその恩寵を待ち望んでいながら、その城門を開ける呪文がわからなかったんじゃないかと思います。

 幸運に恵まれた彼は言います。「私はゴッホになったことがある」この言葉は「作品を外から鑑賞するのではなく、中から体験したのである」という意味だと一応理解しておきましょう。私としてはこういうまとめ方は読書感想文的で好きではなく、「ゴッホが粘土と釘でできた帽子をかぶっていたことに気づいた」と言いたいんですけどねw。……で、実はこの本の本編の最初にこの言葉が唐突に出てきて、「おかしなことを言うなあ」とひっかかりを感じながら読み進めて行くと、さっきのような創作上の苦労話が出てきて、絶縁状という言葉でゴッホになる「必然性」が納得させられるという仕掛けになっています。……この過程は彼の作品を受け入れる際の、異物感から親近感(最後まで居心地が悪いことを含めて)を抱く過程と同質のものだと言っていいでしょう。もちろん彼自身も言うように、芸能は広く多数にウケなければいけないのに対し、芸術は少数の人間に深く食い入らないといけないわけですから、彼の作品を全然評価しない人がいてもかまわないんですが。

 この本は彼がヴェネチィア・ビエンナーレのアペルト(オープン)部門で注目されるようになり、メジャーになっていくまでの話と人見知りで妄想癖のある少年時代の思い出話が交錯しながら描かれています。私も同じ大阪生まれで、彼が生まれ育ち、活動の場にしている鶴橋(コリアン・タウンとして有名です)の辺りもよく知っているので、なつかしい感じがしました。中でも自由な校風で知られる高津高校の美術部の顧問の先生がとても暖かく描かれています。彼の母校の美術部は全国的にも有名であったらしく、体育会系のノリなんですが、その先生は説教めいたことも言わず、生徒が画家になるのを勧めたりもせずに、しかし個展を開いたりすると目立たないように来てくれるような人物であったそうです。……ニューヨークでの個展のポスターを持ってきた彼にこう言います。

 「君は十分すぎるほどやった。もういつやめてもいいんやで」
 「頑張れ」と声援を送るひとはあっても。「やめてもいい」と言うひとはまれである。作品を作る行為の苦労を知ったひとにしか言えない、愛情あるひと言であろう。(140ページ)


 
 このときのポスターにはこのクラナッハの「ユーディット」をモチーフにした作品が使われていました。彼はそのことについて語りませんが、恩師の言葉と無関係とは思えません。


 ここでお願いです。話は全く違いますが、夏だからということもあって怪談を書きたいなって思っています。とは言え、例によって自分でネタを考えることができないので、みなさんからお題でもあらすじでもいいんで何かキッカケをいただければ幸いです。



最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
すっごくおもしろかったです (ぽけっと)
2006-08-16 21:41:58
粘土と釘の帽子がどうにも気になって、ネットで森村さんが子供向け?に美術の解説をしているのがあったので見てみました。

帽子の謎もわかったし、読み進むうちあまりのおもしろさにPCに向かって吹き出してしまったところもありました。

人間的にも魅力ある人なんでしょうね、きっと。

ちょっと前に、遊ブン学部娘が、観てレポート書かなきゃいけないから一緒に行こうよ、というので上野に来てたプラド美術館に行きました。

ふたりで「風に飛ばされそうになって困っている天使の心の声」なんていうのをひそひそ実況しては声を押し殺して笑いながら観て回って楽しかったものの、ある種罪悪感はありましたが、森村さんの解説を読むとそれもあながち間違いではないことがわかり、とってもうれしかったです。

彼女がどんなレポートを書いたかは知りませんが。

あら、長くなってごめんなさい。



怪談のお題は夢さんのたくさんのファンの方にお任せしましょう。



返信する
なんかうれしいです (夢のもつれ)
2006-08-17 00:38:41
そのサイトは私も見ました。子ども向けにわかりやすく、でも一生懸命芸術とは何かを説明しようとする姿勢に好感がもてましたね。……さすがに女優シリーズは出てきませんでしたがw。



自分の目と心で見ていれば正しいとか、間違いとかいうものはないんだろうと思います。



返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。