懐かしい海をおよぐ。
年を重ねると地層もややできるらしい。
海は広がっていった。
海は深くもなっていった。
透明度が高い所もそうでないところも泳ぐ。
海底までは未だ辿りつけない。
果たして海底などあるのだろうか。
ミューイは泳ぐ。
冷たいオホーツクような水。
暖かい黒潮にのるような水。
うねり、よじり、なだらかな水。
あの水、この水を回遊しエサに向かってひょうひょうと泳ぐんのだ。
ミューイが泳ぐ海はこの子の中。
懐かしい海はこの子の全ての記憶。
ミューイはこの子が最初に名づけた猫。
この子の林の庭に迷い込んだ猫。
この子と出会った瞬間、ボクはミューイと名付けられた。
何故かは知らない。この子の記憶にも「咄嗟」としか記憶にない。
数日間ボクは林の庭に居候して姿を消した。
姿を消した理由をこの子は誰にも尋ねなかったようだ。
何となく悲しい結果が返ってくると察したのだろう。
それからボクは、この子の何処かに住みついた。
ボクはメスだ。ボクはキジ猫でない。
今の姿はこの子が必死に掻き消すように書き換えた記憶だ。
何処に住みつこうかと彷徨っていると、この子の中に海を見つけた。
見つけた頃は透明度が高く澄んでいた。
ボクはその海の中を棲家とし、この子の危うい記憶や失った方が良い記憶をエサに生きている。
ボク自身の記憶は、随分ボクがお腹に入れた。
小さいながら必死に文字を掻き潰すような記憶の痕跡があったからね流石にね。
徐々に徐々にだけど、それから、この子はボクを思いだす頻度は薄れていった。
あれから何十年、再びキミはボクを思いだし懐かしむ感情をだし、苦しくもだえることがあるようだ。
どっちの方向だろうな。
キミの中の冷たいオホーツクような水。
キミの中の暖かい黒潮にのるような水。
キミの中のうねり、よじり、なだらかな水。
キミの中のあの水この水を回遊し、ボクはエサに向かってひょうひょうと泳ぐよ。
久々キミのボクへの記憶をパクリと食べにゆこう。
食べて1時間もすればキミはきっと直ぐに寝る。
寝ると信じてる。
オスでキジ猫のミューイ。
キミは何故か「ミューイ」と名付けた記憶は忘れもしなければ書き換えもしない。
その記憶をなるべく消そうと挑んできたが、記憶のエサはキミの地層となってボクはもう食べることができない。