日本茶とお茶の間

お茶の間を復活させたい思いから、日本茶に関連する情報などを発信し、みなさまとの情報交換の場にしていきたいです。

 講演会  おかげさまで!!

2013年02月08日 08時52分48秒 | 茶戸庵イベント
スミセイさわやか介護セミナー

『田原流、自分らしく生きる』

主催 十勝毎日新聞
共催(財)住友生命社会福祉事業団

今月5日、北海道ホテルにて開催されました。

(なんと、400名の定員対して550名の応募があったそうです!!)



第一部 基調講演1
     日本茶インストラクター 家常 和
     ~お茶で心身をすこやかに~

    基調講演2
     体喜操 小泉恵理氏
     ~頭の休息・こころの安らぎ・からだの健康~


第二部 特別講演
     田原 総一朗氏
      ~田原流、自分らしく生きる~





やはり、有名人ジャーナリストの田原さんです。
前座とはいえかなりの緊張でした。

予想に反して、田原さんはご自分のお時間まで
ホテルのお部屋で執筆されているとのことでした。

講演の内容は、二人の奥様を乳がんで亡くされた田原氏流の
介護のお話が主でした。
コミュニケーションの取れあう介護は、
楽しいものだったというところ・・・素敵でしたよ!!

小泉恵理さんは、はつらつ爽やかパフォーマンス最高盛り上がりました♪
流石でした!!

わたくしも、それなりに咳も出ず、少しの空白がありましたが、
皆さんのお顔が観ることが出来ましたので
落ち着いていたのかもしれません。
お話しも横道に逸れてしまうぐらいでした(笑)

そして、お茶仲間みなさんが4人もお手伝い下さいまして、
深蒸し茶・自然茶の呈茶もさせて頂きました。
お手伝い下さった皆さまありがとうございました。
  

みなさんに支えられて今回があったこと、感謝の気持ちいっぱいです。

お話しを頂いてからというもの、緊張の毎日でした。
やっと、肩の荷がおりました

ありがとうございました。合掌








以下、いえつねの用意した原稿です(半分もお話しできましたかどうか)

『香り立つ湯気の向こうの笑い声今年も集う茶交の友』
今年は新年早々のお茶教室がありました。
教室名は『和カフェ』と言います。とってもシャレた名前を頂いています。
皆さんとゆっくりのんびりお茶を頂きながら、美味しく淹れて頂く会です。
その日、少し遅れて来られたご婦人が、
いきなり
「うちの主人,最近私のこと梅干し婆さんと 呼ぶの・・・」と
そのつぶやきが,可笑しいやら楽しいやら,
私は瞬時に笑いのつぼに入ってしまいました。
と言いますのも、わたしも鏡を見て毎朝そう思っていましたもの。
その日は,何故か一日中笑っていたような気がします。
そして,とっても気持ちのいい一日になりました。

思いっきり笑うってどんな薬よりも
人を本当に元気にするとそう思いませんか?

 実は、その大笑いになったお茶には
大きな梅干しと結昆布が入っていました。
その日はガラスのチャイグラスに淹れて頂きましたので、
とりわけ、大きなしわしわの梅干しが目に飛び込んだのだと思うのです。
思わず日常の会話が出たのだと思います。
もちろん、その場の雰囲気がとても和やかになったことはいう間でもありませんよね。

 その、梅干しと結び昆布が入ったお茶は大服茶と言います。
大きい福のお茶、あるいは皇様の服するお茶とも書きます。 
現在でも、京都では年が明けたその日の朝一番の若水を汲み沸かし、
小梅と結昆布を入れたお茶を無病息災を願い家族で飲まれているそうです。

その起源はとても古く、
951年空也上人が京都に流行した疫病退散を願って、十一面観音像を彫り
車に安置して京都市中を曳き回り,
茶をたて中に梅干しと結昆布を入れ仏前に献じた茶を
まず天皇に、そして病者にも授け、念仏を唱えられたところ、
たちまち病魔が静まったと言われています。

空也上人は多分皆さんも歴史の教科書などでご覧になったことがあると思います。
口から六体の阿弥陀様が出ている空也上人の立像を。

シカの角の杖を持ち太鼓を敲いて念仏を唱え、
踊り念仏としても知られている空也上人が創建した
京都の六波羅蜜寺では,
大服茶を正月三ケ日皆さんにふるまっているそうです。

わたくしも、西帯広で茶戸庵という自宅茶屋を開いておりますが、
年の初めは大服茶で皆さんをお迎えしました。
普段でも梅干しとお茶の相性が良いので
朝の一服にはもってこいのお茶と言えますね。


・・・ 話の弾む声がする。お茶がある。笑い声がある。
笑顔がある。お茶の香りがある。
お茶の楽しみは,お茶本来の深い味わいを見つけること、
そして、心を開いて誰とでも語り合える喜びにあります。
人はお茶をいつのころから飲み始めたのでしょう。

日本のお茶は千年からの長い歴史がある飲み物です。
わたくし達の話す言葉の中にも、
様々な「お茶」に関わる言葉が沢山あります。
例えば、「日常茶飯事」とか「お茶の子さいさい」と「番茶も出花」とか
私たちの生活に密着してきたお茶ですから、
お茶の背景には食文化はもちろんの事、
もっと大きな奥行きのある「日本文化」が控えている,

こんなことを意識頂きながら今日のお話しを楽しんで頂きたいと思います。

皆さんが飲んでいる緑茶、紅茶、烏龍茶は、
すべて同じお茶の樹から作られています。
ご存知でしたか?
品種のちがいがありますが、いずれも同じ茶の樹から作られます。

ツバキ科のカメリアシネンシス、
ルーツは中国雲南省西南部と言われていますが、
まだまだたくさんの説があるようです。

さて、人がお茶と出会った歴史は、
記録の上ではおよそ2060年まえ、
神話の世界では5000年前であると言われています。
漢方薬の基礎を築いたと伝えられている神農帝が、
一日に72もの草や木の良否をテストして
茶の葉で解毒したという話は有名ですが、
お茶が薬として非常に古くから歴史に登場していたという証しです。

それでは、日本ではどうだったかと言うことになりますが,
平安時代初期の「日本後記」の中で
永忠という偉いお坊さんが嵯峨天皇に茶を煎じて奉った
という記述があるように、我々の予想以上に,
日本でのお茶の歴史は古いと感心させられます。

一般には,喫茶養生記を書いた栄西禅師が,
1191年に宋から茶の種を持ち帰って広めたと言われていますが、
日本でのお茶の普及には、仏教、特に禅宗と深い関わりがありました。
喫茶養生記の中に『茶は養生の仙薬、延命の妙術である』と書かれています。
本当に薬として伝わってきたのですね。

現在日本では年間およそ9万トンの緑茶が生産されていますが、
消費量10万トンに対して、約1万トンの緑茶が輸入されています。

お茶の分類方法には,
発酵茶や半発酵茶,不発酵茶などの分類があります。
お茶の葉にある酸化酵素を働かせると、
茶葉の中のカテキンが酸化されて赤くなり、
働かせないようにすると緑色のお茶が出来ます。
酵素をしっかり働かせたのが発酵茶で代表的なものが紅茶です。
また、少しだけ働かせたお茶が半発酵茶、ご存知の烏龍茶です。
これに対して、酵素を全く働かせない、
つまり、発酵させないで作ったのが不発酵茶、即ち緑茶です。

お茶の葉を発酵をさせないために、葉を摘んだ後に熱を加えます。
加熱の方法には二通りの方法があります。

蒸気で蒸す方法と,高温の釜で炒る方法です。
よく店頭で、深蒸しとか釜炒り茶とかご覧になっている方も多いと思いますが、
日本古来の蒸して手もみしたお茶を生み出したのが江戸時代、
永谷宗円でした。
日本の気候風土に適した繊細なお茶を生み出した元祖でもあります。
今も新茶の時期には産地のあちらこちらで
手もみ茶師が実演をしたり技術の伝承を伝えています。

・・・昨年の7月には、
実行委員会を立ち上げまして、
帯広の森はぐくーむで,
手もみ茶師をお呼びして『日本茶まつり』を開催させていただきました。
初めての手もみ茶に
2日間でスタッフもいれまして,
およそ400人の方が参加してくださいました。
ここ帯広でもお茶に興味を持ってくださる方が
たくさんいらっしゃることがわかりとても嬉しかったです。
今年もぜひ
手もみ茶を頂きたいというお声がありましたら、
喜んで企画させて頂きます。

私が、伝えたいと思ったこの愛すべき日本茶を
室内の中ではなく,一歩外へ出て野外で楽しむことは、
今までも一番心掛けてきたことなのですが。
もちろん美しい自然の中で、
体が解放されていることもあって、
より一層お茶が美味しくなる。そんな気がするのです。

お茶を普段頂かない方にも,素直に受け入れて頂ける屋外のお茶
そのような気取りのないお茶が私は大好きです。

中国唐代の詩人、蘆仝がお茶の数え歌を作っています。
760年中国で初の茶書「茶経」を書いた陸羽と同時代の詩人です。
その詩の中に七碗の茶があります。

最初の一杯は、喉と唇を潤す。

二杯目は,ひとりゆえの孤独さを忘れる。

三杯目を飲み腹の中を探れば、五千巻もの書物が貯えられている。

四杯目で軽く汗をかき、日頃の不平不満が毛穴から発散される。

五杯目で、肌と骨が清らかになり、

六杯目には仙人なった気分になれる。

七杯目では,もはや食欲も失せ、ただ両腋を、清らかな風が吹いていくのを感じる。

・・・このようなお茶との出愛をしてみたいです。
心のお茶,心を感じるお茶,魂のお茶,きっとそれは
自分の心の持ちようが作のだと思うのです。

お茶の事を思うとき、
子供の頃のお茶のシーンがたくさん浮かんでくるのです。
その時のお茶は,今思うと黄色いお茶で,
まだまだ貧しい時代で
色んな大人たちに囲まれていたような不思議な記憶がたくさんあるのですが、
家ではゆっくりお茶を飲むようなことはありませんでした。

お坊さんがお参りに来たときに出していたお盆の上のお茶、
たくさんの人が集まってたくさんの湯呑が並べられお手伝いしたこと、
お客様が来られたら必ずお出しするお茶、
学生時代居候先の叔母によく量り売りのお茶を買いに行かされたことなど、
今ではあったかい思い出となってたくさんの顔が浮かぶのです。

そして、豊かな自然とたくさんの方に支えられているんだなと、
実感させられます。
その思い出の中は優しくあったかいのです。
私も、これから大切な家族に
それを残してやりたいと思うのです。
皆さんとお茶のある暮らしを創って行きたいと思うのです。

わたくしは西帯広で
茶戸庵という自宅お茶屋を開いております。予約制の小さなお店です。
お店の真ん中に掲げています大切な書があります。

朝の一杯 精神を爽やかに
夕の一杯 慰安と安心
食後の一杯 消化を助け
休憩の一杯 元気を鼓舞する
応接の一杯 親睦を厚くする

最後までお聞き下さりありがとうございました。


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