世の中は敵ばかりだと小心翼々として生きる人、或いは何か災いに遭遇するんじゃないかと取り越し苦労して縮こまって生きる人が居る。そうでなくともいくばくかの心配と言うのは普通の感情である。何故か誰やらが憎いとか何故かイジメに遭うとか言う事もあろう。
こう言う事情に、宗教やスピリチュアル系が得てして言う事は、”それはあなたの中にそのような要素があるからだ”との説明である。聴く方は言葉では解っても実質の認識には至らない。再度問う気力も起こらない。どうせ相手だって言葉でしか解っていないさ、と冷めた気分になっているのがオチであろう。
しかし実は説明の通りである。そこをわかりやすく説明しよう。
テレビのスイッチをオンにし、リモコンボタンを選んで選局するとNHKニュースなどを見る事が出来る。別のボタンを押すと別の局の番組を見ることが出来る。・・・
ここから次の事が洞察される。
1.見ることも触ることも聴くことも出来ないが空中には無数の電波がある。電波とは電磁波、つまり波動である。
2.リモコンは何をしているかと言えば迎え水を放っている、つまり目的局が放っている送電波をくっつけて引っ張って来る同調波を出している。
3.聡い人はここで察する・・・私は眼か?耳か?腹か?頭か?それとも全体か?、そのどれでもない、実は『今現在、私と考えている何か』が私である。
4.助け舟を出そう、『今現在、私と考えている何か』とはつまり『念』だろう?その実は触ることも聴くことも見ることも出来ない、つまり電波に似たものである。
5.つまりあなたの本質は実はこの地上空間に漂う波動である。無論様々な波長、振幅の合成である。
6.その中に”いじわる”と言う要素があればあなた以外の無数の波動の中にある”いじわる”を呼んで来る、或いは励起される、反応する。
合気道の極意に達した人は何故か事故や危害の場面そのものに遭遇しないと言う。高僧、覚者、剣術の極意を得た人、みなそうであったと言う。もしも不幸にして相手が挑みかかって来ても通用しない、相手は空を切って跳躍転倒すると言う。つまりこれが所謂並行宇宙と言われる事象である。同じ地球上に居て目視出来る位置に居ながら”災い”と同調波動を持たない『念』になればそのようなことが起こる。
敵弾が降り注ぐ場面で座禅を組んで何の被害も受けなかった人も居られるがつまりはその例であろう。
多分・・・この原理は国と国との関係でも起こる。隙あらば盗みに入ろうとするものや四六時中ありもしない悪口雑言を言い放つものが我々の両隣に居る。この下劣で卑猥な波動と同調する思念を持ってはいけない。
巷では主に個人的な事柄で”相手にするな”と言う。同じことである、相手にすると言う事は同調波動を持つことであるから相手にせずひたすら自己の研鑽向上に邁進すべきであろう。日本は庶民の豊穣のエネルギに溢れた国であることは今も変わらない。