夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

銃後の守り

2012年08月02日 08時16分02秒 | 日記
 これは古い言葉だ。あの当時、写真一枚だけで結婚し、何人かの子供を得た後に夫を兵隊に取られ、舅、姑、場合によっては小姑にまで仕え、其の挙句に戦死公報のみで遺骨も何も無い、どこで戦死したかも判らない、戦後、営々と家族の為に己をすり減らして生きた女性は非常に多かったと思う。
 或いは乳を飲ませ、オシメを換え、体を洗い、大事に、それこそ目の中に入れても痛くない思いで育てた息子を、二度と戻らぬと判っている港に見送り、特攻出撃の翼を見送り、した母親は沢山居た。
 今日、自分でも見聞したし、話にも聞く、自衛官の妻で、何の不服があってかエホバになって夫まで退職に追い込んだり、子供を置いて出て行ったり、子供も家も取り上げてしかも離婚には応じない、などなど。
 戦場も地獄だろうがこれもまた地獄。銃後の守りを半ば強制されて世間の目故に偲ばざるを得なかった昔の女性はかわいそうだが現代のそう言う行いをする女性は何か根本的なところで己の在り様を見間違えていないか?
 そのような家庭の事情を持つ部下に命令しなければならない上官も実は苦しい。組織であれば仕方もない、”まなざし”だけは忘れるな、人は誰でも自分の荷を背負わなければならない、それが人として存在する意義である。言葉は不要、”共に歩く”仲間として無言のうちに彼の置かれた立場への理解と同情の眼差しを忘れてはならない、・・・としか私には言えない。

 男は男の美学を全うしなければならない。しかし、女性諸君、君らは何か勘違いしてないか?

 わが母の 袖持ち撫でて わが故に 泣きし心を 忘らえぬかも

 からごろも 裾に取り付き 泣く子等を 置きてぞ来ぬる 母なしにして

 防人に 発たむ騒ぎに 家の妹が 業るべき事を 言わず来ぬかも

                           万葉集 防人歌

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