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GXロケット、計画見直しへ
開発段階で相次ぐトラブル
計画は延期に次ぐ延期、性能は低下、コストは高騰2008年2月1日
2003年度からGXロケットの開発が始まった。ロケット全体の開発は石川島播磨重工業(IHI)の子会社であるギャラクシーエクスプレスが担当。宇宙開発事業団(NASDA:2003年10月の宇宙三機関統合により宇宙航空研究機構=JAXAとなった)は、「LNG推進系飛行実証プロジェクト」という名称で第2段の開発を行うことになった。JAXAとの契約で第2段とLNGエンジンを製造するのはIHIなので、実際問題としてGXロケットは、官の補助によってIHIが商用ロケットを開発するプロジェクトである。
しかし、第2段は開発当初からトラブルが相次いだ。複合材料製の推進剤タンクの強度、重量、LNGエンジンの燃焼特性──新規開発要素のほぼすべてで問題が発生した。その都度設計は変更され、当初の予定とはかけ離れたものになり、同時に時間と開発費を食いつぶしていった。
すべてがどうしようもなくなった2006年、開発体制の立て直しが図られた。文部科学省・宇宙開発委員会は、2006年9月から10月にかけて、「推進部会 LNG推進系飛行実証プロジェクト評価小委員会」を開催して、のGXロケットについて集中審議を行った。小委員会は、GXの2011年初飛行に向けて、さらなる予算を約250億円投ずる方向で意見を集約した。第2段用のLNGエンジンは、設計を一新することとなり、同時に全く新設計のエンジンも同時並行で検討することとなった。
JAXAも、この決定に合わせて開発に投ずる人員を一新すると同時に、在籍するロケット技術者の中でも優秀なメンバーを投入した。
だが、この対策は失敗をとりあえず取り繕ったという策であり、なによりもこれまでの失敗から目をそらしている。
直視しなくてはいけないのは、2002年の開発開始から2007年までに投入された450億円を超える開発費で、何一つとして完成させることができなかったという事実である。新しいLNGエンジンも、複合材料製のタンクも完成しなかった──事実を直視することからしか、正しい解決策を立ち上げることはできない。
複合材料製のタンクが挫折、エンジンは性能大幅低下
開発開始当初の、GXロケット第2段の設計(宇宙開発委員会資料より)
開発を開始した2003年当初、GXロケット第2段は図に見るような設計をしていた。初号機打ち上げは2005年度。初号機の製造やロケット打ち上げ準備作業を考えると事実上3年未満でロケットの開発を終了させるという、極度に切りつめたスケジュールだった。ところが開発開始早々の2003年度、試作した炭素系複合材料を使用して軽量化を図ったタンクにトラブルが発生した。炭素系複合材料は、そのままではガスを通してしまうので金属製の内張(ライナ)を施してタンクに成型する。試作品ではライナと複合材料との間がはがれるというトラブルが続発し、その解決の目処が立たなくなった。
同時に2段の詳細設計を詰めていくにつれて、2段全体の重量が予定を大幅に超過することも判明した。当初、第2段は推進剤やガスを抜いた空の重量で2.1tとなる予定だった。それが2.9tにまで増加してしまったのである。
GXは2段式ロケットだ。最終的に搭載するペイロードと推進剤を使い切った第2段とが軌道速度を出して、予定の軌道に入るわけだ。つまり、第2段の重量超過分は、そのまま搭載ペイロードの減少分となる。2段が800kg重くなったということは、搭載可能なペイロードが800kg減少したということを意味する。開発の初年度にして、早くもGXというロケットが本当に成立するかどうか、危機的な状況に陥ったのである。
詳細設計で重量超過が判明したということは、それ以前の基本設計段階での重量見積もりが甘かったのだろう。あるいは、予算獲得の段階で技術開発を旨とする科学技術庁(現文部科学省)に、高性能をアピールしたいあまり、意識的にか無意識のうちにか、重量見積もりを過度に楽観的な数値にしてしまった可能性もある。
また、複合材料製タンクにとって、複合材料とライナの間の剥離は、最初に解決しなければならない基礎的な課題である。宇宙開発事業団(NASDA:現宇宙航空研究開発機構[JAXA])も、タンクについては事前にサブスケールモデルを製造して性能を確認していた。しかし、実物大の試作品で問題が発生したところからすると、ここでも技術的に過度に楽観的な見積もりが行われた可能性が高い。
JAXAと石川島播磨重工業(IHI)は、当初の設計を破棄し、全面的に第2段の設計をやり直さざるを得なくなった。この時点で2005年度の初号機打ち上げは絶望的になった。結局、第2段タンクは複合材料を使用することを諦め、従来と同じ軽合金製のタンクを使用することになった。
新規開発のLNGエンジンも、トラブルを出し続けた。サブスケールモデルの燃焼試験が進む中で、エンジンの性能を示す指標の比推力という数値が当初予定の345秒から328秒へと大きく低下することが判明した。ロケットはぎりぎりの設計を強いられる機械であり、比推力が10秒以上低下するということはシステム全体が成立するかどうか危うくなるということを意味する。このため、エンジンも設計変更を余儀なくされた。
2003年度からGXロケットの開発が始まった。ロケット全体の開発は石川島播磨重工業(IHI)の子会社であるギャラクシーエクスプレスが担当。宇宙開発事業団(NASDA:2003年10月の宇宙三機関統合により宇宙航空研究機構=JAXAとなった)は、「LNG推進系飛行実証プロジェクト」という名称で第2段の開発を行うことになった。JAXAとの契約で第2段とLNGエンジンを製造するのはIHIなので、実際問題としてGXロケットは、官の補助によってIHIが商用ロケットを開発するプロジェクトである。しかし、第2段は開発当初からトラブルが相次いだ。複合材料製の推進剤タンクの強度、重量、LNGエンジンの燃焼特性──新規開発要素のほぼすべてで問題が発生した。その都度設計は変更され、当初の予定とはかけ離れたものになり、同時に時間と開発費を食いつぶしていった。
すべてがどうしようもなくなった2006年、開発体制の立て直しが図られた。文部科学省・宇宙開発委員会は、2006年9月から10月にかけて、「推進部会 LNG推進系飛行実証プロジェクト評価小委員会」を開催して、のGXロケットについて集中審議を行った。小委員会は、GXの2011年初飛行に向けて、さらなる予算を約250億円投ずる方向で意見を集約した。第2段用のLNGエンジンは、設計を一新することとなり、同時に全く新設計のエンジンも同時並行で検討することとなった。
JAXAも、この決定に合わせて開発に投ずる人員を一新すると同時に、在籍するロケット技術者の中でも優秀なメンバーを投入した。
だが、この対策は失敗をとりあえず取り繕ったという策であり、なによりもこれまでの失敗から目をそらしている。
直視しなくてはいけないのは、2002年の開発開始から2007年までに投入された450億円を超える開発費で、何一つとして完成させることができなかったという事実である。新しいLNGエンジンも、複合材料製のタンクも完成しなかった──事実を直視することからしか、正しい解決策を立ち上げることはできない。
これまで3回の連載で見てきたように、GXロケットには、「技術開発を失敗させる要素」が全て盛り込まれていると言っても過言ではない。1 基礎研究の絶対的な不足(液化天然ガス[LNG]など炭化水素系燃料の基礎的な燃焼特性データ、衝突型噴射器、複合材料の基本的物性など)
2 技術で決めるべきことを、政治的理由を優先して決める(GXロケットの規模からしては過大な、ロッキード・マーチン社の「アトラスIII」ロケット第1段の採用)
3 技術的要請からではなく、予算を取るという観点からの開発アイテムのスペックを決定する(技術開発を標榜する文部科学省に対し、「簡素で高度な設計」をアピール)
4 技術的に保守的であるべき商用ロケットの開発に、先端技術開発を組み込む(経済産業省と石川島播磨重工業[IHI]は商用ロケットを希望、宇宙航空研究開発機構[JAXA]はLNG推進系技術の開発希望)
5 過度に楽観的な開発スケジュールや予算の見積もり(開発フェーズ入りから3年で初号機打ち上げを設定)
6 省庁間の対立(文部科学省vs経済産業省)
7 開発遅延による周辺状況の変化(ロシア経済復活による第1段エンジン「RD-180」の大幅値上がり)
8 2006年の見直し後の、JAXAにおける人材の逐次投入
ここまでこじれた技術開発を、果たしてまだ強行すべきなのだろうか。GXロケットについては、主にIGSを重要視する自由民主党議員を中心に、「IGSの単機打ち上げの需要が存在する以上、開発するべきだ」という意見がある。
これはロケットという乗り物の性質を理解していない議論だ。新開発のロケットはどうしても事故を起こす。新たな推進剤を利用した場合は特にそうだ。宇宙開発初期には、6連続失敗、7連続失敗というようなことが当たり前のようにあった。ロケットの設計技術が確立した1970年代以降でも、新規開発のロケットは大まかにいって最初の10回の打ち上げ中、2回程度は事故を起こしている。日本のH-IIロケットも7機中2機が失敗した。後継のH-IIAは6機目が事故を起こした。新規のロケット開発は、同時に事故を覚悟するということでもある。
「ロケットは運用初期に事故を起こしつつ、改良を受けて安全になっていく」というのは、残念ながら現在においても真理なのだ。
GXロケットが完成し、運用を開始しても最初の10機は2機程度、事故を起こすと考えるべきだ。そんなロケットでIGSを打ち上げるというのだろうか。少なくとも私ならば、GXの最初の10機でIGSを打ち上げるようなことはしない。単機打ち上げが必要でも、H-IIAロケットを使用する。すでに13機を打ち上げたH-IIAは、GXよりも信頼できる。
H-IIAは現行の情報収集衛星を2機同時に打ち上げる能力を持つ。単機打ち上げには能力過大であり打ち上げコストもそれだけかかる可能性がある。それでも打ち上げ失敗の確率を考えると、GXの最初の10機で打ち上げるよりずっとましだ。
幸いにして2010年以降、このようなロケットを必要とするペイロードも存在している。M-Vロケット廃止の結果、日本の科学衛星はH-IIAで打ち上げることになった。ところが、日本の科学衛星にとってH-IIAは能力過大である。さらにH-IIAは、あまりに静止軌道打ち上げと極軌道打ち上げに最適化されているので、科学衛星が要求する特殊な軌道への打ち上げが苦手なのだ。何度も再着火可能な第2段があれば、これら科学衛星の打ち上げを容易に行うことが可能になる。ただし、H-IIA用キックモーターは現在、別途検討が進んでいる。「あちらとこちらの計画をまとめて、一緒にする」というのは、一見予算を節約できるように思えるが、結果としてどちらにも役立たない失敗作を生む危険性をはらむ。具体的な検討は、よほど慎重に行う必要がある・
もちろん、H-IIAの第2段をリプレイスするにせよ、第3段のキックモーターを開発するにせよ、打ち上げコストは相対的に高くなる。この部分は、技術開発の失敗を償うとして歯を食いしばって耐えるしかないだろう。
「LNG推進系飛行実証プロジェクト」によりLNGエンジンの基本的なノウハウを手に入れたなら、次はより大型の、ブースター用エンジンの開発ということになる。
こちらは現在JAXAで検討中のH-IIAの次世代となる次期基幹ロケットとの絡みも出てくるので、より慎重に時間をかけて検討する必要があるだろう。
次期基幹ロケットとLNGエンジンとの絡みで押さえておかねばならない技術的要点はただひとつである。
第1段とブースターには液体水素よりもLNGのほうが向いているということだ。
液体水素は比推力という性能の指標が高く、LNGより高性能だ。これは間違いない。しかし第1段とブースターにとって重要なのは比推力以上に推力なのである。LNGは、液体水素よりも大推力を出すのに向いている。さらには密度がずっと液体水素よりも高いので、第1段を小さく作ることも可能になる。これはロケットのコストダウンにもつながる。
あまりに高く付いたGXの失敗から教訓を引き出すならば、「宇宙をなめてはいけない」と言うことに尽きる。宇宙に出て行くということは、今なお困難な事業だ。目標を絞り、技術的に考え抜き、ベストを尽くさなければ成功することはできない。
予算とか、政策とか、ワーキングシェアとか、官庁への説明とか、組織の一貫性とか──そういった地上のよしなしごとに技術を従属させて歪めると、待っているのは失敗なのだ。
(この項おわり)
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/matsuura/space/080201_gxrocket3/index.html
記事の紹介終わりです。
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■ 2009年7月9日
「我が郷は足日木の垂水のほとり」 はじめました。
本稿はその保管用記事です。
■ 2010年3月2日
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