乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

黄姚古鎮の『松と鶴』 時斎作

2007-01-15 | 美術・文様・展示物

 

     黄姚古鎮の『松と鶴』 

                    時斎作

 

 黄姚古鎮の家の入り口を見ると、上のほうに『松と鶴』の絵。

 土壁の上に、直接 泥絵の具で描かれていた。

 松は右側に堵から強く立ち、枝は左の方に円状に現される。

 

 枝の上には二羽の鶴。

 一羽は待つの幹に向かい、一羽は風に歌う枝を見上げる。

 

 鶴の左には多分この家が栄えるように書かれた言葉。

『松』や『巣高』や『眠』といった文字が目にうつる。

 そして最後には 時斎のサイン。

 

 絵の回りには赤みを帯びた黄土色で囲み、赤や水色の半円の飾り。

 半円の中には植物のような模様。

 

 絵の上には飾り木。

 この木の両側からは唐草文様を思わせる雲が内側に向かって伸びる。

 

 待つの幹の力強さは時斎という画家或いは職人の力を感じさせる。

 幹に使われた黒は心憎く、見事だ。

 このような素晴らしい絵が、家にさらりと描かれている黄姚古鎮。

 ここにはどんな家族が住んでいたのだろうか・・・

 私は中国や黄姚古鎮に対して、今まで以上に興味を持った。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

黄姚古鎮で見た 毛沢東 2

2007-01-15 | 中国 2006~2019(7回)・台湾・ベトナム
(黄姚古鎮で見た毛沢東1~2の文章は同じです。)

 

 

      黄姚古鎮で見た 毛沢東

 

 

 中国を歩いていると、色々なところで毛沢東と出会う。

 それはポスターであったり、絵であったり・・・置き物の場合もある。

 ここ黄姚古鎮でもポスターや絵になった毛沢東を見た。

 

 開放された家の中には、毛沢東のポスターが張ってある場合も多い。

 (写真1)

 また古い崩れかけた門のような建物を見上げると、消えかけた毛沢東の絵が残っていた。(写真2)

 この、土の上に描かれた毛沢東は、ぼんやり眺めていると見過ごしそうなほどに消えかけている。

 黄姚古鎮の時の流れを感じる・・・・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

黄姚古鎮で見た 毛沢東 1

2007-01-15 | 中国 2006~2019(7回)・台湾・ベトナム
(黄姚古鎮で見た毛沢東1~2の文章は同じです。)

 

 

      黄姚古鎮で見た 毛沢東

 

 

 中国を歩いていると、色々なところで毛沢東と出会う。

 それはポスターであったり、絵であったり・・・置き物の場合もある。

 ここ黄姚古鎮でもポスターや絵になった毛沢東を見た。

 

 開放された家の中には、毛沢東のポスターが張ってある場合も多い。

 (写真1)

 また古い崩れかけた門のような建物を見上げると、消えかけた毛沢東の絵が残っていた。(写真2)

 この、土の上に描かれた毛沢東は、ぼんやり眺めていると見過ごしそうなほどに消えかけている。

 黄姚古鎮の時の流れを感じる・・・・・・

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

黄姚古鎮の家の壁作り

2007-01-15 | 中国 2006~2019(7回)・台湾・ベトナム
(黄姚古鎮のワンちゃん1~3の文章は同じです。)

 

 

      黄姚古鎮の家の壁作り

 

 

 黄姚古鎮で、白塗りが剥がれている家を見た。

 白いペンキの下は土のレンガ。

 ここ黄姚古鎮のレンガは、賀州付近で見たような 赤土でできた私たちの持つイメージに赤レンガではない。

 写真のように、ごく普通の土(黄土色)を固めたレンガが積み重ねられ、白で上塗りされている。

 この写真の家のレンガの重ね方は、土の種類から考えても、イランの家のレンガの家作りに非常に近い。

 

 

 私見だが、レンガとペンキの両者の乾燥度合いが異なるために、こんな風な極端なペンキの剥がれ落ち方になっているのかもしれない。

 そういえば以前歩いた法隆寺付近の農家の土壁も、ペンキが剥がれ落ちていたところを観た、

 法隆寺の土壁には藁が混ぜてあり、レンガ上の乾燥物を積み上げていくといった方法はとられていない。

 あまりしらないが、竹か枝のようなものが組み合わされ、その上に藁土が塗り上げられてから、ペンキが塗られているような風だった。

 

 陸続きの中国とイラン。それに対して、隔離された島国の日本は、壁や家作りにおいても、違った文化を編み出したのかもしれない。

 違った国々の共通と相違点を考えるのは、誠に楽しい。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本芸能史

2007-01-15 | 民俗学、柳田國男、赤松啓介、宮田登、折口信夫

記録だけ  2007年⑤

 

 

   日本芸能史

 

 監修者  坂口 弘之

   (1943年生 大阪市立大学文学部教授)

 著者  西瀬 英紀

   (1958年生 国立ブンラク堂企画制作課勤務)

      樹下 文隆 きのしたふみたか

   (1956年 広島女子代国際文学部助教授)

      林 久美子

   (1958年 京都橘女子大助教授)

      青木 繁

   (1931年 カブキ学会会員 相愛大学非常勤講師)

                

     但し上記変更が予想されますが、乱鳥は未確認です。

 

 

 

 1999年6月10日 初版第1刷発行

  235ページ  2400円+税

 (株)昭和堂

    (京都の 吉田神楽岡町 8-158)

 

 

 この本は結構深く書かれていたので、知らないことも多く、最後まで興味を持って読みました。

 特にカブキとノウガク、キョウゲンの書かれた箇所は面白い。

 ブンラクは知っているカブキで知っている曲も多く、その部分は何とか面白かった。ブンラク音痴の場かな私・・・

 ノウガクは真っ白で、何にも知らないのに、何故面白いと感じるのだろうか・・・知らないなりに、好きなのだろうな・・・

 

 

 ことカブキに関しては、想像力をふくらませて、楽しんでおりました。

 先日読んだ『ナカゾウ狂乱』でのナカゾウは、声が悪いと書かれていたが、この『日本芸能史』では、器量、演技、声の三拍子そろったナカゾウと記されていた。

 ナカゾウはコウシロウさんのイメージで考えているので、『日本芸能史』の記述は私にとって誠に都合が良い。

 変なとことに感心する阿呆な私なのでした。

 

 

『中芝居』の話もおもしろかった・・・

 

 

 芸能全般の芸能史が秩序良く整理され、『折口信夫見解の芸能史研究』や『国文学と芸能史』などの興味深い項目別の編集で、大変面白かった。

 きれいな読みやすい文章で、素敵な一冊だと思います。

 時間があればもう一度熟読してみよう。

 

 

 

 ところで(株)昭和堂って京都の吉田神楽岡町にあるんだぁ・・・

 なんだか『ほへっ』と、妙に反応する私・・・

 そういうと来月は節分・・・

 壬生、吉田、壬生、吉田・・・か・・・

 意味の無いイメージが、頭の中をグルグル回る。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする