写真は、タフト・ソレイマーン(遺跡)に近い タカーブ付近の村
只今見ているドラマは、2本。
スポーツ以外のちょっとしたニュースと天気予報以外は私には興味がないので、スルー。
連日、ユーチューブ様のご厄介になっている。
ここで申し上げたいのは、今回のオリンピックに始まったことではなく、私にはスポーツ観戦の趣味がないだけであり、以前から見たことがない。
とはいえ、中学の頃は京都アリーナーも現存していたので、遊びでフィギアスケートをしていた。
フィギアスケートも今の採点方式とは全く異なり、当時は芸術としても舞台としても興味深く、それはそれは美しい作品がリンクの上で待っておられた。
フォク王などの顔の美しく小さい七頭身かと思われるフィギアスケートたちは、氷の上のバレエを見ているような錯覚に陥ったものであった。
採点方式が変わり、回転数などに重きを置かれ、場合によっては「これから飛ぶぞ」感の歯切れのわい類一瞬の間のわりさが目立ち、いつしかフィギアスケートさえ見なくなった。
こんなことを書くと、以前ならお叱りのメールやコメントが度々入るので、コメント欄を封鎖していたことがあったが、今は時折の励ましのコメントを頂戴するのみとなったので、安堵している。
十歳ほど離れた兄が、以前
「最近、サッカー、やってるんだよ。」
と言ったので、
「どこのポジションなの?」
と問うと、
「乱鳥は、アホか! KGの観戦に行っているのだよ。」
と叱られた。
スポーツ観戦という感覚に鈍感だった私は、兄弟とはいえ、人それぞれなんだと痛感した。
そんな私も歌舞伎や能楽を好む変わり種なのかもしれない。
十人十色人それぞれ、、、である。
以前、新聞屋さんの勧誘で、
「タイガースの観戦チケットを家族分差し上げますので。」
と言われたことがあったが、丁重にお断りした。
私は野球観戦に行くと行ったセンスの良い感性を持ち合わせていない。
新聞屋さんはぽかんと口を開き、呆れ顔であったことが印象深い。
人の好みも、千差万別であることが、なかなか理解できない方も多いらしい。
今現在どの曲をつけても、スポーツ一色といった現象なので、上にも書いたように、ユーチューブのお世話になっている。
1970年代のロックをガンガンとつけて、2時間ばかり体を動かして遊んでいることが多い。
また、関心ごとでプチ勉強をしたい時にも、検索すれば随分と公開されている。
一部とはいえ、大学の公開講義でさえ楽しむことができる世の中だ。
歌舞伎や舞台も見ることができ、こんな便利な世の中になったのかと、頭が下がる思いだ。
「スポーツで国民に希望を与えたい(要約)」だったか、「私も東洋の魔女で感動したことを覚えています(要約)」だの言われた方(トップップ(〜〜))がいらっしゃったが、スポーツで勇気と希望をもらえる方もいらっしゃれば、舞台や文化面や芸術や自然で幸せを感じる人間も入りことは否定し難い。
私の以前の東京オリンピックの思い出は、カラーテレビを買ってもらったことくらいしか記憶にない。
だが、あの頃は日本も文化的ではなく、ゴミは散乱し、今の日本では考えられないくらいにおぞましかった。
高度成長期に向かい、そこで1部との希望の証と経済の発展のために行われた第一回のオリンピックは、今コロナ禍で行われ、昨日も東京だけで感染者が4000人弱、日本全体では10000人超え。
以前と今では、状況がまるで違う。
まぁ、オリンピックも開催されていることだし、スポーツが好きな方は自宅でではあるが、思い切り楽しまれることは良いことだと思う。
ただ、全ての人間が、スポーツ好きであるような日本のトップップ(〜〜)の言葉は許し難い。
また、善良な若者や善良な一般人に対して
「浜辺て酒を規制する」
だのの見せしめはやめてあげてほしい。
若者や一般国民は悪く無い。
「オリンピックも開催されてることだし、自分たちだって、、、、」
と思い、気が緩むのは致し方がない。
むしろ、コロナの増加は想定内であったはずであるのに、あたかも、「思ったよりも緊迫している」といけしゃあしゃあと言えたものだと口をあんぐりしている。
たまたま私は、もう相当可愛らしいお年頃でもありにもかかわらず、昨日やっと1度目のワクチン摂取を受けたばかりで、引きこもり状態である。
おかげで、家の草花が、体操増えた。
9月には球根、種、株などの植えられる植物も増えるので、家中花で埋め尽くされそうな勢いである。
話を戻そう。
トップップ(〜〜)は
「感染者数だけでミリのではいけない。現に重傷者数は減っているのですから、減少の方向です(要約)」
とおっしゃっていたが、今現在すでに医療崩壊が起こりつつある中、
患者
医療従事者
手続き関係者
に申し訳場がないと言った、イメージを膨らますことはできないのでしょうか!!!
唯一見たのは、どこかのオリンピックの開幕式。
山本寛斎氏がデビッド・ボウイの舞台衣装のような、カラフルなてるてる坊主風のファッションが見たくて、それのみを見たことがあるが、どこのオリンピックかは忘れた。
無難な三宅一生氏と破天荒な山本寛斎のファッションを比較するのは、楽しいと若かりし頃は考えていた。
あの突拍子も無いようなデザインを手がける山本寛斎氏に、パリのホテルに出くわした時には、学生の私たちに大変にこやかに長い間紳士的に接してくださったことが忘れられない。
とりとめもない、意味のない文章を書き連ねたが、一週間静観し爆発してしまったと受け取っていただいても一向に構わない。
ただ、前にも申し上げましたように、人にはそれぞれ好みというものがあります。
スポーツで楽しく思う人もあれば、文化面に興味を持つ人もいる。
人それぞれ!
それを一派一絡げで、押し付けるのはやめていただきたい。
選手村のコンドームを含めてスポーツに多大な税金を使うのであれば、
現在の場合は医療従事者に手厚くする
目先の結果の出ない研究費の削減
文化面の向上
公立小中高の頭切りを考え直す
貧困家庭に手厚くする。
障害者差別を考え直しバリアフリー化を考える
民主主義の根本を考え直す。
などにも力を入れて欲しいとおっしゃっておられる方も多数いらっしゃいます。
人それぞれなのです。
選手がメダルを取ったからとて、全く関心がない人間もいることを把握できないのでしょうか。
オリンピックが終われば、トップップ(〜〜)の人気は上がるのでしょうか。
こんなことを書いていますが私は日本が好きです。
マスク様が、
「オリンピックを反対して入りものは、反日だ(要約)」
とおっしゃってましたが、この言葉は許し難い侮辱ですね。
それとも今や日本は民主主義ではなく、水面下では完全○裁主義なのでしょうか?
人の好みも均一化するといった、不思議な国です。