12日間の小笠原を歩く、のツアーを終え
帰ってきた!
母島に3泊、父島に6泊して、
森の自然、たくさんの固有種、外来種、動植物の生態系を
見てきた。
たくさんのザトウクジラの親子に出会い
イルカたちと泳いできた。最高!
今回は一眼レフとiPhoneと、ゴープロで
海上と水中からいろんなの撮れた。一眼レフと、ゴープロのは
待っていてねー。
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この子たちと何度も泳いだ😍
ゴープロの水中動画、インスタにあげるね!
かわいかったわー。ミナミハンドウイルカの群れ。
ガイドさんが偶然近くにいたザトウクジラの親子を捉えた!
すてきな動画をもらったので、その切り取った画面↓
水中にゴープロつけて撮ってもらった。
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このあと、この子クジラがくるっとお腹を上に向けながら
お母さんの上にくるの。
止まってる私たちのボートの真下にきて、目の前から
ぷはあっっ
と、親子が上がってきて大迫力。かわいすぎ
その写真たちも、また後日。
たくさんの固有の植物は旅日記を作りながらまとめていくつもり!
ここでも紹介できたらいいね、がんぼるわ。
今回はやはり、母島の石門ルートを歩けたのが
めっちゃお客さんたちに喜んでもらえた。
生命力とか、自然の法則というか。そういうのを感じる。
わたし自身の人生観がすでに
昔とちがうのは
こうした世界を見てきたからだと思う。
これについてもまた書きたい
コブノキ
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マルハチ
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シマウツボ
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などなど、
メモ帳がページ足りなくなったわ。
楽しいだけではない、
今回は、ずっと参加してみたかった板長さんの戦績ツアにも
参加できた。板長さん、80を越えられいつ辞めようかと迷いつつ、
後世に,戦争のことを伝えることに使命感を持っていらっしゃる。
(板長さんこと田中善八さんは、小笠原の硫黄島での遺骨発掘収集や、
父島・母島で戦跡調査を長年行いながら、戦争の悲劇を繰り返さないため
「戦跡ガイド」として父島で活動されている)
ただ美しい世界遺産の島、だけではない
悲惨な戦争のことを知ることも大切だと思う。
本土からこんなに遠い太平洋の島、戦時下では本土防衛のため、
沖縄とともに、小笠原諸島も中継地として重要だった。
小笠原は、栗林中将が、民間人を疎開させたことは良かったとしても
特に硫黄島の激戦は、クリントイーストウッドの映画でも
わかるよね。お客さんたちも帰ったら見るわ,と言われていた。
父島にも自然が保護されている分、山の中にたくさんの
戦時中の跡がそのまま残っている。それもたくさん!
海中にも。
夏のむせ返るような暑さの中、少ない弾薬に自決用の手榴弾や竹槍を持って
森の中に潜んでいた軍隊の方々。→父島では米軍は上陸しなかった。
相手は機関銃とかだろうに、竹槍って。。。
もう、悲しすぎる。
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撃つ爆弾が足りなくて
模倣弾もたくさん混ざっていたとか。
板長さんもお仲間の方々もは、泣きながら遺骨を拾ったと
言われていた。
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私たちが自然の中で楽しめるのは
戦争をしていないからだ。
それが、昨日の朝のこと。
今回も、青い美しいボニンブルーの海だった。
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*
帰ってきたら桜咲いてる!満開!
帰ってきた!
母島に3泊、父島に6泊して、
森の自然、たくさんの固有種、外来種、動植物の生態系を
見てきた。
たくさんのザトウクジラの親子に出会い
イルカたちと泳いできた。最高!
今回は一眼レフとiPhoneと、ゴープロで
海上と水中からいろんなの撮れた。一眼レフと、ゴープロのは
待っていてねー。
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この子たちと何度も泳いだ😍
ゴープロの水中動画、インスタにあげるね!
かわいかったわー。ミナミハンドウイルカの群れ。
ガイドさんが偶然近くにいたザトウクジラの親子を捉えた!
すてきな動画をもらったので、その切り取った画面↓
水中にゴープロつけて撮ってもらった。

このあと、この子クジラがくるっとお腹を上に向けながら
お母さんの上にくるの。
止まってる私たちのボートの真下にきて、目の前から
ぷはあっっ
と、親子が上がってきて大迫力。かわいすぎ
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その写真たちも、また後日。
たくさんの固有の植物は旅日記を作りながらまとめていくつもり!
ここでも紹介できたらいいね、がんぼるわ。
今回はやはり、母島の石門ルートを歩けたのが
めっちゃお客さんたちに喜んでもらえた。
生命力とか、自然の法則というか。そういうのを感じる。
わたし自身の人生観がすでに
昔とちがうのは
こうした世界を見てきたからだと思う。
これについてもまた書きたい
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コブノキ
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マルハチ
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シマウツボ
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などなど、
メモ帳がページ足りなくなったわ。
楽しいだけではない、
今回は、ずっと参加してみたかった板長さんの戦績ツアにも
参加できた。板長さん、80を越えられいつ辞めようかと迷いつつ、
後世に,戦争のことを伝えることに使命感を持っていらっしゃる。
(板長さんこと田中善八さんは、小笠原の硫黄島での遺骨発掘収集や、
父島・母島で戦跡調査を長年行いながら、戦争の悲劇を繰り返さないため
「戦跡ガイド」として父島で活動されている)
ただ美しい世界遺産の島、だけではない
悲惨な戦争のことを知ることも大切だと思う。
本土からこんなに遠い太平洋の島、戦時下では本土防衛のため、
沖縄とともに、小笠原諸島も中継地として重要だった。
小笠原は、栗林中将が、民間人を疎開させたことは良かったとしても
特に硫黄島の激戦は、クリントイーストウッドの映画でも
わかるよね。お客さんたちも帰ったら見るわ,と言われていた。
父島にも自然が保護されている分、山の中にたくさんの
戦時中の跡がそのまま残っている。それもたくさん!
海中にも。
夏のむせ返るような暑さの中、少ない弾薬に自決用の手榴弾や竹槍を持って
森の中に潜んでいた軍隊の方々。→父島では米軍は上陸しなかった。
相手は機関銃とかだろうに、竹槍って。。。
もう、悲しすぎる。
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撃つ爆弾が足りなくて
模倣弾もたくさん混ざっていたとか。
板長さんもお仲間の方々もは、泣きながら遺骨を拾ったと
言われていた。
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私たちが自然の中で楽しめるのは
戦争をしていないからだ。
それが、昨日の朝のこと。
今回も、青い美しいボニンブルーの海だった。
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帰ってきたら桜咲いてる!満開!
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