草むしりしながら

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草むしり作「ヨモちゃんと僕 」前1

2019-07-25 15:59:08 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前1

(夏)台風の日に

「見つけたよ、子猫ちゃん」
 昼寝をしていた僕は、驚いて目を覚ましました。辺りを見回しましたが、誰もいません。ヨモちゃんが僕の隣で寝ているだけです。ごろりと腹ばいになって、ちょこんとそろえた前脚の上に頭をのせて、気持ちよさそうに眠っています。今の声はヨモちゃんには聞こえなかったのか、目をつむったままピクリとも動きません。点けっ放しのテレビは大型の台風が、ぼくの住む山間の町の上を通過中と言っています。
 
 朝起きた時には明るかった空が次第に暗くなり、風が窓をゆらし始めました。パラパラと降り出した大粒の雨は、すぐに前が見えなくなるほどの大雨になりました。雨はコンクリートで張り巡らされた細い坂道を、川のように流れています。お父さんとお母さんは何度も二階に上がっては、窓から外を眺めています。用水路の水があふれ出し、畑が水浸しになっていると言っています。どこからか飛んできた空き缶が、カラカラと音を立てて表の道を転がっていきました。

 しばらくするとあんなに降っていた雨が、ピタリと止みました。暗かった空が見る間に明るくなり、立ち込めていた黒雲の切れ間から、お日様の光が差し込みました。
「台風の目かしら」
お母さんは水につかった畑が気になるのか、長靴を履いて外に出ていってしまいました。
「まだ、危ないよ」                                       
テレビを見ていたお父さんも、お母さんの後から外に出ていきました。

 お母さんが勝手口のドアを開けたとたんに、生あたたかな風が吹き込んできました。風は少しだけいつもと違った匂いがしました。僕はその匂いを、どこかで嗅いだことがあると思いました。

「何の匂いだろう」
思い出そうとするのですが、どうしても思い出せません。
「まぁ、いいか」
僕は大きなあくびを一つして、前脚の上に頭を乗せて目をつぶりました。

「さあ、行こうか」
 少し間延びしたのん気そうな声がして、僕の耳の後ろの毛を風が撫でました。
「逃げろ」
身体の中から声が沸き上がってきて、僕の胸がドクンと鳴りました。
「逃げる」
ぼくは弾かれたように、ソファーから飛び降りました。
「ヨモちゃん」
ヨモちゃんが、ふわりと浮きあがりました。
「おや、これは失敬。間違えてしまった」
 ソファーの上に浮き上がったヨモちゃんは、そのまま下に落ちてしまいました。けれども何事も無かったように寝ています。

「しまった、もう時間がない。また来るからね」
風がまたぼくの耳の後ろを、ふわりと撫でました。
「来るな」
総毛立ったぼくは、低く唸り声をあげました。やがてまた雨が降り始め、今度は反対の方向から風が吹いてきました。

「雨が上がったからって、すぐに外に出るのが一番危ないよ」
外に出て行ったお母さんを、お父さんが連れ戻しに行ったようです。
二人の話声を遠くで聞きながら、ぼくはさっきの匂いが何なのか、どこで嗅いだことがあるのか、はっきりと思い出していました。


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