記録のみ
2010年度 173 『猿ヶ島』『雀こ』『猿面冠者』『逆行』『彼は昔の彼ならず』
太宰治 著
筑摩現代文学大系 59
筑摩書房
1975年9月20日
492ページ
うち 『猿ヶ島』『雀こ』『猿面冠者』『逆行』『彼は昔の彼ならず』 54-110ページ
『猿ヶ島』
1
ふぶきのこえ
われをよぶ
風の音であろう。私はするするのぼり始めた。
とらわれの
われをよぶ
気疲れがひどいと、さまざまな歌声がきこえるものだ。
私は梢にまで達した。梢の枯枝を二三度ばさばさゆすぶってみた。
いのちともしき
われをよぶ
2
「見せ物だよ。おれたちの見せ物だよ。だまって見ていろ。面白いこともあるよ。」
………………………………………。
あれは人妻と言って、亭主のおもちゃになるか、亭主の支配者になるか、ふたとおりの生きかたしか知らぬ女で、もしかしたら人間の臍というものが、あんな形であるかも知れぬ。あれは学者と言って、死んだ天才にめいわくな註釈をつけ、生れる天才をたしなめながらめしを食っているおかしな奴だが、おれはあれを見るたびに、なんとも知れず眠たくなるのだ。あれは女優と言って、舞台にいるときよりもすがおでいるときのほうが芝居の上手な婆で、おおお、またおれの奥の虫歯がいたんで来た。あれは地主と言って、自分もまた労働しているとしじゅう弁明ばかりしている小胆者だが、おれはあのお姿を見ると、鼻筋づたいに虱が這って歩いているようなもどかしさを覚える。また、あそこのベンチに腰かけている白手袋の男は、おれのいちばんいやな奴で、見ろ、あいつがここへ現われたら、もはや中天に、臭く黄色い糞の竜巻が現われているじゃないか。
私は彼の饒舌をうつつに聞いていた。
3
………………………………………。
――否!
………………………………………。 ………………………………………。
………………………………………。 ………………………………………。
二匹である。
『雀こ』
井伏鱒二へ。津軽の言葉で。
美しい津軽弁、童歌、民話口調にのせて『雀こ』を朗読。
子どもの頃遊んだ『箪笥長持ち』を思い浮かべはするが、『雀こ』はもっと残酷だ。
相手方がひとりになるまで、子を頂きにかかる。
民話や歌遊びや子どもの世界には容赦がない。
露骨な形でいじめにあうが、家に帰ると暖かなおこたと おばあの語り歌。
そろそろと晩げになったずおん。野はら、暗くなり、寒くなったずおん。わらわ、めいめいの家さかえり、めいめい婆さまのこたつこさもぐり込んだずおん。いつもの晩げのごと、
おなじ昔噺をし、聞くのだずおん。
長え長え昔噺、知らへがな。
山の中に橡の木いっぽんあったずおん。
そのてっぺんさ、からす一羽来てとまったずおん。
からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
………………………………………。
『猿面冠者』
………………………………………。まづざつとこんなものだと素知らぬふりして書き加へでもして置くと、案外、世のなかのひとたちは、あなたの私を殺しつぷりがいいと言つて、喝采を送るかも知れません。………………………………………。
ここで実は苦笑い。案外そんなものかもしれない。
『逆行』
「蝶蝶」「盜賊」「決闘」「くろんぼ」
特に「蝶蝶」「盜賊」が洒落ていて好き。
今回も記録のみにて失礼致します。